5:託叶―Asky―

「ゼクタウト!」


 鋼に囲まれた家屋へ入ってきた少年の声は反響し、それは鋼の肢体を持つ魔人にも届いていた。

 連なる球体の中央部——人間でいう腹に位置する球体は開かれており、中身である操縦席が開放されていた。

 タスクは慣れた動きで上り、ささっと操縦席に座ると肘掛の先にあるボタンを押して、その開いた半球を閉じる。

 球体の中は暗闇に包まれる。しかし、数秒もせず、彼の目の前の小さなモニターは光を放ち、文字を浮かび上がらせる。


『起動認識……』

「おはよう、ゼクタウト。朝っぱらからわりぃ」

『……完了。付喪神つくもがみ連結機構、開始』


 その文字の意味をタスクは知らない。古い言葉であるらしいことを、ある人から教えてもらっていたが、読み方までは理解できなかった。

 何せ、それは彼が五歳の頃。たった二年だけの僅かな記憶なのだから。


『再起動調整……脚部構成跳躍装甲——緋蝗ひこう、起動』

「やっと、お前と一緒に本当の意味で戦える日が来たのかもしれない」

『腕部構成鎌刃装甲——蟷蝋とうろう、起動』

「婆さんから、ずっと言われてたもんな……この国を頼むって」


 タスクが両親を失ったのは五歳の頃。厳密には、捨てられた。

 両親は貧困を予測して、旅路の邪魔となり得る彼を置いていったのだ——もしくは、危険な旅へ道連れにしないために。

 そのあたりの真相を彼はもう興味がない。ただ生き抜くために、彼は必死に生きてきたのだから。

 だが、今に至る基盤を作る女性が一人だけいた。親代わりをしてくれた、拾ってくれた女性。長い白髪、赤と緑を片目ずつに宿す、穏やかな老成した少女。

 彼に名前を与えた、彼の義理の母。


『頭部構成威嚇装甲——蜘中ちちゅう、起動』

「お前の原型も婆さんがくれたんだよな。そこに兄貴達がパーツを持ち寄って、お前ができた」


 二年間だけ、タスクはその義母と暮らし、生きる術を教えてもらったのだ。

 根城にしている拠点も、ゼクタウトの球体部も、名前も全て彼女に託された物だ。彼女が消えるまでの二年を、彼は誰にも話すことはない。

 唯一話す相手は、同じく命を与えられた魔人のみ。


『球型構成基礎骨格——百色ひゃくそく、起動』

「……俺は、この国を守りたい。生まれ故郷を、みんながいる街を……婆さんが、いたこの国を」


 それが、少年の覚悟であった。そのためならば、彼は苦しみに耐え、前へと進むことができる。

 彼の義母がいなくなり、残された彼は自分の力で生きることを選んだ。その過程で仲間ができた。動かないと思っていた相棒も目を覚ました。それも全て、この覚悟のために。


『総意確認。我が身宿りし四つの意志は担い手を欲す』

「……あぁ。だからこそ、俺のこの名がある」


 与えられた名前。それは捨てられた彼に与えられた新たな生き方だ。この名前があるから、少年は少年として今を生きている。

 モニターに並ばれた言葉を見て、少年は小さく息を吸った。


「タスク・アクター——この名を以って、託された願いは、俺が叶える!」

『承認……汝、我等が命、託すに値す』


 文字列が表記し終えた瞬間、少年の視界は開かれた。

 継ぎ接ぎの魔人が見る世界が、球体の周囲を彩り、鋼の家屋の屋内を映す。

 ニヤリ、と僅かに笑い、タスクは両側に生えているレバーに手をやり強く握りしめた。


『最終確認。我が名を答えよ』

「そして、それはお前と一緒にだ。そうだろ、ゼクタウト!」

『肯定。我が名は、是空問う人。総括せし、第五の魂』


 そして、ゼクタウトの六つの瞳は赤く灯る。三つ並び、上に二つ、下に一つの、歪な配列。それこそが、この魔人機を担う者達の煌めき。

 六つの魂を宿す巨人は、息を吹き返した脚部のバネを駆使し、その鋼の小屋から覗く晴天へと跳躍する。

 跳躍した中、少年は見るだろう。愛する故郷の全貌を。差し掛かる暁を。黒騎士が必死にその場で攻撃を受け止めている姿を――


「攻撃のチャンスは——その刹那ァッ!!」


 空を舞い大きく宙返りをし、その細い肢体は足を突き出すように降下していく。腕は天へ掲げ、万歳するように突き進む魔人。

 そして担い手は——この国のために戦ってくれる青年と少女に叫ぶ。


「剣を、振り上げろぉぉぉぉぉぉッ!!」

『——ッ!?』


 少年の雄たけびが国中に響き渡る——



     【◆】



 誰もがその声で空を見た。逃げ惑う浮浪者も。赤ん坊を抱きしめる夫人も。その赤ん坊も。城の中へ匿う様に先導される民も。外からやってきた聖職者も——この国で生きる、全ての人々が。

 その声は——誰もが知る声だ。この国を走る少年の姿を、皆が知っている。


「あれは……」

「こ、今度は何……?」

「おい、あの声って!」


 どよめき、されど希望を抱くように、その魔人を見る。

 立ち塞がる黒騎士は、その声に従うように、鍔迫り合いをしていた剣を一気に振り上げた。

 必然的に、牛男はその煽りを受け、大きく仰け反る——


『スプリングゥ——ッ』


 球体で構成された骨を持ち、それに嵌められるように腕や足が生えている、六つ目の魔人。蜘蛛の如き仮面からは白い毛が生え、その腕には手ではなく刃が伸びている。

 総じてそれは、歪な人もどきであった。ましてやその顔は人間には程遠く、木々や地を這う虫の姿に似ているとも言えよう。

 あぁしかし——その魔人機を知る者は、こう呼称するのだ。親しみを込めて。その意味を知らずとも。


「ゼクタウトッ!!」


 慕う少年を信じた少女が、その名前を語ると共に、かの魔人はゴノギュラが見せた隙へ、その細い足を——地表から何百メートル上空からの跳び蹴りを喰らわせる。

 接敵した脚部はバネの機構を使い伸縮し、その衝撃を和らげてみせる。

 この国には、守護者がいる——過去千年から出ずる、獣に仇なす機械の虫。人の願いより生まれた過去の世界の魔人が、今、生誕した。

 

『——インパクトォッ!!』


 少年の雄叫びが高らかに放たれ、ゼクタウトの脚部の伸縮はゴノギュラを蹴りながらも元に戻る――即ち、その衝撃のほとんどがゴノギュラの太ましい肉体に放たれる。


『ガァァァァァァッ!?』


 ベコンと凹んだ胸部と共に、国を恐怖へと誘った牛男は幾つもの壊された家屋の残骸を道連れに、ニーロコに新たな道を作り出した。

 無様に背中を土で擦らせる様は、故郷を蔑ろにした男に与えられた罰なのか。

 そして——残された衝撃を受けたゼクタウトは、低空の間に一回転をしつつも、大腿だいたい部にある排出口から多量の水蒸気を大地に噴き付けながらも着地する。


「……ゼクタウトッ!」


 一度も跳ねずに、このニーロコの大地へ立った守護者である魔人を確認したルナリアは、思わずその名を呼ぶ。

 噴き放たれた白い蒸気は、一瞬だけその肉体を影に変えるが、爛々と輝く六つの赤い瞳は蒸気の膜を超えて煌いていた。


『意志ある者は目を開け! 勇みと共に仰ぎ見ろッ! ニーロコの絶対守護者、ゼクタウトッ! タスクを担いて、ここにて、見参ッ!!』


 少年の声が高らかに空に響く。

 水蒸気に噴き曝された国民が、その姿を認識できたのは少年の声が聞こえたからだ。

 大腿部のスラスターからの水蒸気は途切れ、現れたるは球体関節を持ったツギハギの巨人。頭から生える白髪が、静寂の中で吹く風で靡く。


「あ、兄貴ぃっ……」

「……来たか、タスク。ゼクタウト!」


 マナナが、ガンツがその雄姿を見て、そう呟く。

 彼らから見ても、ラグナスと比べると足りない姿に見える。どっしりと国を蹂躙する牛男、それから守るために立ちふさがる黒騎士に比べても、その継ぎ接ぎの魔人は強くは見えない。

 だけど——あぁ、それは、人から見ればどんなに壮大か。1.7mの人々の双眸が見上げるは、18mの魔人。靡く白髪は、ゆっくりと空を見上げ、覗かせた牙は僅かに開かせた。


『キィキキキキキキキキキィッ!!』


 発せられた金切り声が空に轟く。陽光に当てられた風に反響する産声を、賛歌するように上空の一羽の赤い鳥が囀った。

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