第7話・友だち
通りを隔てた向かい側には、同い年の友だちん家がずらりと連なっている。当時は、誰もが若い時分に結婚をし、じゃんじゃんと子供を産み育てる時代だった。窓という窓に鼻タレ顔が居並び、街角という街角にひざ小僧が駆けまわり、日本中に子供があふれていたのだ。ごぼぜこ通りも同様で、同じ年に生まれた子が町内には大勢いた。そこでお互いに行き来をして、「幼なじみ」という関係が醸成されていく。
よしたか少年は、この日も定点巡回を怠らない。右お向かいに、おさむちゃんちがある。社宅、という家屋に住んでいる。おさむちゃんは、レールをつないで長ーい線路をつくり、電車を走らせるおもちゃを持っているので、いつもふたりでそれを部屋中に巡らせて遊ぶ。よしたか少年を興奮させるのは、電車のスピード感よりも、線路の建設事業の方だ。延々と直線的につなげ、ところどころを曲がりくねらせ、ときに高低差をつくり、障害物を横たわらせる。電車の運行にストレスを与えては、運行の破綻に、あるいは無事の通過に達成感を得るのだ。ひとつのクリアは、次なる難関の創造への原動力だ。彼はこのおもちゃに、ものつくりの原点を見出だしはじめている。
真向かいには、たかちゃんちがある。結婚式の衣装のレンタルかなんかをやっている。たかちゃんちには、屋根の上に「物干し台」という日当りのいいスペースがあって、この上にひらく空の広さは衝撃的だ。みんなでおもちゃを手に手にのぼっては、秘密基地ごっこをする。地球防衛軍の戦闘機を青空にかざすと、部屋の中でそいつを飛ばすときよりも臨場感が出て、まるで本物の操縦をしているかのように思えてくる。
その隣は、ちえちゃんとひさえちゃんのお家。仕出し屋さんをしている。もりもりと太った双子姉妹は、からだがどんな男子よりも大きい上に、気が強いので、ごぼぜこ通りの裏ボス的存在だ。ふたりに囲まれると、小さなよしたか少年のからだは完全に日影におさまってしまい、なんでもご命令に従います、という気分にさせられる。
そのまた隣に、こうちゃんちがある。刺繍屋さんで、日中ずっと巨大なミシンがガチャンコガチャンコと稼働している。それと同時に、じいちゃんが棺桶をつくっているという、不思議な一家だ。だけど恐竜や乗り物のおもちゃが充実しているので、いちばんよく通っている。
「○○ちゃん、あーそーぼーかーね」
「はーあーい」
「あがらしてーね」
玄関越しのこんなやり取りが、この地方の子供たちの呼び交し方だ。あそぼかね、の「かね」の部分がシブい。四拍子の枠におさまらない。「あっそぼっかね」にしたら、音の据わりもいいのに。ま、伝統的にそうなのだから仕方がない。とにかく、ボードゲームもテレビゲームもなく、仲間のアタマ数だけが充実していたこの時代、子供たちはそれぞれに工夫をして遊ぶのだった。
みんながよしたか少年の三軒長屋にくると、いつもかくれんぼになる。ほこりっぽいすき間や、鬱然とした暗闇が散在する古い家屋は、子供がからだを隠すのに具合がいい。誰もが驚くべきイマジネーションを発揮して、せまい空間に身をねじ込み、影と同化する。しかしよしたか少年は、そういった場所には魔物がひそむと信じているため、とてもマネはできない。荷物が山積みとなった廊下の暗がり、仏壇の闇、二段ベッドの影・・・そこに、友だちではなくユーレイがいたら、と考えると気が変になりそうで、すき間をのぞき込むこともできない。彼はとても臆病で、気が小さいのだ。
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