6:抵抗―Opposist―

 光と闇は表裏一体だ。例えば、闇の中に光がぽつんとあるのであれば、明らかに闇が勝っている。逆も然り。二つの関係は言ってしまえば、どちらがいかに量を有するかで優劣が決まる。

 であれば、その大きな光の波に小石程度の闇を放ったところで、結局はもみ消しになる。


「クソッ!」


 幸い、放たれた小石は斬撃を衝撃波として形作ったものであり、少しばかりの抵抗はできている。しかしそれは拮抗ではなく、ほんの数十秒だけの猶予を生み出しているだけだ。

 ルナリアは進み来る一閃を前に、瞳を閉じずにジッと見つめていた。絶望を告げるはずの光に絶望せず、だからと言って思考を止めるわけでもない。


「あき……らめない……!」


 ラグナスが悪態を吐く中、少女はただその一心で祈る。左手は自然と前へ伸びていき、ラグナスの肉体もまた同じように左手を伸ばす。


「ルナ!?」

「ラグ……生きよう。張り合うんじゃなくて、生きるために」

「……解ったよ。お前の心、しかと受け止めた」


 右手に同化した剣が霧散する。伸ばされた左手は曲げられて、左腕に装備されている黒き盾を正面に構える。少女のイメージは、悪魔の精神を揺さぶる。倒すのではなく、生きる。それが彼女と騎士の精神を一つにする。


「星影よ護れ――暗夜のシルドーッ!!」


 古代の言葉で、それは盾を意味する。暗夜の如き闇の盾には、幾つもの星の光が映りこんでいた。

 人々を見守る天の闇には、月を代表して様々な星が瞬いている。これはそれの圧縮した護り。ラグナスが操る、夜天を内包したルナリアの恐怖を示す。恐怖の中に抱く、淡くも儚い輝きこそが星。その光の強さはそれぞれであり、一等星、二等星、三等星……と総計六つの光が盾の中に眠る。

 少女の宣言により、盾の中の星が放出されて輝きが強い順に巨大な盾を形成していく。一層、二層、三層、と。夜の盾を最後とし、合計七つの盾が光の奔流に相対する。


「ルナ! 剣の魔力をマントに回せ!」

「うん――筒闇を纏え、遮光のマンテロン!」


 同じく古代聖道語でマントを意味する言葉を言い放つと、肩から伸び靡かせている影色のマントが黒く輝く。全ての光を遮る、ラグナスが用いる最大の護り。剣の魔力の使用を止めたからこそ解放できる、ラグナスの最大限の護りである。

 闇の光、夜と星影をもって光の一閃に挑む。闇の斬撃は光に飲まれて途切れる。瞬間、更に爆発的な白光が悪魔騎士に襲い掛かる。


「ルナァッ!」

「ラグ……ッ!」


 二人の声が二人の名を呼び、そして光が突き進む。星の盾は次々に壊されて、光はルナリアの肌を焼くかのような錯覚を覚えさせる。それでも、左手は下げない。右手を胸に当てて、右の瞳が風圧で閉じたとしても、もう片方の瞳は閉じずに見つめ続ける。

 しかし、光は留まらず、そして――



     【◆】



 大地は焼き切れていた。一閃を突き進んだ事により、芝は焦がれて茶色の道を作り出していた。


「聖剣解放、終了……断罪は、執行された」


 フランベルジュの操縦席の天井に突き刺さる剣を、マークスは引き抜く。すると、白亜の騎士は全身にある放出口から熱と使い切った大地の魔力を噴き出して白煙を纏う。全力の一撃であった。フランベルジュの切り札と言っても過言ではない、そんな一撃をぶつけたつもりだ。

 それが彼らにとっての敬意であり、自身が見せる正義と誇りであったのだ。そこに、僅かな後悔がないといえば嘘になる。少なくとも青年は、あの時、楽しいと感じていたのだから。


「いかんな……私情は、抑えないと――」


 自身の精神を抑制する。そうだからこそ、瞳が開かれてそれが映った瞬間、彼の顔に浮かんだのは笑みであった。

 膝をついている。右手にあった剣はとうになく、左腕に装着されている盾は僅かにしか残っていない。マントは焼き切れたようにボロボロで、鎧も幾つかの部分が鈍く赤くなっている。

 それでも――その瞳は死なず、未だ赤く輝いていた。


「受けきった、そういう事か……!」

「そういう、事だ。舐めんなよ、俺達をッ!」


 悪魔の声が野原に響く。聖域の十字架もない。あの一瞬でそれらを破り、そしてあの最大の一撃を受け止めた――そんな存在を、マークスは知らない。

 素晴らしい。それが碧眼の青年の最大の感想だ。

 膝をついていた悪魔は、ゆらりと揺れつつもゆっくりと立ち上がる。対し、フランベルジュは動く事が叶わない。オーバーヒートの冷却にかかる時間は残り数分。それまでに、あの悪魔は必ず攻撃を仕掛けに来るであろう。


「ラグナス……左手に乗れる?」

「……幸い、盾のおかげで赤熱化は起こってない」

「解った。ありがとうね」


 少女の声が聞こえたと思えば、悪魔騎士の左手が胸部の奇怪なマークの元へ向かう。そしてそこから開かれた平手に飛び降りるのは、金髪を靡かせる少女――ルナリア・レガリシア。

 正気の沙汰ではない。動けないとはいえ、核と言える自らを外に出したのだ。


「もう、やめましょう。私は、ルナリア・レガリシア。巡礼の旅へ赴く、聖道の教徒です」

「……聖道の教徒ならば、なぜ悪魔を駆る」

「彼はラグナス。確かに見た目と性格はよくありません」

「おい」

「でも……あなたと同じです。彼は私の騎士。悪魔でも、騎士の誓いを立ててくれた、私だけの騎士ですから!」


 少女は盛大な勘違いを冒している。マークスはそう思い口にしかけるが、本当にそうなのかと言葉を止める。自身が謳う正義が教会の正義だ。そしてその象徴はフランベルジュ。正義を形にするために使わされた断罪者。白亜の騎士。

 そうであるならば、彼女にとっての正義はあの悪魔にあるのではないだろうか。そしてその悪魔は、彼女を護っているのだから。


「そういう事だ、優男。この戦いに意味はない。俺の正義はルナリアだ。そのルナリアが教会を信じているのだから、その教会の正義を信じるお前と戦う意味なんてない」

「なるほど……」


 興が削がれた、と言えば彼に悪いが嘘ではなかった。戦闘の意欲は残っていたが、相手にそう言われてしまえば止めざる負えない。何分、切り札を使いそれを止められたのだ。これ以上の戦闘は、確かに血みどろで意味もないものなのかもしれない。

 マークスは一度ばかり笑い、そして操縦席のシャッターを開くように手元のコンソールを弄る。


「いいだろう。引き分けだ。そして語らいたくなった」


 フランベルジュの胸部にある鎧の中心が開かれて、金髪の青年が現れる。

 かくして、戦闘は終わり、断罪の儀もまた終了した。

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