4:正義―Correason―

 堂々とした構えであった。仁王立ちのように、その剣を両手で大地に突き刺している様は。その大地に数体の鋼の塊が分断されている事も相まって、一つの絵になりそうな姿である。

 しかし、対峙する黒騎士、ラグナスからすればその白騎士の行動の理解ができない。ラグナスの中で赤目を見開くルナリアもまた同じく、だ。右手に同化しながらもある光の剣を、自身の肉体を護るように左斜めに刃先を向けながら、動きを止めた白騎士の兜を睨んだ。


「……驚いた」

「何?」


 兜から伸びる青き布が風によって靡く。その中、白騎士の中にいるであろう男の声は、称賛するかのような声音でそう呟く。ラグナスが思わずそう聞くと、男は小さく微笑むような声を出して見せる。


「いや、珍しい悪魔がいると思ったが、どうにも当たりらしいのでね」

「何がおかしい?」

「いやなに。簡単だ。我がフランベルジュの刃、断罪剣コンヴィクトを受けて裂けぬ鋼などないと断じていたが、まさか刃で受け止められるとは思ってもいなかったのでね。驚いたよ、その剣。聖剣ですら断てぬ罪に塗れたと見た」


 フランベルジュと白騎士は己をそう言う。そして両手で大地に突き刺している剣を聖剣と自称するのだから、ラグナスは胡散臭そうな目で白騎士を見つめるしかない。

 しかし、あの剣の切れ味が鋭いのは事実である。果たしてラグナスの扱う曙光のグラーボと呼ぶ光の剣が、大地に伏せるゴノギュラを切り裂けるかは不明であるが、たった一断ちで容易く真っ二つに切り裂けるのだ。


「罪? そういうお前の手も、十分に汚れている」

「あぁ、それに関しては問題ない。我が正義の行為に罪などない――ましてや、悪魔を切り裂く事は教会の意であり命である」

「ッ!?」


 教会という単語を聞き、ルナリアの赤い瞳は更に険しくなる。自身の信仰する聖道教会は、確かに悪魔を絶対の悪とした。その事実は未だに彼女の中に根付いているし、使役している事への背信は十全に理解している。

 しかし彼女は見たのだ。あの牛の姿をした悪魔には人が乗っていたのを。だからこそ彼女は戦闘に躊躇を覚えた。人を殺してしまうかもしれないという不安は、ラルドに教わった人を傷つける事は悪である事に繋がるのだから。


「あなたは……あなたは人を殺したんですよ!? なのに、なぜ教会の人だというのに、そんなに平然としていられるのですかッ!!」

「おい、ルナ」

「……少女の声?」


 ルナリアの激昂の声はフランベルジュの男にも聞こえたようで、ラグナスは短い溜め息を吐く。イメージという精神的な繋がりを持つ分、少女の中にある怒りは理解できるし、ラグナスはそれを真っ当と感じてしまう。だから、戦闘の中でも主の感情を無下にはできなかった。


「人を殺すのはいけない事です……そんな、当たり前の事を、あなたは平気で行えるんですか? そんなのは間違ってます……正しいわけがない!」

「否、正しいさ、悪魔を駆る少女よ。悪魔を使役する存在は、決して罪なき者ではない」

「……悪魔憑き、だからですか?」

「そのような古臭い言葉は必要が無い。悪魔を扱う……それこそが悪であり、赦されない行為なのだ」


 確かに、それは聖道教会の教えの通りだ。神話である『エアの落日』にも、悪魔は人に使役された物だと記述されていた。悪魔は悪であるなら、それを従える存在も悪。全くもって、その通りだ。

 だが、それにしてはあまりにも酷いものだと少女は感じざる負えない。自分が悪魔を使役している事もあるかもしれない。罪悪感から逃げ出すためにそう思い込んでいるのかもしれない。それでも、殺す事はないと、少女の理性は炎の中で訴えているのだから。


「君もそうだ。声の限り、若いようだが……悪魔を従える以上、我が正義のもとに断罪する!」

「正義って……あなたの正義は歪んでいます! 人を殺して赦される正義なんて、ないんだからッ!」


 ルナリアの叫びと共にラグナスの肉体は剣を突き立てるように構えて前方へと歩を進め始めた。無意識化に生み出されたイメージを受け取り、ラグナスは主の本質に宿った戦闘意識に則り動き始めたのだ。

 光の剣を構えて迫り来る黒騎士を見て、フランベルジュはゆっくりと大地に突き刺した白刃の剣を引き抜く。大地を踏みしめてやってくる悪魔の動きは、単純にして明快だ。怒りに任せた殺意は、悪魔の動きを抑制し何の策も無い特攻へと駆り立てる。


「心に従い動くのであれば容易い……その儚き命、裁いてみせよう」

「タァッ!!」


 右手に握った剣を左腕と左腰の間にへと移動させ、右足を前にし腰を深く落とし、黒騎士とは対照的に胴は左方へと回る。居合の構え。その構えに危機感を持つのはただ一人――ルナリアの怒りに翻弄されるラグナスだけだ。


「クソッ!」


 ルナリアのイメージがあまりにも鮮明であった。剣を突き刺して、フランベルジュの顔を吹き飛ばすという動きは、ラグナスは無意識に近しい信頼を持って動き出してしまったのだ。

 跳躍する――だが本能に沿った行動は非情に短絡で、先など見てもいない動きだ。ルナリアの動きは奇襲としては最適な動きかもしれないが、相対する場合は動きの時間を与える余裕がある。


「ルナ! 歯ぁ食いしばれッ!!」

「――え?」


 フランベルジュが行おうとしている動きを理解していたラグナスは、咄嗟にルナリアのイメージを改変させる。叫びに少女が怒りを忘れて困惑した瞬間、白き刃はラグナスの黒き胴を裂くように横薙ぎの一閃を描く。

 キィン、と野原に音が響いた。甲高く、それでいて耳障りで、何かを切り裂いたかのような音。それはラグナスの肉体か、剣か、少女か――否。


「ほぅ、盾、か」

「ぐぅぅぅッ……!」

「ぅぅッ……」


 突如、ラグナスの左腕に出現した円形の盾がその斬撃を防いでいたのだ。夜の闇の中に瞬く星の光を内包したかのような印象を受ける盾は、フランベルジュの強力な斬撃を受けても健在である。

 しかし跳躍していたラグナスの肉体は、薙ぎ払いによってその重心の拠り所を失い、強烈な衝撃と共に後方へ吹き飛ばされてしまった。どうにか弾き飛ばされながらも足で着地するが、大地を引き摺るほどの衝撃を止めるのは多大な衝撃を受け止める事と同じだ。


「はぁっ……はぁ……ラグナス……?」


 ラグナスの言葉が無ければ覚悟が決まっていなかったであろうルナリアは、ラグナスの行動を不思議に思いそう名を呼んだ。現れた盾、自身の行動を変えた理由……それらを彼女は理解していない。


「すまない、ルナ。しかし、あのままだと切り裂かれていたのは明白だ。咄嗟とは言え、お前の中にあった僅かな恐怖を利用して盾を造り上げた」

「恐怖……?」

「怒りに囚われたお前が置き去りにした当然の感情だ。見失うな、ルナ。お前は今、確かにあの騎士野郎を殺そうとしたぞ」

「殺、す……?」


 ルナリアは、彼の言葉で自分がラグナスに与えたイメージを理解してゾッとする。あの白騎士に人が乗っているとして、果たしてどこに乗っているのであろうか。それが解らないというのに、彼女は躊躇いも無く頭を貫き飛ばそうとしたのだ。

 もし仮に、攻撃が決まり、頭の中に人がいたとしたら……それは、本当の意味で自分を自分で裏切る結果になっていたに違いない。


「そうだ。お前は、殺さない程度で倒せと言ったんだ。気を確かに持て。お前は俺の担い手。担い手の意志が定かでなければ、お前は更なる過ちを犯すぞ」

「……ぅぅっ」

「だが、お前の怒りは間違いじゃない」

「間違い、じゃない……?」

「あぁ」


 その言葉は、少女の中の自意識を保つには十分であった。揺らぎ始めた赤は治まり、ゆっくりと眼前を見つめる。

 自分が間違っているのかもしれない。教会の教えこそ最良であり、ラルドから教わった良識が間違いなのかもしれない。

 それでも、ルナリアが決めた道は――殺さず、倒す事だ。


「飲み込まれるなよ。お前はお前らしく――」

「――行くよ、ラグナス」


 少女の瞳に血が通う。揺れ動く波紋などなく、それは確かに肉体に循環してた。

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