5:断罪―Jucrime―
目の前の悪魔を見て、白亜の騎士フランベルジュを駆る男は、手元にあるレバーを握りながら僅かに目を細めた。自らが扱う剣、コンヴィクトの一撃を受け止め、得意とする居合の一撃すら防いだ。
動きは単純で、どうにも戦闘慣れをしていない雰囲気である。だが勢いは確かにあり、恐ろしいのは拙さの中に精密な動きが眠っている事だ。
「ラグナス、と言うのか」
中にいるであろう少女が、黒騎士をそう呼んでいた。白騎士に名があるように、あれもまた名があるのは必定である。しかし彼の常識の中では、悪魔を従えるのはただ一人。二人が一つの悪魔を使役する、というの前例がない。
であれば、あの悪魔自体に意識があるというのが彼の中の結論であった。あまりにも馬鹿げた話ではある。御伽話にもほどがあるし、これを信じるなら先程の二人が使役している考えの方がまだ真っ当だ。
そうだと思いながらも、金髪の青年はそのモニター越しで剣と盾を構えるラグナスを見て笑みを浮かべた。
「だが……意思のある悪魔、というのは面白い。型も希少であるが、それ以上に――」
刹那、左手の盾を前に構えながら剣を外へ構えてラグナスが前に進む。動きは単調――に見えるが、盾を手に入れた事によって一筋縄でいかなくなった事、加えてその足取りが思いの外に軽いのが目に見える。
足元にあるペダルに足をかけながら、右手に握られたレバーをギュッと後ろへ引っ張る。フランベルジュが呼応して、左手を引き、両手に握られたコンヴィクトは突撃するラグナスに刃先を向ける。
「我がフランベルジュに対を成す騎士であるのだから、戦いのし甲斐があると言うのだ!」
細い碧眼を見開いて、口角はよく吊り上る。青年――マークス・ベンゼンは、戦闘という一種の作業に享楽を見出していたのだ。敵であり、それでいて対抗しえる存在。未熟でも必死に食らいつこうとする諦めの悪さ。
なによりも、その中にいる少女、ルナリア・レガリシアは自分にとって無関係の存在ではない。その少女が、自身が掲げる正義を否定するのだ。楽しくないわけがない。
「ルナ! イメージはそのまま、俺が見えない戦況を伝えろ!」
「うん! 攻撃方針――あの剣を弾き飛ばして!」
「了解だ。任せろ」
だが、戦闘の中で享楽を覚えるのは白騎士だけである。対を成すと称された黒騎士と少女は、この戦闘を楽しむ余裕などない。生きるために戦う。それが少女の戦闘の本質であり、悪魔はその願いのために剣を振るう。
先に仕掛けたのはラグナスであるが、攻撃をしたのはフランベルジュであった。両手で握られた縦一閃の斬撃がラグナスの胴を裂くように進もうとする。その一撃を止めるのは、左手に生成された円状の黒き盾。接触して甲高い音が鳴り響き、聖剣は大きく弾かれる。
「ダァッ!」
強引な防御によって自由を失った剣を見て、ラグナスは右方にやっていた光の剣を、腰を曲げてあらん限りの遠心力をかけ、その白き剣にぶつける。強力な一撃が、白騎士の手に圧し掛かり、必然としてコンヴィクトは左方へと弾かれる。
「がら空き――ッ!?」
武器を失ったフランベルジュを見てそう大声を上げたラグナスであったが、それが予測された事態である事を視界の端に映ったそれを見て認識する。
ルナリアが声を上げずとも警告する。頭上に見える四つの十字架。最後の牛男を切り裂いたギロチンが、自分達を目がけて降ってきている事を。
「大地に住まう魔よ喚起せよ――今ここに聖域は成る」
「チィッ!」
剣を失い、それでいて冷静さを失っていない声音を発するマークスは、フランベルジュの指を使い右手で人差し指をラグナスへ向けた。弾かれた衝撃へ後方へ身は進むが、それでいて気丈な姿はラグナスに多大な威圧となって映る。
迷いが生じて空を切る斬撃など目もくれず、後方へ移動しようとするラグナスに十字架は容赦なく落ちてくる。咄嗟に左腕の縦を構えるが――十字架は、ラグナスに落ちるのではなく、彼の周囲を囲うように大地に突き刺さった。
「くそッ。なんだ!?」
「聖域生成・断罪の陣――その本質は攻撃ではなく、断罪を行うための前準備にしか過ぎない」
取り囲む四つの十字架に剣で攻撃をするラグナスであったが、まるで水を切るかのようにそこにあるはずの実態は切れず擦り抜けてしまう。
ガチャリ、と弾き飛ばされ地に突き刺さった聖剣を拾い上げて、フランベルジュは悪態を吐くラグナスを見やってそう語る。
「ラグナス、跳躍すれば!」
「無駄です。そこは聖域と成った。その断罪の十字架を超える事は不可能……」
「……らしいぜ。騎士の癖に、魔法使いかよ」
攻撃が意味がない事を悟ったラグナスは、そう舌打ちをして剣を降ろした。一体化しているルナリアがそれでも、と攻撃のイメージを起こしているが、それを無視する。
目の前にある光の十字架は、彼が使うグラーボでは破壊する事は不可能。なにせ、同じ光だ。光と光が合わさるところで変わりはない。例えば、彼の剣が周りの十字架を飲み込むほどの大きな光を発せるなら可能かもしれないが、ラグナスが有する剣ではそれは叶わない。
「聖騎士だ。断じて魔法使いではないさ」
「教会は魔を悪とするらしいが?」
「その悪を、善に扱っているだけにすぎない。悪を使い悪を断つ。であれば、それはもはや善だろう」
「どうだか……結局、武器を扱う輩に善人などいやしないさ。お前も、俺も。結局は他者を傷つける悪だ」
正義を語る聖騎士に悪を語った悪魔は、その兜の下の赤目を潜めた。万事休す。打つ手は無し。そのイメージがルナリアに流れ込み、彼女の抵抗も治まる。僅かにも自分が信じた相手が矛を収めたのだ。それを扱う彼女ではどうしようもない。
「……良い持論だ。少しばかり思うところはあった。しかし」
フランベルジュは剣を天高く掲げる。白騎士の中にいたマークスもまた、腰に差していた剣を天――操縦席の上部にある差込口に向けて掲げていた。
「教会の正義を形にする私には、響かない」
今から行うそれは儀式であり、フランベルジュという一つの存在が行う本来の目的のために設定された楔、それが操縦席の天井にある差込口であった。
フランベルジュの掲げる聖剣に書かれた金色の線が光り輝く。それは剣だけではなく、鎧を伝い、足にあるラインにも光を与えていく。
「あれって……魔力?」
ルナリアが自信なくそう呟いた。その剣が天に掲げられてから、大地はまるで今から行うであろう儀式に歓喜するようにその光を色濃く沸き立てていたのだ。泡のように、蛍火のように、それは空に昇っていくが全て聖剣の刃に吸収されていく。
厳かにして美しい――その刃が自分達に振り下ろされかねないと言うのに、ルナリアは無意識の内にその光景に惹かれてしまう。
「ルナ……全力で、抗うぞ」
「……できるの?」
「やるしかないだろ。今少し、癇に障る事を言いやがったからな、あいつ……」
ラグナスのその言葉は何かの感情が混じっていた。怒りか。それにしては黒い感情のようなものは感じない。ルナリアは不思議にそう思い、しかし彼の考えに同調した。まだ、死ぬわけにはいかないから。
自身の胸に手を当てて、少女は小さく息を吐く。今から挑むは綺麗な絶望。あの魔力が溢れ出る剣を受ければ一溜まりもない。
「ラグナス、できる?」
「お前が信じれば。なに、打ち勝てなくても対抗はできる」
「解った。信じるよ、ラグナス」
抑えていた手を胸の前へ、もう片方の手と重ねてギュッと握る。不安はある。迷いもまだ。それでも、信じる。
「我が始まりにして、終わりへ導く曙光の剣!」
「我が心を剣に捧げ、天に掲げよう!」
ルナリアとマークスの声は重なる。しかし、その言葉は真逆。己が剣に宿す想いは同じでも、向き合う相手には相反れない。
ラグナスは影を刃に纏い始めた光の剣――曙光のグラーボを左方へ持っていき、腰を深く降ろす。その剣はルナリアから発せられる魔力に呼応し僅かに震えていた。中心にある刃の光を護るように、影が螺旋を描き始める。
フランベルジュの聖剣も大地の光を吸い取り、更に刃が引き伸ばされていく。それはあまりにも巨大な十字架。罪を断つために生み出された、悪を断つ剣――
「今ここに、その名を果たせェッ!」
「主よ、罪人を裁きし我が断罪に祝福を!」
少女の叫びに、光の刃は影を纏いし希望の剣となった。
青年の祈りに、白き聖剣は悪を断つ断罪の剣となった。
詠唱は終わり、魔力は空間を揺らすのを止める。生まれた静寂を切り裂くように、抗う者と裁く者は己が心を剣に宿す――
「
「
振り下ろされた大地の命を吸った刃が、空間を引き裂くかのように白き一閃を描き大地を突き進む。暴圧的な光の量。それこそ、ラグナスなど簡単に覆いこめるほどの光線だ。
対して、放たれたのは光が放った闇の刃。斬撃の形を闇が形成し、それが――周りの十字架を切り裂いて――光に向かって突き進んでいく。しかし、それでもそれはあまりにも小さく、僅かな抵抗であった。
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