2:復讐―Plevenge―

「よっこいせっと」


 太陽に当てられる黒き鎧の騎士が、そんな間の抜けた声を上げながら、大地に倒れ伏せる何かの腕を引っ張り上げる。十五メートルほどある巨体同士の作業であるが、騎士はいとも簡単に細長いその魔人を立ち上げて見せた。

 騎士の力が強いと言うよりは、まるでそのバラバラの色味を持つ魔人が軽いようであった。


「これでいいのか?」

「サンクス! いやぁ、仰向けになると起き上がれなくてさぁ」


 悪魔――ラグナスはその鋼鉄の牙を動かして確認をとると、その立ち上がらせた魔人機の中腹部に当たる空体の中で必死に座席にしがみ付いている少年が、軽快に笑いながらその乱雑な灰色の髪をかいていた。レバーが生える操縦席と言えるそのドームは、球体の前面がパカッと開いており、少年が少しでも力を緩めれば七メートル下の大地へ真っ逆さまだ。

 彼が乗る、異形の機械に無理矢理に人の真似事をさせているような違和感を放つ魔人機。それでいて人の手を持つのではなく刃を直接繋げられており、脚もまともに歩く事も叶わない特別な物にさせられている。顔だって、元の顔の上には別の顔を張り付けたかのような気持ち悪さがあるのだから、生物的な嫌悪感を抱くのは仕方がないか――ルナリアはラグナスの胸部で見つめながら、心の中でその魔人を認識していた。


「お前、何者だ? いきなり襲いかかってきて、詫びも無しかよ」

「あぁ……それに関しては、ごめんなさい!」

「まぁ、これでこっちが傷ついていたら許さないんだが、返り討ちにしちまったからな……」


 操縦席を開いている短パン少年が頭を下げる中、ラグナスは複雑な現状に呆れた溜め息を吐いた。奇襲を仕掛けられて、返り討ちにした――だけならここまで悩まないのだが、まさか降参宣言と涙が混じった悲痛の叫びを聞かされたもので、怒りが消えてしまっていたのだ。

 実際、あの戦闘で命の危険を覚える場面はなかった。彼を操るルナリアの精神状況が安定していた事もあるが、攻撃を捌ききる事は容易であったし、確実にラグナスの技量よりも下回っていた。だからこそ、一人の戦士である彼は、無鉄砲な少年に諭すように声を和らげる。


「ラグナス」

「え?」

「俺の名だ。んで、俺を操るのが――」

「ルナリア・レガリシアです」


 ラグナスの胸の鎧に書かれている目のような装飾、その中央部から少女が姿を現す。開かれた相棒の左手の上に着地した修道服を着たルナリアは、ぺこりと挨拶をして見せる。

 褐色の肌を持つ少年は、ぼーっと金の髪が揺れる少女を見つめていたが、ハッと自分が求められる事に気が付いてゴホンっとわざとらしく咳ばらいをした。ちょっとだけ、顔が赤らんでいるように見える。


「た、タスク! タスク・アクター。こいつはゼクタウトって言うんだ!」

「タスク、と言うのですね」

「う、うん」


 言葉が震えているタスクを不思議そうに見つめるルナリアに、更に顔を赤らめる少年。そしてそんな二人を見下ろすラグナスは、ただ一言。


「で、結局はお前は何がしたかったんだ?」


 明らかに怒気が含まれているその声に、短パン少年の顔はみるみるうちに青くなり、その緑色の瞳はぐるぐると回り始めた。ルナリアは彼らの会話の真意を測りかねて、また首を傾げる。


「と、とりあえず! あの国へ行くんだろ? 話しながら向かおうぜ」


 少年の提案は双方からしても損もない事である。ラグナスもルナリアもその誘いに乗って、再び一体化し跳び歩き始めるゼクタウトに合わせてラグナスも横へ続く。


「最近、ここらで有名な盗賊とかそういう類だと思ってさ。それで近づいたってわけ」


 六つ目の魔人――ゼクタウトを駆る少年は風に髪を揺らされながら笑っていた。そんな彼をラグナス越しに見て、呆れた表情を浮かべるのはルナリアだ。思ったよりもマシな理由であったが、最初は話し合いをしようとする彼女からすれば理解しがたい思考だ。


「でも、それでいきなり攻撃するなんて……」

「あ、あー、いや、ごめんというか……やる時はやらねーと、こいつの持ち味が活かせないと言うかさ」


 ゼクタウトと呼ばれている異形の機体は軽い素材で構成されている。そのため機動力は高く、ラグナスのような歩行を主軸とした戦闘なら優位に立つ事も夢ではない――と彼は語る。だが、武装も両腕の刃だけらしく、それを活かせる状況は奇襲だったらしい。

 確かにラグナスは怪しいというか、恐怖感を覚える威圧的な装飾をしている。でもだからって――そんな少女の思考を受け取って、ラグナスは言葉の詰まる少女の言葉を代弁する。


「理解した。まぁ、俺の風体が怪しいのは仕方がない事だし、お前の考えも間違いじゃない。こうやってニーロコに入りやすい状況になったんだ、喜べよルナ」

「でも……むぅ」

「すまんなタスク。こいつ、頭硬いんだ」

「い、いえ……それもー、それで」


 嬉しそうに返事をする少年は、絶妙なバランスで操縦席の上に立って足でレバーを操作しつつ、眼前に近づいたニーロコへ手を振って見せる。


「帰ってきたー!」

「見てたぞー! 負けたなー!」

「言うなよー!」


 ルナリアよりも幼く甲高い少女の声に続いて、野太い低い男性の声が聞こえてくる。親しげに笑いを込めた声にタスクはそう答えながらも笑っていた。

 その光景を横で見た修道女は、虚を突かれたように呟く。


「人って……いるんだね」

「何を当然の事を言っている」

「……クリェートって小さな町だし、私にとって修道院とあそこが全てだったから。だから、その……この目で見てやっと確信できたの。世界って、思ったよりも広いんだなぁって」


 知識は頭に刻まれるが、経験は心に刻まれる。

 彼女の世界であった小さな町クリェート。そこから旅立って数日。木造の国ニーロコに辿り着いた彼女への報酬は、そんな当たり前で確かな世界の在り方だったのかもしれない。


「ルナリア! ここから先は魔人機はダメだから、降りて」

「えっ、うん。ラグ、手伝って」

「……りょーかい」


 感慨深くラグナスは少女へ手を差し伸べる。その手のひらに飛び降りた少女は、ジッとニーロコを見つめた。初めての国。初めての場所。だからこそ広がる不安と、湧き上がる好奇心を内在した瞳を揺らがして、紺碧は煌めいていた。

 この日、ニーロコに一人と一機の旅人が入国する。だがその数刻後、もう一組が入国をする事となる。



     【◆】



「クソがッ!」


 数日前。クリェートの酒場で、そう悪態を吐きながら蒸留酒を貪る男がいた。茶色のツバの広がっているカウボーイハット、その下から出ている肩まで伸びる黒髪、蒸留酒の白髭とは別にあご髭のある青年。

 細身で軟弱に見える容姿をしているが、その帽子に隠れがちな双眸はギラギラと黒く光っている。


「まぁまぁ。そう荒れんなさんな。ほら、店長さんが怒ってるよ」

「仕方ねぇだろ……大事な部下が殺された。あの白騎士と黒い奴に」


 その横で同じく蒸留酒の入っているグラスを持つ女がいた。くすんだ茶が混じった金髪をポニーテールに纏めた、青色の瞳を持つ、カーキのロングコートを羽織る女性。

 男の暴走を抑えるようにしているが、その表情は笑みを浮かべて楽しんでいるようだ。


「最悪、ゴノギュラが破壊されただけなら良かった。だが、あいつらは殺したんだよ!!」

「落ち着きなさい。それに、悪事をするのだから、命の覚悟くらい持ってるでしょうに」

「それは、そうだが……あー、くそッ!!」


 飲み干した蒸留酒のジョッキを木の机に叩き下ろしながら、男はやりきれない思いを酒の勢いに合わせてぶちまける。酒場の中は男の叫びであまり良い雰囲気とは言えない。

 だが、その中でニヤリと笑うのは相手をする女性だ。そっと胸の中に潜ませていた紙を彼のジョッキの横に置く。


「それで、どうする? 私は用心棒だ。だが同時に、依頼さえありゃどこまでもお付き合いする、そんな流浪女でもある。金さえあれば、だけどね」

「……何?」

「協力してやるって言ってんの。あんたの復讐を。部下の仇を取りたいんでしょう? あんたの、その手で」


 怪訝な表情を浮かべる男の右手に、女性のきめ細かな指が絡まる。男の中に高まっていく怒りを焚き付ける風の如き女は、ニヤニヤと自分の手で男が決心を抱くのを待ち望む。

 蠱惑的な女の問いかけに、髭面の男は酒に濁り始めていた黒い瞳の光を取り戻す。浮かぶのは、一情に流される引き攣った笑み。


「一緒に来るか、ソルティ? お前が望む事をしてやる。だから、俺の復讐を手伝ってくれるか?」

「いいよ、カルパ。あんたとはたった一回の付き合いだけど、あの白騎士との戦闘介入を止めさせた責任もあるし、格安で雇わせてあげる」


 あの黒の悪魔と、白の魔聖機の戦闘を双眼鏡を用いて眺めていたカルパは、やられゆく仲間に怒りを覚えて飛び出そうとしていた。しかし、その横でフランベルジュを睨んでいたソルティは動きを止めさせたのだ。

 その負い目からか、それとも単純に快楽のためか。あの悪魔の中身が先日出会った少女と知りながらも、ソルティは悦楽に満ちた笑顔を浮かべて呟く。


「さぁ――あなたのその心、その手で成しましょう」


 こうして一組の復讐者は生まれた。片や快楽のために、片や亡き部下のために。その毒牙は、悪魔を求めてニーロコへと伸びゆく。

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