第4話

 ソニアはすっかり楽しくなって、毎晩箱を開き、どれかの石を使って扉を開いた。


 あるときは運河でゴンドラに乗り、あるときは小型飛行機で滝と熱帯雨林を見下ろす岩山に降り立ち、あるときは馬で平原を駆け巡った。


 どの扉の向こうにも見たこともないような美しい世界が広がっていた。その一つ一つに、魅力的な案内役の精霊がいるのだった。


 すべての扉を開いてみると、彼らのうち七人は青年、一人は中年、一人は少年、女装した男性が一人、男装した女性が一人、残る一人は着ても脱いでも女性だった。


 ある者は王侯貴族のように見え、ある者は放浪者のよう、いずれにしても芸達者で、歌に楽器、武芸に工芸、各々がすぐれた特技を披露した。そして、どの精霊も熱烈にソニアの訪問を歓迎してくれた。


 ソニアはよく笑うようになった。鼻歌をうたいながら働き、外を歩くときは弾むような足取りだった。


 見た目に気を使うようになり、手入れされた髪は艶やかさを取り戻した。市場に出たときは前のように顔を伏せたままそそくさと帰らず、顔見知りの人々と立ち話をするようになった。


 一度はルークが、よりを戻そうとして押しかけてきたが、自信をもって堂々と追い返すことができた。従姉の夫が遠まわしに誘いをかけてきたが、尼僧のごとく一ミリも揺らがなかった。


 近所のかみさんたちの噂話の的になっても、ボロ車にぎっしり乗った不良少年たちが通りすがりに卑猥な言葉を投げてきても、けろりと無視し、あるいは冷笑した。


 なにしろソニアには十二人もの精霊たちがいたのだし、誰もがソニアを褒め称え、彼女のためなら何でもすると誓うのだから。


 ソニアは頻繁に箱の中の世界を訪れ、もうこの箱なしではいられないとさえ思うようになった。あまり使わなかった扉もあれば、中には気に入って幾度となく繰り返し開いた扉もあった。


 ところがその後、恐ろしいことが起きた。なんと、ソニアは十二の扉のすべてに飽きてしまったのである。


 いったいこれはどうしたことだろう?精霊たちが人間ではないからか?あるいは、彼らの真価はその美しさと、つねに情熱的で疲れを知らない肉体であり、性格や行動は限定されたものでしかなかったからか? 


 それとも、彼らが箱の所有者を自動的に愛するようにできていて、裏切りも翻意も、いうなれば何の変化も起こり得ないことがあまりにも明白だったからなのだろうか?


 すっかり満ち足りて不要になるというのならまだしも、どうもそうではない。

何か重要なものが欠けている気がしてならない。


 ひとりの精霊を手に入れるたび、次こそはその何かが見つかる気がして扉を開く。しかしいつでも、最初の驚きや感動はあっという間に色褪せてしまう。


 一番求めているものが存在しないように思える。といって、何が足りないのかわからない。いや、足りないものなどあるはずがないではないか。彼らはいずれも完全無欠なのだから。


 いっそ、箱の中の世界のことなど何も知らなければよかった。

 しかし今はそれを知ってしまった。そして、それ以上の何かを渇望している。


 だが、その何かが現実世界に存在しないこともわかっている。

 それを得るには飽くまでも箱に頼らねばならず、それでいて、いまやすべての扉はかつての魅力を失っている。


 なんという事態だろう! 彼女はとうとう、十三番めの石に手をのばした。


 最初はそれを使う気は毛頭なかった。ただ裏側に書かれた精霊の名を見て、どんな場所なのかおよその見当をつけようとしたのだ。


 ところが、鏡のように光る最後の石の裏側は、表と同じようにつるりとして、何も彫り付けられていなかった。


ソニアは首をかしげた。


「変ね……十三番目の精霊には名前がないのかしら。それとも、この扉の向こうの世界には主人が存在しないのかしら?」


 他の精霊たちに質問してみたが、みな自分の持ち場以外のことは何も知らなかった。どうやら、精霊たちの世界はそれぞれ閉じられており、互いの間で行き来することはないらしいのである。


 こうなると、最もまばゆいプリズムの石の中身を、どうにも見たくて仕方がない。


「ほんのちょっとのぞいて見るのも、だめなのかしら? 何かあったらすぐ戻ってくればいいじゃない。でも何があるっていうの? なぜいけないのかしら」

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