第30話・美術部

 絵で生きていくことは宿命。そんなことを、すでにぼんやりと自覚している。そこで、美術部に入ってみた。実は、マンガ部にも入ってみたのだが、あまりにも程度が低いことをしてるので、呆れていたところだ。キャラの顔を描くには、まず丸を描いて頭骨とし、その縦に中心線を引いて鼻と口の位置を決め、上下に二分割した線のところに目を配置しましょ、みたいなやつだ。悪いが、はっきり言わなきゃならない。「マンガ入門」という本が何種類も出ているが、あれを真面目に読んでプロセスを追っているやつは、マンガ家にはなれない。コミケあたりで同人誌を並べるのが最高到達点だろう。いや、そこにすらたどり着けるとも思えない。中島らもが、大学の小説入門の講座を引き受けたときに言っている。「ここにくるような連中は、小説家にはなれないだろう」と。だいたい、小説家になろうなんて人間は、なにを教えてもらうでもなく、行李いっぱいの小説をすでに書いてなきゃいけない。入門編とやらで教えてもらって、さあ小説を書きはじめましょ、なんて曖昧な意欲のやつが、前者にかなうわけがない。書きまくって、壁に突き当たり、ついに教えを乞う・・・それが正しいプロセスだ、と。話は逸れたが、とにかくオレは、誰に教えてもらうでもなく絵が描けるので、絵描きになる以外にないんだった。

 そうして美術部に「入門」したわけだが、こちらもゆるかった。油絵や、日本画や、デッサンの作法などをアカデミックな雰囲気で教えてもらえるものかと思ったら、そうではない。

「ゆで卵のカラをなるべくたくさん用意してください」

 と、二十歳そこそこの新米女教師、ゴシマ先生は言うのだった。ぴよぴよとヒヨコのように可愛らしいこのひとは、オレたちが見守っていてあげないとよちよちと歩くこともできない。仕方なくお母ちゃんに頼み込み、毎日ゆで卵を食べつづける。

「みなさん、たくさん持ってきてくれてありがとうございます。ではこのカラに色をつけ、こまかくわりましょう」

 言われた通りにする。我々は今、どうやら作品制作に取り掛かったようだが、心を浮き立たせているわけではない。必死に指導するゴシマ先生がかわいそうで、ではやってさしあげましょうよみなさん、という空気だ。美術部は、男子はオレひとり、女子はその日の気分で代わるがわるに顔を出す先輩が数人いるきりだ。「はいはい」と声が漏れそうな中、全員で作業をはじめる。ところが、これがなかなか悪い気分ではないのだ。お姉さんたちはみんなきれいで、どういうわけか、ちょっとずつ悪ぶったところがある。かるくあてられたパーマが新鮮だ。セーラー服の下に着用を義務づけられているブラウスを着ず、ヘソをチラ見せにしている。ドギマギしながら、その美しいヘソの穴に見入る。ブラジャーまでが垣間見えることさえある。

「かわいいなあ杉山は」

 そう言われると、純情なオレは真っ赤になる。ひじでツンツンされる。美人でオトナの先輩に触れてもらえるなんて、光栄だ。いじられながら、カラを割りつづける。

「ゴシマもかわいいなあ」

「ふざけないで、がんばってわってください」

 先生までがいじられ、ぴよぴよとわめいている。が、声が細く、ちっとも耳に入ってこない。するとさらにわめく。ぴよぴよぴよ。かわいそうになってくるので、オレたちはがんばってしまう。悪い女先輩たちも、この雰囲気が好きで美術室に通ってくる。彼女たちは、絵というものが描けない。どへたである、と言うよりも、そもそもこうした芸術的な文化を持ち合わせていない。だからゴシマ先生は、この部活の時間を少しでもたのしく過ごさせようと、工夫を凝らしているのだ。

「カラフルな卵のカラのパーツがたくさんできましたね。ではこれを使って、いよいよ貼り絵をつくっていきますよ」

 先生は得意満面だ。がんばって予算をもぎ取りましたからー、の笑顔かもしれない。そこで用意されたパネルが、タタミ一畳分ほどもある。

「でっ、でかーっ・・・!」

 みんなで反り返った。この広大な面積を、色のついた卵のカラで埋め、一枚のモザイク画にするというのだ。

「文化祭に出すやつですからね。みんなで力をあわせてがんばりましょうっ!」

 ゴシマ先生の鼻息は荒い。が、ぴよぴよ声は先輩たちに届いていない。先輩たちは、タバコを吸いにベランダにいってしまった。

 その後、このモザイク画は、ほとんどオレひとりで完成させた。

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