7:戦後―Combafter―

 戦闘が終わり、フランベルジュが背中にある鞘に白き剣を治めると、首元にある収納口から赤い布がファサッと現れる。ラグナスとはまた違い、背中から発生する事もあってその様はまさに勇者の出で立ちだ。

 膝をつき、右手が胸部に近づくと操縦席から何かしらの革袋を担いで、金髪の青年が右手に降りたった。そしてゆっくりと右腕が下りていき大地に接着した。


「ほぉ」


 焼き焦げた野原に降り立った青年は、眼前で広がる摩訶不思議な光景を見て言葉を漏らす。

 悪魔の足元に巨大な魔法陣が広がり、そこへズブズブとゆっくり沈んでいくのだ。地へと還るような様は、まさに御伽話の悪魔であり、その左手に乗っている金髪の修道女を見れば幻想的にも思える。少女を大地へ降り立つの確認すると、溶けきるように最後は黒い影の塊として姿を変えて魔法陣の中へと吸い込まれていった。そして、その中心には黒のローブを羽織る存在が現れる。


「こんな感じだったんだね」

「そうか。お前には戻る様を見せていなかったな」

「呼び出したときの逆なんだね」


 そういう会話が聞こえて、フードで目元を隠す赤毛の青年がラグナスという悪魔である事を理解したマークスは、自身の記憶にはやはりあのような前例はいない事を認める。

 近付いてきた青年と少女が、マークスの前で並び立つ。フードの青年は余裕がある事を見せつけるように堂々としているが、隣の修道女は両手を胸に手を当てて緊張しているようだ。少なくとも、クリェートの町であった頃の彼女らしさは残っている。


「聖道教会、魔聖騎士を担う者。マークス・ベンゼンだ」

「ラグナスだ。見ての通り、お前らが忌み嫌う悪魔だが――」

「マークスさん! やっぱり、クリェートの時の!」

「チッ、おいルナ!」


 言葉が遮られて、フードの下の口が舌打ちを鳴らす。マークスの碧眼が捉えたのは、彼の口に値する部分が頬まで裂けていた事だ。それを丁寧に、人並みのサイズに開けて言葉を話しているらしい。

 名を呼ばれた少女が悪魔に抗議しようとするので、マークスはまぁまぁ、とこれ以上の口論を止めさせる。


「そう。あの町で出会った騎士だ。まさか、悪魔を引き連れて旅をするとは思っていなかったが……」

「それは……その」

「いや、答えなくてもいい。少なくとも今は敵意はない」


 そう語る神妙な面持ちを見せるマークスは、腰に差していた金色の飾りが付いた鞘をゆっくりと芝の上に横たわせた。戦意を無くしている証明のつもりなのだろう。ルナリアはほっと肩の力を抜いたが、横にいるラグナスの警戒心は止まらない。

 赤毛の下の人外の目は、影の中で僅かに輝く。


「優男。お前、何か企んでるんじゃないだろうな?」

「例えば?」

「後ろにいるその白いやつ。お前が乗っていなくとも、動きさえすれば俺達を殺す事は可能だ」

「……可能だと、本当に思っているのか?」


 金色の男は意外そうに二人を見る。ルナリアは男の様子に困惑し、ラグナスは彼の反応で理解したのか盛大に溜め息を吐いた。そして、握っていた拳を羽織るローブの裏に隠して腰に手をやる。


「すまん。まだよく解らない事も多くてな。いかんせん、ルナの知識はどうにも偏りが過ぎている」

「私が悪いわけじゃないと思うけど……」

「とりあえず、お前を信じる。警戒心は解かないが、話し合う相手を問答無用で殴り掛かるほど馬鹿じゃないしな」


 そう言ってラグナスは、ドカッと焼けた芝の上に尻を落としあぐらをかいてみせる。完全に敵意を無くした事を認めたマークスもまた、彼に合わせて地べたに座った。そして残ったルナリアは――その空気がよく解らないようで、二人をキョロキョロと見下ろすしかなった。


「座れ」

「え……はい」


 ラグナスからの微妙な視線を受けて、すごすごと座るルナリアにマークスは微笑みを見せるのであった。



      【◆】



 盗賊から騎士へと戦いを続けた彼らにとって時間は無情で、空が雲を影として橙色に染まり始めた。

 巨大な白い騎士の影の下で、火が焚かれた木に薪を入れるのは白衣の青年。それに相対するように、携帯用のまな板で持ってきていた肉をナイフで切る少女と、それを受け取って焚火の上にフライパンを置いて肉を焼くローブの青年の図があった。

 日が落ちる事もあったが、何よりもルナリアの腹の虫が鳴き声を上げたからであり、心なしか彼女の顔は赤らんで見える。少なくとも、当てられた火の光の効果だけではない。


「ルナ。皿」

「そこにあるでしょ」

「待て。フライパンで肉が焦げ付かないように必死にやってるんだ。皿に手を出す時間はない」

「こっちはお腹が空いて、恥ずかしい目にあってちょっと怒ってるの!」


 まだ言ってるのか、とラグナスは呆れるしかない。焚火を起こしてからもう一時間は経っている。ルナリアの乙女心などラグナスには理解できるわけがなく、仕方が無くフライパンを火から逃がして、急いでルナリアの横に置いてある皿に盛りつけた。その横に、彼女が切っていた赤と黄色のパプリカが、少女の手で添えられていく。

 その手際のいい動きにマークスは短くこう評する。


「君達、思いの外に仲がいいね」

「良くないです!」

「……だそうだ」


 少し声を落としながらそう言うラグナスは、盛りつけられた皿を火の向こうのマークスに手渡す。微笑みを止めない青年を睨みつけながらも、


「パンはどうする? 焼くか」

「いや。そのままでいい」

「あ、ラグナス。私のは焼いて?」

「……了解」


 ラグナスはマークスに三日月のような形のパンを三つほど手渡して、渋々と残り五つのパンをフライパンの中に放り込む。


「ラグナス! 肉の油のまま!?」

「おぅ。なんかあるか?」

「馬鹿! せめて一度は油拭きで拭いてよ!」


 盛大な溜め息が漏れる。それを見てルナリアが更に怒りを滾らせる。

 そんな戦闘の終えた野原の一光景は、少しずつだが日の沈みによって闇に沈んでいくのであった。

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