6:速戦―Acceleap―

『キュッキュッキャー!』

「あの国の巨人の声に共感してるのかしら……フェニがこんなに囀るなんて、おじ様と出会った時ぐらいしかないし……」


 眼科の下に現れた巨人――ゼクタウトの奇声に紛れて、その上空の赤い鳥の声が空気を響かせていた。

 その体内に座る赤髪を一つにまとめた少女は、その関係性を考えながらも飛行を続ける。


「魔人機……だっけ? ご先祖様の時代からしたら違う呼び方らしいけど、今はこれが通称らしいっておじ様に教えてもらったし。でも、あの牛と黒い鎧のバケモノの時は反応なかったしなー……もしかして、お知り合い?」

『キュキョッ!? キョッキョー!!』

「だよね、違うよね。フェニが産まれたのって、私が産まれた時と同じだったらしいし……なら、あれは——」


 鳥の鳴き声を真似る電子音声の意味が分かるのか、黄金色の瞳を瞬かせながら少女はあざとくも人差し指を唇に当てる。

 少女は決して無知ではないが博識ではない。だからこそ、その結論は根拠のない憶測だ。


「旧世界の落とし子。フェニと同じ、この世界で生まれた新しい生命なんだろうね」


 しかし——それが果たして虚実であるかは解らない。知らぬからこそ見出した、過去の闇の真実なのかもしれないのだから。

 赤と朱と紅で彩られた翼を広げて、空を飛ぶのは鋼鉄の鳥。それを操るは、長い赤髪と煌めく黄金の双眸を持つ、勝気な表情を浮かべる少女。

 国を守る守護者の登場で湧き立つ国民は、誰もその姿を見ることはなかった。



     【◆】



 金切り声を満足にあげ終えたゼクタウトは、ゆっくりとその眼前の敵を睨む。倒れこむ牛男。この国へ侵略した狼藉者——ニーロコの守護者は語る言葉を持たず、静寂の中に敵意を見せた。

 一方で、彼らが来るまでこの国を守っていた黒騎士は、その巨体で膝をついていた。

 右手となっていた赤き光の剣は破壊され、剣の体裁はなっていない。


『ルナリア! ラグの兄貴ッ! 大丈夫か!?』


 人型の虫の中から聞こえて来る少年の声は、騎士を操るルナリアが存在する透明のドームの中でも明瞭であった。

 ルナリアは額から滲み出た汗を脱ぎ捨てながらも、その唇をギュッと噤む。


「ごめん……タスク。全然、守れなかった……」


 後悔。少女の言葉にはそれが混ぜ込まれている。自身が行ってしまった行為を理解したからこそ、この町の惨状にも意識が向いてしまう。

 ゴノギュラによって破壊された家屋。ラグナスによって破壊された家屋。

 本当にそれだけなのか。見えないだけで、誰かが死んでいるんじゃないだろうか?

 否定したい気持ちとできない真実。なぜならば、彼女はすでに人を見殺しにしている――それがたとえ、悪人であったとしても。

 ゆえに、また何かを壊すことに恐怖して、踏み出すことができなかった。


『……んぁ? なんで謝るんだよー』

「だって、私……前に踏み出せなかった! 理屈では解ってるのに、自分の足で何かを壊す勇気がなかった、から……!」


 ラグナスが前に踏み出せたら、ゴノギュラとの戦闘はもっと円滑に終わったはずであった。それでも、ルナリアは自分の想いだけでその一歩が出なかった。

 その事実が少女を更に弱気にさせる。それに気づいておりながら、魔人機となっているラグナスは言葉をかけなかった。

 ラグナスが声をかけるよりも、その少年の声の方が何よりもルナリアの心に響くと知っていたからだ。


『そっか……んじゃ、こっからは俺の番だ。ラグの兄貴、ちっとばかしルナを頼むわ』

「……一人でやれるのか?」

『どーにも、ゼクタウトの調子も良いっぽいし、なんかあったら兄貴に助けてもらう! で、いい?』

「いいだろう。勤め、果たしてこい!」


 へへっと笑い、タスクが操るゼクタウトはラグナスを守るように立ちはだかる。それは同時に、国民を守る守護者の姿でもあった。

 対し、強烈な一撃を受け倒れこんでしまった牛の巨人は、ガタガタと身体を軋ませながらもその体を起こし始めていた。

 へそにあたる部分にある球体の中。頭を打ったように、髭面の男がゼクタウトの姿を睨み叫ぶ。


『おい……おいッ! 誰だ、俺のメガルタに乗ってやがるやつはよォッ!!』

『その微妙なネーミングセンスと、唾をまき散らすような喋り方は、どっからどう見てもカルパの兄貴っ! まさか国に戻ってくるなんて、思ってもいなかったぜ!!』


 二人の声がニーロコ中に木霊する。ゴノギュラに備え付けられた通信機が起動しているのであろう。ゼクタウトに備え付けられていた通信機が目覚めたのだろう。

 どちらにせよ、かつての国の子供たちが巨人に乗って喧嘩をしていた。

 その光景を見て、思わず驚愕や恐怖よりも、困惑を示す男が一人。


「な、なんなんだ……あの子供の喧嘩は?」


 城の外でその様子を見ていたナバンサは、思わずそう呟いてしまう。

 近くにいた、途中から城への避難誘導を手伝ってくれていた初老の男性が、困惑するナバンサに答えを語る。


「ありゃ、カルパとタスクですなぁ。二人とも、この国の子供ですわ」

「この国の子供……カルパ・チョッパーは、確かにこの国の生まれと聞いていたが」

「あー、そっか。そうでしたわ。カルパ、いつの間にか国からいなくなってましたね。当時の弟分だったタスクが言ってた限りでは、国を捨てて出ていったって――あー、じゃあ、なんで戻って来たんだ……?」


 ましてやあの牛の巨人を操って暴れていたのだから、初老の男性もまた困惑するしかない。

 だが、ナバンサは知っている。口には出さないが、彼の子供らしくも成熟した、どうしようもない邪気を。力を得てしまったからこそ、子供の頃に抱いた夢を叶えようとする無邪気な心を。


「ナバンサ、さんで良いんですよね? 俺達はよく解ってねぇし、あんたの事をまだ完全に信用しきってるわけじゃねぇですから聞きますが……あれは、何なんでしょう?」


 他の聖道教会の修道者たちと、僅かに彼らの避難活動に賛同してくれた国の人々が城内に誘導していく中、初老の男性は代表としてニーロコの修道長に問う。

 この国に立つ二体の巨人。操るのはこの国で生まれた対照的な二人。

 戸惑いや困惑はあれど、あの戦いが意味しているものを、この国の未来を信じたいと願う異邦者は知っていた。


「あれは――この国の闇と、光、なのでしょうね」


 昨夜の黒肌の青年の言葉を思い出し、その現れた異形な巨人を見る。

 ゼクタウト。あの細き脆弱にも見える一筋の希望が、悠々と跳躍をしてみせた――



     【◆】



「うぉぉぉぉぉぉおおおおおッ!!」


 球体上のコックピットの中で少年は唸る。前のめりの姿勢。右手に握られたレバーを引きながらも、足元のペダルには触れないように足を上げている。

 ゼクタウトという魔人機の操作は直感的だ。両手に握られたレバーは巨人の両腕に連結しており、ペダルはその操縦者の触れ具合で脚部の動きに繋げていく。タスクの思考、感情などを下部に存在するモニターで読み取ることで多重な動きを可能としている。

 ゆえに――現在のゼクタウトは、前のめりになりながらも大地を強く蹴り宙へと浮く。脚部のバネの伸縮を利用した走り出しは急速である。加えて、胸部に当たる球体は九十度ほど回転しており、左手を盾にしながらも右手の刃を突き刺すような構えとなっている。


『単純明快ィッ!! そんなシンプルな攻撃、効くわけねぇだろォッ!』


 対し、先に一撃を喰らわされたゴノギュラは不敵にもそう叫ぶ。

 動かず、迫りくる敵を斧で叩き割るように、大きく振りかぶって今か今かと構え待つ。

 これでは火に入る虫だ――ルナリアはその一幕の中でそう予感した。単調すぎる攻撃を見切るのは容易い。あとはタスクの特攻に合わせて攻撃をすればいいだけ。

 しかし、だからこそ――タスクはニヤリとカルパの選択に笑みを浮かべる。


「風を蹴れ、ゼクタウトッ!!」

『なっ――!?』


 その発言と共に、ゼクタウトは更なる加速をした――大地に一度も接地せず、だ。

 宙を蹴る。そこに壁があるかのように、放り投げられた右足が空気を踏み台にしたのだ。それは結果として、急激な速度を追加で得ることとなる。


『なにぃィッ!?』


 それは即ち、ゼクタウトの誇る脚部の機構による跳躍戦法。空気を蹴りつける事で加速をし、結果として方向すらも歪める空間的な高速術。

 空中で跳躍したゼクタウトの軌道は変更され、ゴノギュラの斧の間合いから大きく右に反れる。予想だにしない無理矢理な軌道変更に、カルパも慄くしかない。


「ゼクタウト必殺の空中殺法だぁッ!!」


 円を描くようにゴノギュラの周囲を縦横無尽に駆けるゼクタウト。そのゼクタウトの空中旋回を斧で叩き切ろうとカルパはするが、明らかにゴノギュラの頭は追いついていない。


『風力操作――いや、あれは骨格の電磁力を利用した重力操作か!?』

『電磁力? 重力って……磁石の?』

『あぁ。この大地の重力と反発するエネルギーを使って、あれは空中の跳躍を可能としている。なるほど、道理で軽いのにその一撃は重いわけだ』


 強烈な遠心力の中、ラグナスとルナリアの会話がタスクの耳に届く。

 そういえばコックピットの扉を開けてないのに、なんで二人の声が聞こえるのか、という疑問が湧いては消える。少年は賢くはない。だからきっと、ゼクタウトが応えてくれている、ということにしておくのだ。


『クソッたれがァッ! ガキの分際で、舐めてんじゃねェヨッ!!』


 同時に敵であるカルパの叫びも聞こえる。斧を短く持ち前方へ、回していた首の回転もやめた。ゼクタウトの周回軌道を見切って攻撃をしようというのだ。

 大回しの武器であるが、喰らえば一たまりもないのはタスクだって理解している。なのだから、ゼクタウトが行うべきは相手の見切り以上の速度での攻撃だ。


「ゼクタウト! ソニック・エッジだ!」

『肯定……腕部鎌刃装甲、蟷蝋とうろう、高周波形態へ移行』

「高速の中で、突破口を貫く!!」


 周回の中、ゼクタウトはその跳躍を止め、円の中心へと至るための最後の跳躍をする。ゴノギュラ背面。豪速の弾丸となった魔人は、その右針を先端とし突き進む。

 ゼクタウトの腕の刃は高速で振動し、万物をも切り裂くことができる。それをもって、ゴノギュラの背部から一気に壊そうとする算段だ。

 されど、


『無防備な背中を見せれば――そっちを攻撃するよなぁッ!!』

「ゲゲッ――!?」


 かつてとはいえ舎弟であるタスクの思惑ぐらい、カルパはお見通しであった。

 くるりと反転し、ゴノギュラはゼクタウトへ向かい斧を構える。跳躍は可能。しかし、ゴノギュラの斧は短く持っているために隙も少ない。


『昔から、飛んでる虫を箸で捕まえるのは得意だからよォッ……この距離! この角度ォ! 低空飛行の虫にッ、斧を叩き付けるのは容易なんだよォッ!!』

『タスクッ!!』


 ルナリアの叫びが聞こえて、タスクの表情も強張る。だが、あくまでその口角は、ぎりぎりに挑戦をする少年のように、大きく笑っていて――

 轟音。強烈な煙と音がニーロコに響き渡る。ゴノギュラの一撃が大地を抉り、その一撃で砂煙が湧き上がる。

 国民は静寂し、ラグナスもルナリアも唖然としている。

 そして――カルパさえも。


「へへっ……」


 大地を抉る線が一線、ゴノギュラの後に続く。その線を描くのは、ゼクタウトの左の細い刃だ。

 左刃を軸にブレーキをかけたように、ゼクタウトは確かにゴノギュラの背面にいたのだ。大腿部の排出口から噴き出る白煙と共に、ゼクタウトの六つの瞳がゴノギュラの背中を睨む。

 ゴノギュラの右腰に刻まれた一撃。それが、この一瞬の証明である。


『防御を捨てた跳躍……斧を振り下ろすよりも先に、ゴノギュラの脇腹を抉り切ったか!』

『……すごい』


 あの一瞬を見切ったラグナスが短く呟く。釣られて、その無謀ともいえる果敢な行動にルナリアがそう呟く。

 これぞ国の守護者の力。風を描く光は、ゆらりと赤い瞳と共に立ち上がる。

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