3:白騎―Whight―
「なに!?」
「チッ――!!」
突然の斬撃を感じ取り声を上げるルナリアに対し、ラグナスは大きく舌打ちをする。ラグナスの赤い瞳にはその白き刃が、いとも容易く巨大な鋼鉄の塊であるゴノギュラを切り裂いているのが映っていた。自分達を救った斬撃ではない。あれは、確実に息の根を止めるために胴体を切り裂いたに過ぎない。
それを理解しているのだからラグナスは悪態を吐き、叫ぶしかない。
「防御のイメージをしろッ!」
「――はい!!」
前方から襲いかかってくるゴノギュラなど目に入れる余裕などない。後方から迫り来ている白亜の騎士の方向へ振り返りながらも、右腕に同化している光の刃に左手を添えながら衝撃に備える。
攻撃のイメージは複雑で掴めなくとも、自身の身を守る行動に躊躇はないルナリアは、自分が思い描いたイメージをラグナスが多少の改良を加えながらもとっている事を再認識した。
「な、なんだよッ!?」
「――ッ」
一方で前方――振り返ったので後方になったゴノギュラの主が、突如現れた騎士に驚きの声を上げる。目の前で二体のゴノギュラを真っ二つにされ、同時に見事に操縦席を切り裂かれたのを目にしたのだ。これまで、自分達と同じ戦力を有する相手などした事が無い盗賊からすれば、それはまさに通り魔であった。
切り裂かれた鋼鉄が地に落ち音を鳴らした瞬間、攻撃を止めていた白亜の騎士が再び動き出した。右手に握られた白き刃に金の装飾のされている剣を、曙光のグラーボで防御をしているラグナスへ右斜めから振り下ろそうと前進し――
「な――!?」
「――
白亜の騎士からすれば左方――ラグナスからすれば右方で戸惑いを見せているゴノギュラの、その目だつ牛頭をバリバリという音をたてながら切り裂いて見せる。鋼鉄を別の金属で無理矢理に引き裂いているような、そんな耳障りな音が野原に響き渡る。
ラグナスは攻撃目標から逸れた事に僅かな安堵を覚えつつも、咄嗟に騎士の剣の範囲から逃れるように大きく跳躍し開かれたゴノギュラの瓦礫を踏みながらも、一時的に殺陣から離脱する。
「あ、あれって!?」
「解らねぇ。だが、奴の持つあの剣……物質は確かに形成されているのになんて切断力だ」
右腕のグラーボを構えつつも、ラグナスは兜の下の赤い瞳で騎士を睨みつける。三体のゴノギュラを破壊した騎士の姿は、その喩えが最も似合う姿をしていた。ひし形と円柱を合わせたような兜を持ち、その目に当たる部分はバイザーで隠されている。兜の頂点に付属している青い布がはためく様子は気品を感じさせ、一撃で葬るほどの威力を有する剣を構える姿は、まさに聖騎士と言ってもいいだろう。
その中で、ルナリアはある一点にあるシンボルに見つけてしまう。
「肩にあるあれって、教会のマーク……?」
「……お前が言うのならそうなのだろうな」
ラグナスにはてんで解らない部分ではあるが、ルナリアの思い違いでなければあれは聖道教会の悪魔となる。それは、悪魔を否定する教会からすれば存在してはいけない存在であるはずだ。
酔狂が行った詐欺か、それとも評判落としの愚考なのか。まさしく教会の悪魔であれば、それは何なのか。ルナリアとラグナスが渦巻く思考に囚われる中、最後の一体となった盗賊に騎士は近づいていく。
「な、何者だよ、あんた!」
「…………」
「俺の仲間をやりやがって……あんただって魔人機使いなら解るだろ! 高いんだよ、人の命はそれ以上に!」
「悪魔に魂を売った輩の命など、さして価値があるとは思えないな」
「悪魔? 何を――」
盗賊の男が両手で斧を構えながら、騎士の中にいるであろう男の言葉にある違和を答えようとした瞬間であった。ラグナスの瞳は確かにそれを見つめ、同じくルナリアの緋色の瞳もそれを見た。
白亜の騎士は、動きなどしなかった。ただ剣を前方に両手で構えているのみ。しかし、確かにその斬撃は目の前のゴノギュラを切り裂いた――いや、貫いたのだ。
「悪魔を使役する者に意味は無し。我が断罪を受け、その命、神へと帰し給おう」
天井から現れた十字架の光が、まるでギロチンのように牛の化け物を切り貫いたのだ。まずは杭を打つかのように十字の縦が貫き、そして十字の横がその肉を削ぎ落とすかのように深々とゴノギュラの肉体を切り裂く。
斧を構えながら、牛男は二つに裂かれた。牛の顔をする前面と、斧を担いでいたはずの背中に。そして操縦席のある機体の真ん中にいたであろう盗賊は――
「ヒッ――」
「ルナ。落ち着け」
それを想像してはいけないと、ルナリアだって解っている。しかし、目の前で明らかに人殺しが行われたのだ。教会のシンボルを有する聖騎士が、無為に人を殺した。その事実が、ルナリアの瞳に濁りを見せる。
「だ、ダメだよ……殺されるよ……」
「……そうだな。このまま行けば、殺されるか」
白亜の騎士は、主を失ったガラクタから目線を外して、剣を構える悪魔――ラグナスに目を向けた。バイザーのせいで目は見えないのに、それは確かにこちらを見たのだ。
まるで処刑人のように見えた。次なる処刑の囚人を見つけたように、ゆっくりとルナリア達に足を向ける。
「殺される……」
「そうだ。殺される。解るか? お前は今、死に近づいている」
「い、嫌……」
「あぁ。だから――」
騎士の白き脚が少女に向いた瞬間、豪風を身で裂きながらも急接近してくる。数秒の間に剣の間合いに入り、白刃は目に見えない速度で振り被られる。
絶体絶命。その四文字を、ラグナスは叫びで打ち砕く。
「生きるために、戦えッ!」
「――ッ」
刹那、ルナリアの瞳の色に淀みは無くなる。ほんの一瞬に見せた黒は、生存本能を焚き付けられた完全なる赤を描いた。
「――受け止めて」
その僅かな言葉に、ラグナスの歯の見える口はニィッと笑う。冷たくも猛々しい少女の言葉。それこそが、ラグナスと言う悪魔が動き出すに必要な言霊である。
「よかろう……貴様の心、この手で成せ」
「剣のイメージ、防御!」
振り被られた白き刃の一撃を、ラグナスは咄嗟に右腕に同化している剣で相対する。加えて、自由になっている左手は豪速の一撃に対抗するために自身の刃を掴み、その一撃を受け止めて見せた。
「……ほぅ」
鋼鉄をも切り裂く一撃を受け止めて見せた事に感嘆を覚えたのか、白亜の騎士の中にいるであろう男は思わずそう吐息を漏らしていた。鋼鉄を切り裂いても、光の刃を破壊する事は叶わない。
それを理解したラグナスは、ルナリアの中に思いつきつつあった次の行動を瞬時に理解し、左手と右腕で相手の刃を弾かせるように押す。そして、
「くらえよッ!!」
白き剣の自由がきかないその一瞬に、ラグナスは肉体を翻して右足を思い切り白騎士の腹へぶち当てる。その勢いのまま飛ばされる騎士は、しかしさしてダメージも無いような素振りを見せて、後方へ進み行く勢いを自由になった右手の剣を大地に突き立てて抑制して見せた。
一方で、どうにか一矢を報いたラグナスとルナリアは荒く息を吐く。未だ戦闘慣れしていないルナリアと、恐らく思うが儘に動く事の出来ないラグナスにとって、目の前の騎士は厄介である。
「ラグナス。倒せる?」
「さてな……お前が信じれば倒して見せよう。だが、いいのか? 中に人がいるかもしれないぞ」
「……殺さない程度に、倒して見せて」
「やれやれ……また難しい事を言ってくれる」
しかし、その無謀な一言をラグナスは否定しない。むしろルナリアが戦闘の意志を確実に見せた事が何よりも良いのだから。
多数の牛の魔人の残骸が散りばめられる中、対峙する白亜の騎士はゆっくりとだが大地に突き刺した剣を引き抜き、そして――両手で再び大地に突き刺した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます