6:相情ーParcyー

 ルナリアはタスクの言葉に衝撃を受けてしまったようで、そこから国の東の門へ向かうまでの案内には一度も口を挟むことはなかった。

 自身が信仰する宗教、聖道教会。一度、自分達に刃を向けた事に加えて、この国が悪劣な環境になった原因となっているのであれば、彼女の心にも迷いが生じる。

 それでも、取り乱さないだけはマシなのかもしれない――ラグナスはどうにかタスクに悟られないように会話を続けて、少女の長考の妨げにならないように徹する。


「しかし、見事に木造建築ばかりだな。ニーロコの周辺は確かに森があるが……それだけで賄うには、あまりにも家屋が多い」

「確か、隣の国って澄んだ水が溢れている国って聞いているから、そこからだったはず」

「そうか……」


 逆に言えば他国との交流が断たれると、この国はお終いである。自国の生産能力だけでは賄いきれない。ニーロコは豊富な資源に恵まれているわけではないのだから。貿易という一手段を軸として成り立つ貿易国ゆえの欠点だ。

 加えて、住まう人は多い。だからこそ主軸である木材建築や、木を使った職業をしようにも誰かが既にやっている。この国の民は、限られた手段の中で稼ぎを得なければならないのだ。

 タスクの兄貴分が国から出たのも悪い判断とは言えなかった。むしろ英断。そういう意味では彼は割り切れる大人ともいえるのかもしれない。


「ゼクタウトは、どこで見つけたんだ?」

「あいつは最初、兄貴がパーツを見っけて組み立てていったんだよ」

「どこにそんな物が……」

「外だよ。それこそ周囲の森とかに。と言っても、散在していたりするから、新しく見つけるのには苦労するけどね」


 彼が語るには、機体のフレームともいうべき球体関節を兄貴が見つけたのが始まりだったらしい。当時はもう少し大きな集まりだったようで、それ相応に動ける子供がいたらしく、結果的にジャンクパーツを寄せ集めてロボットを作る遊びに発展したようであった。

 よくそのような無計画な子供の遊びで、自立歩行、跳躍できる機体を造ったな――と言いかけて、ラグナスはその言葉を飲み込む。なぜならば、その後に続くのは今では考えつかない話であったからだ。


「組み立て終えて、いざ動かそうとしたんだけどさ。これが見事に動かなかったんだよなぁ」

「……まぁ、それが当然だろう。専門家がいない限り、動くようになっているはずがない」

「そうそう。んで、動かせない事で集まってたメンバーも二つに分かれたわけ。俺とマナナ、ガンツのような、集まることが楽しいのは居残って、残りの目的があって集まっていたメンバーは全員、兄貴の元へ行っちまった」


 そして残されたのは、動かないロボットと少年達。それが今の彼らの始まりであったのだ。

 そう言う意味では、あのゼクタウトという魔人機は皆を繋げた存在である。だからこそ気になるのは、なぜ今、彼の手によって動かせているかだ。


「しかし、なぜ今になって動く? 戦いこそこちらが勝てたが、あの機体は外見とは裏腹にちゃんとした動きができている」

「……なんでだろう? いやぁ、俺が気まぐれに乗って動かしてみると動いちゃったんだよ」

「動いたのか……」


 曰く、タスクが休憩がてらにコックピットに乗っている時に、間違ってレバーに脚が当たって動かしてしまうと、なぜか腕が稼働したらしいのだ。

 そしてコックピットの前面にある彼の頭ほどの大きさしかない画面に映るのは、見た事もない文字の羅列だったという。


「んで、腕のブレードが高性能なのに気が付いて仕事に繋げたわけよ!」

「大体理解した。ゼクタウトはお前達にとっての希望なんだな」

「そう。そして、この町の守護者だ! ……まぁ、まだ盗賊すら倒した事ないんだけどな」


 ラグナスが抱いていた疑問の一つ――なぜ、自分達は攻撃されたのか、という答えはこれによって完全に示された。彼はただ、ニーロコとクリェートの間で現れる盗賊を撃退しようとしていたのだ。

 盗賊の規模は定かではないが、ラグナス達を襲った牛男の盗賊達は、聖道の騎士マークスによって葬られた。結果的に、タスクの心配事が減るのであれば、あの戦闘も無意味ではなかったと言える。


「それでいい。お前が扱うゼクタウトは大きな玩具であるが、脅威となる兵器でもある。使用者であるお前が過ちを犯すとは思わないが……用心に越した事はない」

「でも、それじゃ……」

「だからこう言うのだ。自分から向かうのではなく、脅威が向かって来たら動かせ。守護者とは、守る者であり打倒する者ではない。お前の抱くゼクタウトへの想いが守護者であるのならば、そこは履き違えるなよ」


 魔人機は道具である。ラグナスは自分も含めてそう考えているのだ。

 だからこそ、それを扱う少年がそう願うのであれば、その道筋を間違えないように言葉を残す。道具である者が代弁する、主への言葉。道具とは、扱う者によってその本質を変えるのだから。


「――さて、それでは、俺は一人で見る物がある。タスク、ルナを頼めるか?」

「えっ、ラグ?」

「いいっすけど……どうして?」

「たまには一人で見たい物もある」


 面倒臭そうにフードを被る青年がそう言うので、険しい表情を浮かべていたルナリアは途端に考えもしていなかった不安に襲われる。昨日の浮浪者に襲われたのが響いているらしい。

 水色の瞳が水見の波紋のように揺れるが、ラグは自分の頭を指をさし、溜め息交じりに呟く。


「頭を冷やすには、別の事に夢中になる方が良い。買い物をしろ。俺もこちらで何か便利な物を探す」

「……無駄使いはダメだよ?」

「あぁ。お前もな」


 ラグナスは少女の言い返しに不敵な笑みで返す。不安よりも先に咎めの言葉を返せるなら、自分が側にいなくても良いと判断したのだ。

 タスクを一瞥し、口角を上げてその場を去る。旅の相方をこの国の未熟な守護者に託して、彼はある物を見つめ歩き始める。この木の国に唯一聳え立つ白き石の城――聖道の拠点へ。

 影と黒肌に隠された赤い一つ目は、鈍くそれを睨みつけていた。



     【◆】



 用心棒の配慮のおかげで、ルナリアは一時の安寧の時間を得る事となった。

 タスクと共に宿屋方面へ進みながら、彼女は買い物をするために店が並ぶ街路を歩いていく。

 さすがに頭の片隅には教会への疑念や不安が残ってはいる。けれど、彼の言葉が頭に過ぎって、思わず笑みを溢してしまい、そんな不安も掻き消えてしまうのだ。


「どうしたんだ?」

「いえ……あの人は、なんだかんだで優しいなって」

「そうだなぁ。なんか、見た目は怖いというか怪しいのに、普通に良い人だ。正直、まだ一日しか経っていないのに、信頼したくなる」


 不思議そうに、しかしどこか嬉しそうに語る少年に、ルナリアはラグナスが彼の頭を撫でている情景を思い出す。そう思いたくなるのも解る。ラグナスは特にタスクを褒めている事が多い。勿論、厳しい言葉をかけるし、無遠慮な言葉はルナリアだってどうかと考える。

 それでも、それが彼を想っての言葉なのは明白だった。正直なところ、そんな彼の優しさを受けるタスクに嫉妬に近い感情を抱いてしまうのは認めざる負えない。


「なぁ、ラグナスさんとはどういうキッカケで旅をしてるんだ? 込み入った話を聞くのはどうかと思うが、気になってさ」

「そ、それは……」


 タスクの思いがけない問いに、ルナリアは答えを喉に詰まらせる。彼は興味本位でそう聞いているのだろう。だけども彼との出会いは、それこそ言葉で言い表しづらいものだ。

 彼の正体が結局何なのか。本当に彼女の信仰する教会の物語の悪魔なのか。なぜ自分の呼びかけに応えたのか。彼は――なぜ、自分と共に旅をしてくれるのか。

 ラグナスは自分の存続のためには、ルナリアの生存が不可欠と語った。だからこそ旅路を共に歩んでいると。それでも――たったそれだけ?


「ルナリア?」

「……それ、は」


 彼と共にいると、どこか落ち着きを覚えてしまって、そんなこと考えた事も無かった。彼のことが解らない。最も身近にいる少女でさえ、彼が何者なのか見当がつかないのだから。

 言葉を探し続ける少女を訝しむように、タスクは眉を潜める。怪しむ、というよりは彼女の様子のおかしさを心配するように。

 巡り混ざる絵の具のように。綯い交ぜになった思考のせいで言葉も出ずに、僅かに肩を震わせるそんな少女の様子を、たった一人の女性が見つめていた。


「……大丈夫かい?」


 ハスキーな女性の声に、修道女はその藍色の双眸でその姿を捉える。

 黒が混じるような金色の髪を一つに纏めた、カーキ色のロングコートで自らの肢体を隠す女性。ほのかに鼻をくすぐる煙草の臭い。先程まで吸っていたのだろう、右手には鉛色の筒――携帯灰皿を持ち歩いていた。

 タスクが警戒心を持つ表情を向けるに対して、ルナリアはハッと目を見開いて口を開ける。


「あなたは……」

「あんたは、あの時の」


 クリェートの宿屋で出会った凛々しい青色の瞳を持つ女性が、驚いたように声を潜ませていた。

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