第21話・親戚ん家

 正月とお盆には、お父ちゃんの生まれた在所に挨拶にいく習慣になっている。習慣というよりも、しきたりと言うべきだろう。山まで持っている古い豪農なので、このあたりの礼儀には厳しいのだ。

 長良川を渡り、揖斐川沿いに堤防を走って、平野から山間部がちょうど背をもたげはじめる山裾のあたりに、その「じいちゃん家」はある。ひろびろとした枯山水の庭を横切り、古式ゆかしい旧家の引き戸を開けると、本家のみなさんはタタキに勢ぞろいし、深々と頭を下げて迎え入れてくれる。「ははー」とフキダシを付けたくなるような、真の礼でござる。こちらも「ははー」と応じなければならない。座敷に上げられた後も、タタミに額をこすり付けるような挨拶が延々とつづく。ようこそおいでくださいました、どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ、あ、いやいやいや、こちらこそずうずうしくお邪魔してしまい恐縮いたします、なんのなんの、頭をお上げくだされ、ままま、そちらこそ頭を、あ、いや、そちらこそ・・・長いっ!このひとたちは兄弟のはずでは?いつも奇妙に思いつつ、あくびを噛みころす。しかし、考えてみればこの恒例行事は、「もはやおまえはうちの子ではない」という確認の儀式でもあるのだ。田舎のしきたりとは恐ろしい。

 さて、生きている人間との挨拶が終わると、今度はあの世のご先祖さまへの挨拶が待っている。お父ちゃんは仏壇の前に座り、神妙な面持ちで手を合わせる。子供たちもその横で、いよいよ大きなあくびを噛みころしながら、手を合わせなければならない。そんなこんなで時間をつぶしながら(つぶしているわけではなかろうが)、兄弟全員がそろうと、盛大なお経大会となる。このひとたちはなぜだかお経が大好きで、事あるごとに「なんまいだ~なんまいだ~」とやりはじめるのだ。子供たちはもうつき合ってはいられないので、外の枯山水で冒険ごっこだ。お経のどこがそんなに面白いのだろう?門前の小僧、習わぬ経を読む、ではないが、毎度毎度これでは、本当に覚えてしまえそうだ。

 長い長いお経の時間が終わると、一変して大宴会となる。だからおめーはよお、なに言っとるこのたわけがあ、まあのみゃー、あんたこそ、ほれほれ一杯、それそれもう一杯、がっはっは、うひょひょひょ・・・おいおい、さっきと態度が変わりすぎだ。静と動、表と裏、メリハリがはっきりとしている。何度見ても、この態度の急変には腰を抜かされる。そして、その酒量にも。お父ちゃんもまた、ごぼぜこの長屋で肩をすぼめて過ごしているときとは打って変わり、大はしゃぎしている。声がでかい。笑い方も豪快だ。本来の居場所にいられてうれしいのだなあ。

 一族は大繁栄している。ヨボヨボだが意気軒昂なじいちゃん、ばあちゃんを頂点に、息子が五人と娘が二人くらい(養子に出たり、嫁にいったり、なにやら複雑な事情もあるらしく、はっきりとは人数がわからない)に、それぞれの伴侶、そして次世代の子供たち(いとこ)が十二人強・・・とにかく大勢いる。特筆すべきは、叔父さんたちの容貌だ。兄弟みんな、同じ顔をしている。あまりにもそっくりなので、訊いたことがある

「父ちゃんって、五つ子?」

 すると、父は真顔で答える。

「そんなわけないやろ。双子やて」

 げげっ、知らなかった。お父ちゃんは、双子だったのか。確かにひとり、お父ちゃんと瓜二つの叔父さんがいる。ふたりが並ぶと、幻影を見ているような気分になり、目をゴシゴシとこすりたくなる。父親と同じ姿かたちをした人物の存在。子供心に、それがとても不思議だ。

 この双子は、酔っぱらうといたずらをはじめる。服を変えたり、ヘアスタイルをそろえたり。

「さて、本物のお父ちゃんはどっちだ?」

 オレは混乱をきたして恐くなり、お母ちゃんの尻の陰に隠れる。そんなとき彼らは、同じ赤ら顔で、同じ歯を剥いて笑い、鏡面に映したかのような乾杯をする。そして杯を重ねていく。お父ちゃんは実にたのしそうだ。家にいるときとは別人のように多弁で、抱腹し、深く飲み、酔いつぶれていく。そんな生命感全開のお父ちゃんを見ていると、逆にさみしさがこみ上げてくる。それはなんとなく、家にいるときの居心地悪さの裏返しのようで、少し切なくさせられる。

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