8:魔人―Demachine―

 薪火が揺れている。野原の光はそれと天に浮かぶ星々の輝き。これが夜の外の世界。夜行性の野生動物たちが焚火を見てはどこかへ去っていく。


「――さて、食事も終えて日も暮れた。君達の事も知りたいが、先に質問に答えたほうがいいだろう」

「……芝居がかってるな」

「騎士だからな。教師ではないのだからこうにもなる」


 コホン、と一度咳払いを挟み、白衣を纏った青年は胸のポケットに入れてあった青縁のメガネをかける。外面から入るようだ。

 あぐらをかいているラグナスは、何も言いださないルナリアを横目で見る。三角座りをしながら毛布を羽織る少女は、何を言い出そうか悩んでいるようで青い瞳をグルグルと回しているようだった。相方の優柔不断さに頭を痛めつつ、黒の青年は声を低くする。


「悪魔の事を聞きたい」

「いいが……君は悪魔、だろう?」

「らしい、としか言えない。俺が悪魔を名乗るのも、ルナリアがそう俺を認識しているからだ」


 私のせい? とルナリアが怪訝な視線をラグナスにぶつけるが、彼は一瞥するだけで終わらせる。

 対し、マークスはそうかと納得したようで満足げな声を上げる。


「なるほど。では一般論の話をしよう。我々教会が悪魔と見定めるそれは、魔人機と呼ばれる機械だ」

「機械……それって懐中電灯とか、そういうのですか?」

「間違ってはいないが、それよりも高度なものだ」


 彼女が思いつく限り、それ以上の物はクリェートにあった電灯や冷蔵庫ぐらいの日用品だ。電気を介して動く熱を持ったり冷たい物。彼女の慕っていたラルドは、あれらは高いとボヤいていたのを確かに覚えている。

 だが、それでは横で興味深げに聞くラグナスもまた機械となる。それは、少女からしたら結びつかない。


「確かに、あの牛野郎共は鋼鉄だった。機械なのは納得だな」

「ゴノギュラ。祖国チャーチルの付近にある、機械国マカシーンの量産魔人機だ。まさか最西の町にまで届いているとは思っていなかったが……」

「待ってください。それじゃ、ラグナスは機械なんですか? 電気で動く」


 ラグナスはルナリアが呼び出した存在だ。少なくとも、少女の中の出会いの記録は、町の図書館で読んだ御伽話のように不思議に溢れていた。機械とは到底思えない、まるで無から生まれたかのような黒騎士。だから信じられない。それに電気は貴重なものであり、それはどこからやって来ているのかも解らない。

 確かに、とラグナスは頷き、マークスはふむと笑う。


「ラグナスが機械かどうかは置いておいて、魔人機は電気では動かない。人の中に眠るエネルギー……一般的にはそれを魔と呼ぶ。それを使うんだ」


 その単語は懐かしい響きに思えた。今や少女の身体にはない赤い痣。それは悪魔憑きの証と呼ばれていた物で、少女の中にある魔力が引き起こしていた現象であった。

 確かにそうであれば、電気を起こす事なんてできないルナリアだってラグナスを動かせる。どういう原理かは少女は理解できないが、それでも僅かにあった疑問は解けたように思えた。


「魔を使い人が操る機械――魔人機。教会はそれを危険と捉えて悪魔と呼称している」

「だが、お前は使っているじゃないか。フランベルジュ……だっけ?」

「あぁ。人の生身ではどうにもならない。なら、その敵と同じ力を使えばいいじゃないか……そして生まれたのが騎士だ。組織が操りコントロールする。ゆえに、魔聖機。魔を操る聖道の騎士だ」


 だから剣から光が出たりもする、と付け加えるマークスは実に楽しげだった。騎士の姿をしているのはあくまで教会のイメージのためであり、その役割は教会の敵となり得る魔人機を絶対に破壊する兵器であった。

 ルナリアは切り倒されたゴノギュラの中の人の事を思う。彼らは確かに自分達を襲ってきた悪党であったのかもしれない。教会的にも、悪魔を操るのだから悪なのだろう。それでも悪だからと言って、人を殺す事が正しいのか。


「マークスさんは……あの中に人がいる事を知っているんですよね?」

「あぁ。私がフランベルジュに乗るように、あれの中には人が乗っている」

「人を殺す行為に、躊躇いは覚えないんですか?」


 恐る恐る、声を震わせながらそう尋ねる。不思議そうに目を細めるマークスであったが、ラグナスが睨んでいる事に気が付き、言葉を選ぶ。


「躊躇いは……ない。勿論、人を殺す事が汚れた事なのは理解している。だが、教会は悪魔を駆る者を裁けと言った。都合のいい解釈だが、私は教会の行いを理由に人殺しをしている」

「……それじゃ、ただの殺人鬼ですよ」

「違いないな。私はそれが正しいと思ってここまで幾度も悪魔を切り裂いてきたが、思考の停止をしていたようだ。まさか問われるまで、自身の行為を見直した事が無かったとはな。君が怯えるのもよく解るよ」


 マークスはそう言い、鬱屈とした息を漏らす。彼とて、何も思わない機械ではない。

 それを様子で見て理解したルナリアは、震えが収まってくる自分に嫌悪する。これで彼らが救われるわけじゃない。彼らの死は理不尽な物であるが、彼女はその死を受け入れるしかない。ただの自己満足だけど、と心の中で嘆きながら。


「……ルナ、気にするな。思想の違いはよくある」

「うん。そういう事にするよ」


 納得はしていない。それでも、少女はせめて自分の手ではそうはしないようにと決意する。彼女にとって、人の命を奪うのは絶対に間違っている事なのだから。

 ルナリアの表情が幾分か和らいでいくのが見えて、ラグナスもふぅと息を吐く。戦闘を共にする者だからこそ、彼女の決意は何よりも喜ばしい事だ。それが戦乱の中ではなく、安らぎの中であれば尚更だ。


「……それで、ラグナスが電気で動くかどうか、なんだけども……こればかりは解らない。というより、君のような意志を持つ魔人機の前例は見た事が無い。人の姿になる事も、ましてやあの魔法陣を介する辺り、まるで御伽話の再現のように思える」

「それは言われるとこちらも困る」

「だから、こう言うのだ。君とルナリアは、この世界において珍しい存在だ。一般的には魔人機で通じるだろうが、教会の騎士でも知らない存在なのだから気を付けてほしい」


 自分達よりも確実に現在を知る男からの忠告。ラグナスは右手の拳を強く握りしめ、ルナリアはその碧眼を見開いた。彼は冷静に、少女たちは普通ではないと語ったのだ。

 外の世界に悪魔がいて、それに人が乗っていて、少しでも自分は普通なのかもしれないと思い始めていたルナリアにとって、その言葉はあまりにも重い。

 少女の顔が青ざめて、夜の闇は一層暗さを増す。風に揺られる火は、そんなルナリアを優しく照らしていた。



     【◆】



「行くのか?」


 早朝。雲を黒くするほどの太陽が昇り始めた頃。風に攫われた薪の火からは薄い煙が上がる。その傍らには寝袋に身を包み、毛布を被っている少女が身体を縮こませて眠っており、その横で黒いローブの青年が木炭の先を見つめていた。

 白い騎士のような姿をした魔人がゆっくりと立ち上がっていた。焚かれた火が消えたのも、少女達を風から護るように膝をついていたそれが役割を放棄したからだ。


「あぁ。昨夜は彼女に悪い事をしたからね」

「結局、俺達はお前に何も教えていないが……」

「いい。縁があればもう一度は会えるだろう」


 白亜の騎士――フランベルジュの胸部にある操縦席に乗っているマークスは、見上げるラグナスにそう笑みを見せつける。その余裕のある姿は彼に苛立ちをもたらすのを金髪の青年は知らない。


「二つほど。移動には魔人機を使いたまえ。魔人機は教会の敵であるが、民衆にとっても脅威だ。それは威圧にも繋がるし、解りやすい力の持ちようが伝わる。盗賊もこれで下手に手を出さなくなるだろう」

「なるほど、了解した。今後はそうする」

「そして……ここから先は教会が手を出している国が多い。彼女はともかく、君にとっては辛いだろう。気を付けたまえ」


 それじゃあ、とマークスが言い終わるか否かのタイミングでラグナスは裂けている口を大きく開く。ギザギザの牙と、赤い舌が見えるその中身は肌と同じく黒い。


「ではお前にも一つ伝えておく。お前の信じる正義が、本当に己の信じる正義か。組織に殉ずる中で考えてみろ」

「……了解した。考えてみるよ、少女の騎士よ。それでは、さらば――」


 フランベルジュが赤いマント靡かせて歩いていく。十メートル以上の巨体を持つそれは大きな地響きを上げて、しかし人のそれよりも巨大な一歩でその場を去っていく。

 ラグナスはローブにある腰当たりのポケットに手を突っ込んで、その様を見定める。


「お前がどのような道を歩むか知らんが――悔いのない道を進めよ、マークス」


 僅かに感傷的になったラグナスは、風が捲ったフードをかぶり直す。少女は唸り声をあげて、もぞもぞと毛布で頭を隠した。



     【◆】



 また少し日が登り、そらの水色が見え始めた頃。ルナリアは目を醒まして、そこにマークスがいない事に気づいて去った事を察した。

 隣で果物の二つ分の缶詰を開けて、パンなどの朝食を用意するラグナスに挨拶をし、彼のそっけない返答に安堵を覚える。


「今日からは魔人機の姿で移動する。そっちの方が効率が良い」

「そうなの?」

「あぁ。勿論、人の集まる場所では人の姿をとる。いいか?」


 悪魔を駆る事に抵抗があった修道院の頃なら反対していただろうルナリアは、うんと快く頷いて見せる。昨日のあの会話の中で彼女の中の抵抗感は限りなく削れている。それに、ラグナスには悪いが自分が歩くよりはそっちの方が楽だなぁ――とルナリアはいたずらにそう思う。


「…………」

「……なに? ラグ」

「いや。なんでもない」


 ラグナスの嫌そうな表情が見えて、ルナリアは首を傾げる。どうしたのだろう、と考える間もなく彼女の手にはパンと果物の缶詰が手渡された。オレンジ色の果実が入っているそれは、昨日の冷気に当てられたのか冷たく仕上がっている。


「あー……あと、そのラグって呼ぶのやめてくれないか」

「なんで?」

「……気恥ずかしいんだよ」

「うん。ならラグって呼ぶ事にする」


 正直に頷くルナに、おいおいとラグナスは頭を痛める。それでも、旅の始まりの一日目は波乱でありながらも綺麗な終わり方で良かったと、青年は確かにそう思ったのだ。

 旅は続く――

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