第29話・中学校

 校内暴力が、日本中の中学校に吹き荒れている。「金八先生」あたりから火がつき、「積み木くずし」でピークを迎えたようだ。つまり中学生がチンピラ化し、校内で大暴れを働くという、ドラマのような現象が本当に起きているのだ。ちょうどオレは中学生になっている。えらい時代にぶつかってしまったものだ。

 とはいえ、注意深く身の周りの危機を回避している美術系少年は、たいした事件に巻き込まれることもなく、平穏な毎日を送っている。成績はそこそこよく、一生懸命に勉強することもない。突出しすぎず、沈むこともなく、ひとりぼっちというわけではなく、かといって人気者でもない、日々を無難に、ぼんやりと過ごすことができている。たのしいにはちがいないが、それはらくちんのできる気安さからくるものであり、本当の悦びや満喫というものではない。「こんなもんかな」的なあきらめとともに、実は得体の知れない焦燥感にあぶりたてられ、そうでありながらもゴロゴロと毎日を無為に過ごしてしまう。じっとしつつ、突然叫びたくなる衝動を抑えている。ぼんやりとしていることが苦しい。しかしぼんやりとせずにはいられない。不思議な体温の不安定がある。

 中学校は、小学校時代とほとんど同じ学区割りだが、田舎での蟄居生活は、旧友とのからみを激減させた。孤独だが、こんな程度がちょうどいい。部活動もめんどくさい。美術部には一応所属しているが、自分以上のセンスが見当たらないので、意味を見出せない。塾通いもかったるく、なんとかバッくれてひとりで過ごしたい。考え込むのが好きだ。自分は天才なので、世の中が見通せると思っている。どこかの鐘楼から聞こえてくるの鐘の音に諸行無常を見いだしてみたり、世の一切は幻想なのかもなあという仮説から「オレおもう、だからオレあり」みたいな結論を導き出してみたり、ドブ川の川面を見ながら、ゆく水の流れは途絶えないのにもとの水ではないのだなあ、と考えてみたりする。そうしつつ、少年ジャンプを愛読し、始終ポテトチップスに手を伸ばすなまけ者となっていく。マルクスもデカルトもこんなひとだった、と聞き及び、やっぱし自分は天才なのかも、と慰めたりもする。でありつつ、心の底では焦りまくっているのだ。思春期というやつなのだった。

 学校は荒れている。校内暴力は、よその中学校の話ではない。先生が胸ぐらをつかまれて謝らされている・・・校舎の何階のトイレの便器が壊された、あっちの窓ガラスが割られた・・・無免許運転の生徒が車ごと川に落ちた・・・などという、事件に事欠かない有り様だ。「なめんなよ」の旗を振るネコや、横浜銀蝿などという品のよろしくない流行りものが発生し、なんだか世の中全体が不健康だ。そんな時代を生きる身にとって、カラに閉じこもるのは防衛本能なのかもしれない。ガラの悪いやつらがオレの正体が知れば、きっと「よお~、天才さんよ~」などと妬まれるにちがいない。そしてぶん殴られるのだろう。そんな横暴には耐えられない。じっと爪を隠しつづけるしかない。この天才っぷりは、最も効果的な舞台でだけ発揮せねば。かくてオレは、ぼんやりを装いつづける。

 この頃、不意に「真の勉強の仕方」というものを発見してしまった。国語でも数学でも、根本原理(文法や、数式の成り立ち)さえ理解してしまえば、あとはその応用で解答が導き出せる、とひらめいたのだ。根っこを獲得すれば、枝葉は無視していい。簡単な例で言えば、球の体積の求め方を「3分の4πrの三乗」と覚えるのでなく、「球がちょうど収まる円柱の体積の3分の2」と理解してさえいればいい。方程式など、ワナ以外の何物でもない。方程式とは、それ自体が電卓のようなものであって、式の成り立ちの理解なくその利便性を用いてしまうと、速く走れはするが跳躍ができなくなる。書き取りや計算ドリルのような「慣れることを目的とした訓練ごと」をこなしていると、賢くなっていくような幻惑があるが、それは実は思考とはまったく別の作業なのだ。それよりも、発想を高次元に展開することのみが重要だ。テストで点を稼ぐよりも大切なのは、賢くなるということだ。気づくとオレは、訓練的性格の反復練習を完全に見切り、原理の発見と着想そのものに心血をそそぐ、ヘンな子になっていた。

 毎日ゴロゴロしながら、物を、文章を、数式を、世の中を、立体的・多面的に見るという作業をくり返す。何元何次方程式などという約束事を見ながら、数式を頭の中で図形に置き換え、解体することに熱中する。同様に、マンガを読みながら組み立てをほどき、記号的構造に還元することに熱中する。物ごとをどう捉え、どう考えるべきかを理解し、オレはきっと劇的に賢くなっている。なのに、テストの点数はまったく伸びない。だけどそれでいいのだ。そんなものには意味がないとわかっている。オレはオレ自身の芯をつくり、骨格を組み立てるという作業に没入する。そっとそっと熟成されている。が、まだ劇的な成長の実感はない。ただ、焦れ、苦悶はするが、間違ってはいないともわかっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る