5:問題―Taskuestion―
「バカ! バカバカ!! バカバカバカバカッ!!」
「……裸体を見られた程度でここまで取り乱すとはな」
取り乱す少女を見て、赤くなった自分の顔を撫でるのはラグナスである。時間はまさに夜になっており、窓から覗くのは月明かりと夜の闇だけであった。
流石に水色の寝巻に着替えたルナリアは、先程まで八つ当たりをしていたグシャグシャのベッドのシーツを直しながら、その上へちょこんと座る。
「別に、お前程度のチンチクリンに欲情はしない。そうじゃないと旅も碌にできん」
「そ、それって凄く嬉しいけど、凄く不満なんだけど!?」
「あのなぁ……これでも評価しているんだぞ? その割には綺麗だとか、そう思ったから悪くないと言ったろうに」
複雑な乙女心などいざ知らず、ラグナスは溜め息を含んでゆっくりと黒のローブを脱ぎ落とした。
魔人機であるラグナスが纏う鎧がその下にはある。少女からすればその姿は初めてであり、何よりもその仰々しい姿に不安を覚えざる負えない。
「……まさか、ここまでの道中、それを着て過ごしていたの? 寝辛くない」
「ん? あぁ」
「寝る時も?」
「そりゃな。いざという時に守れる物がないと意味がないだろう」
ラグナスの思いやりは少女からしてもありがたいものである。けども、逆に言えばここに至るまで、旅の相方の不自由さに気づけなかった事でもある。
彼の先程までの行動を許すつもりはない。けれど、彼の気持ちを無下にはできない。
「ありがと……」
「用心棒として当然の事だ。だが、ここでは脱がせてもらう。危険はないだろうしな」
そう言ってカチャカチャと鎧を脱いでいこうとする。
少女からすれば、予想だにしていない行動であった。思えば、自身の裸体を見ることに警戒をしなかった男なのだから、これは仕方がない事であるが。青い瞳を一度見開かせて、ルナリアはその裸体を覗いてしまった。
顔と同じ、黒色の肌であった。太陽で焼けた肌ではなく、その光が生み出した影を纏っているような真っ黒。人の肉体とは思えない。しかし、割れた腹筋や細くもしっかりとした筋肉は、確かに人のそれでもある。
「……まじまじと見るんだな」
「ふぇ!? あっ、いや! は、はやくお風呂へ行ってください!!」
細い指で赤くなった顔を覆い隠す少女を一瞥し、ラグナスは残った下半身の鎧も脱ぎ捨てて風呂へ進み歩く。
彼の気配が無くなった事に安堵しつつ、ルナリアはそっと胸に手を当てて、はぁっと溜まった息を吐いた。未だ止まらない音を抑えようと思いつつも、ふっと先程見えた
「……赤い、心臓」
彼の胸の黒の中に僅かに見えたのは、心臓と形容しても間違いとは思えないほど瑞々しい、赤い光であった。
影から透き通るように鼓動する光は、とても煌びやかで、とても禍々しく、それでいて彼が生きている証明であった。
【◆】
修道服を身に纏った金髪の少女と、相変わらず黒のローブで顔を隠す青年は、大きな荷物を宿屋に置いて二日目のニーロコを探索する事となった。
示し合せをしたわけでもないが、宿屋を出ると灰色の髪の少年――タスクが相変わらず快活な笑みを浮かべて待っていた。
「おはよう! 眠れたかー?」
「おはようございます。えぇ、とっても。ベッドに感謝です……」
「はははっ。んで、お二方は今朝はどちらへ? なんかあれば手伝うぜ?」
「仕事は?」
「抜けてきた!」
ラグナスの疑問に、堂々とそう宣言するタスクを見て一周廻って呆れたルナリアは、盛大な溜め息を吐いてみせる。てへへ、と申し訳なく舌をほんの少し出す仕草からして、一応の罪悪感を彼は感じているようであった。
だが、二人からすればありがたい話でもある。一人でも地理的に強い人がいると、危険な場所に踏み込む事もないのだから。
「頼めるか?」
「任せてくれ! 行きたいところがあるんなら行ってくれよー」
タスクを先頭とし、ルナリアを護るように彼女の背後にラグナスが行くというスタイルで、ニーロコの町を歩き渡っていく。
町に活気は確かにあった。貿易国を語っているのは嘘ではないらしく、商業人然とした人や、旅人のような服装をした人物が店の中へ入って話し合いをしている。
だが――それでも、時折目に映る敵意を持った瞳はこの町の闇に見えていた。宿屋の店主から言われた言葉を思い返し、ラグナスは居心地悪そうに口角を歪める。
「タスク。あそこにいる浮浪者について、お前はどう思う?」
マナナは彼らをこの国の悪いところと捉えていた。輝かしい中にある影とも言える存在。それをこの国を誇れると語った少年にぶつける。
勿論、これが意地悪な質問であるのはラグナスだって承知だ。ルナリアは質問の意図を飲み込めきれず明らかに嫌な視線を向けてくるし、タスクも急な現実的な問いに困惑している。
だが、これでタスクが彼らを認知していないかのような言葉を残すのであれば、ラグナスは諭さないとならない。余所者である青年が背負う必要のない責任だと解っていても。自身にはない輝きを見たのだから。
「……変えなくちゃいけない問題だと思っている。正直、良い印象はないけれど、それ以上に、あれは自分が歩んでもおかしくない未来だから」
青年の良心をタスクは闇を見つめて断定した。最も身近にいる自分達の可能性として捉え、それを変えないといけないと語る。それは夢物語染みた、尊き理想だ。
「前に、兄貴がいたんだ。今はもうこの国にはいないけど……兄貴は去り際にこう言ってきた。俺がこの国を去るのは、浮浪者にならないためだって。あんな大人にならないために、俺は外へ出て立派な大人になるって……」
彼の語る兄貴というのがどういう者かは、ラグナスもルナリアも知らない。彼の語るように向上心の高いチャレンジャーだったのかもしれないし、ただ現実に打ちひしがれた逃亡者なのかもしれない。
「……俺は、兄貴と違ってまだこの国を信じている。子供じみた考えかもしれないけど、俺はこの国で生まれて育ったんだ。父も母も知らないけど、それは確かだからさ。だから――」
「なるほど。そうか」
必死に、自分の中の言葉を吐露するタスクの灰色の髪をラグナスが軽く撫でる。
意地悪が過ぎた。そう感じたのだ。夢見がちな少年に、無理矢理に現実を認識させ、それでいて夢を見つめ続けさせたのだ。荷の重い事を語らせてしまった。だからこそ、ラグナスは少年の頭を撫でて、感慨深く呟く。
「それを忘れるなよ。お前のその言葉は、誰よりも輝いている希望の光だ。タスク」
「ラグナスさん……」
気恥ずかしそうにするタスクとは対照的に、少女はそれがどうにも面白くなかった。
口を尖がらせて、不機嫌そうな表情で目を細めてラグナスを睨む。
「……ラグ、タスクに甘いよね?」
「ん? まぁ……同性だからな」
「そういう問題?」
「そういう問題」
ルナリアの声音が低いのに気が付いたのか、ゆっくりとタスクから手を離す。
いまいち納得ができていなさそうな少女を余所に、ラグナスは被るフードの下で慈しむように、しかし冷たくタスクに問う。
「だが、聞かせてもらいたい。何がどうしてこうなった? 国という体制ができているのだから、かつてはこの国だって繁栄していたはずだ」
「うーん……正直、俺が生まれる前の事だからなぁ。でも、皆はあれのせいだって言ってる」
そう言ってタスクは聳え立つ白い建物へと指をさした。ニーロコの外からでも見えた、この国では珍しい石造りの城。この国の下町を見れば、あれだけ異彩を放って見える。
「あそこには誰がいるんだ。王族か?」
「いや、ニーロコはそういうのじゃない。あそこには……えーと……そう! あれだ」
思い出したように声を張り上げるタスクであったが、公にできないのか、ラグナスとルナリアを引き寄せて二人にだけ聞こえるように声を潜めた。
「せーどーきょーかい……? 確か、そういう連中だったぜ?」
「――ッ!?」
「――――」
その名は、耳を澄ましていた少女からすれば予想外の名前であり、同じく言葉を受け止めたラグナスは、静かに白き城の中にいる教会の信徒を睨みつけるのであった。
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