A6-2

 ──さて。大きなホテルのお楽しみといえば、もう一つある。


 広大な空間を湯気が満たす。


 ところどころで水音がひびき、だれかが話せば、その声は長く長くはんきようする。

 そして、何よりも。


 湯気のすきから見えかくれするのは……すいてきまとった、みずみずしいやわはだ


「~~~♪」


 上機嫌に鼻歌を歌いつつ、がみ珠姫はカラリと戸を開けて大浴場に降り立った。


 サラリと流れる長いかみ。いつも周囲をわくするスラリと長いあしが一歩をむたびに、主張の強いぶさが揺れる。

 男子ならずともゴクリとつばむような、おそるべきプロポーションである。


 が、彼女にとって興味深いのは、自身の肉体などではない。

 珠姫は湯けむりの中で目を細め、左右に目を配った。


「ほうほう、こいつは絶景ですな~~……ってか」


 彼女はけ目ない商売人である。周囲のによたいを観察するその目は狩人かりゆうどのそれだ。今日はずいぶんと……使な素材が多い!


 珠姫は目を光らせると、最初のものにするすると近寄った。

 細身ながらも健康的なたいが魅力的な女性だ。


「やあやあお姉さん、いい身体からだしてますね?」

「……おっと!?」


 するりと手をばし、背筋からこしのラインをさわろうとした珠姫の手を女性はばやはらった。

 その女性は、昼はお団子にしていたくろかみをほどき、長く垂らしている。


 アバター「ソウジャン」をあやつ覚醒者アウエイクにつだった。敗退者は実費になるが、翌日も観戦するために宿しゆくはくしていたらしい。


「……ちっ。そう簡単にはチェックさせてもらえませんか」

「なになに『モスト』の社長さん。社長なんてやってると、女子高生でもエロおやみたいになっちゃうモンなのかな?」


「あははは。そうかもしんないですねー。いやー美人美人。今度ウチの広告でモデルやってみません?」

「……お断りしとくわ」

「ちぇー」


 珠姫の会社「モストカンパニー」はプラネット上で独自スキルのはんばいなども行っている。彼女はその広告に使えそうな選手を探しているのだ。そこらのタレントなどを使うよりは、実際に戦える覚醒者アウエイクのほうが宣伝になる。美人だとなおよい。


 美羽に軽くあしらわれた珠姫は、次のターゲットを探し始める。するとすぐに……今日の、本命を見つけた。


「もっと……もっと強く、可愛かわいく……」


 目の前の鏡に集中し、たんねんに髪を洗うアカリは、背後のかげにも全く気付いていない。

 よって不幸にも、女社長のどくじきとなった。


「アイドルさん、しよう採寸しま~す」

「わひゃあ!?」


 おお、VR技術が発展するほどの時代になってなお、ここまで古典的なスキンシップをする女子がここにいた!

 珠姫によって背後から胸をわしづかみにされたアカリは、お手本のような悲鳴とともに顔を真っ赤にして、キッと後ろをにらみ返した。


「ななな何すんのよ!?」

「ほうほう。葵ちゃんよりはあるかな~?」


「えっ。ほ、ホント……? じゃない。余計なお世話よ!」

「おお。ご飯の時は心配だったけど、ちゃんと元気じゃん」


 アカリはゆるみかけたほおを押さえつつこうする。が、珠姫は意にかいさずうむうむとうなずき、


「うーん睨んでてもになるなあ。流石さすがアイドル」


 じろじろとアカリの全身をめるように見る。


じやしないでよ、明日に向けて集中してるんだから」

「いや~でも可愛いのはホントよ? うちで広告モデルやってよ~。アイドルだったらグラビアのひとつくらい、いいじゃない、ねえ?」

「グラビアだったら自分でやりなさいよ、よっぽど向いてるわよ!? 何その胸! 私は……う、うれしいけど、今は戦いのことを……」


 そうだ。今はとにかく戦いのこと、明日のことを考えなくてはいけないのだ。アカリは珠姫から目をそらす。


 そして、そこで見た。

 大きなぶねから、ぷかりと誰かの頭だけがいているのを。


 あの、小さな頭は……?


「──葵ちゃん!?」


 アカリはすぐに動いた。湯舟に近づく。やはり葵だ。完全にしずんでいる。のぼせでもしたか? 珠姫も後を追う。

 アカリは葵の細いうでを摑むと、ごういんに引き上げた。意識はあるか?


「ぷは」


 様子をかくにんするようにき寄せられながら、葵は息をいた。アカリはおおあわてで確かめる。


「葵ちゃん? だいじよう──」

「うん」


 が。葵は、あっさりと返事した。


 目も開いている。どうやら意識もはっきりしている。苦しそうですらない。


「大きいお、たのしくて……初めてだったから、ついもぐっちゃった」

「……でも! あんな遊び方、危険でしょ!?」


「むう。わたし、あと五分くらいなら、大丈夫なのに……」

「ご、五分!? い……いやとにかく、一回休も?」


 葵はまったく平気そうだったが、アカリに引きずられて風呂を上がることになった。


「……やっぱり、なんだかんだ、いい子なんだよなぁ」


 その要素を見送りつつ、珠姫はこぼした。

 アカリはだつ所で、平気だという葵を無理やり横にさせていた。


***


おそいなあ、葵……」


 鋭一は男女の風呂の入り口で待ちぼうけをくらっていた。風呂から出たらる前にもう一回会えるかな? と待ってみたが、なかなか葵はもどってこない。


 まあ、女の子のお風呂は長いというし。そのあたりはカノジョができたばかりの鋭一にはかれるものでもないのだろう。とりあえずはもう少し待ってみよう。


 そうして鋭一がスポーツドリンクを飲みながら立っていると……


「おや、これは鋭一くんではないかね」


 彼に話しかける影があった。鋭一は声のしたほうを向く。

 そして開いた口がふさがらなくなり、口からスポーツドリンクが少し垂れた。


 その人物は、ゴーグルとシュノーケルで顔を隠していたのだ!


 今日戦った相手のアバターが、ちょうどそんな感じだった。


 ただし首から下は異なる。ホテルの浴衣ゆかたを着ている! そして頭部のぎんぱつは、しっとりとれそぼっていた。明らかに風呂上がり!


「も、もも……?」

「ピンポーン」


 しん人物は両手でマルを作った。なぜだか、こいつがホカホカしているだけで腹立たしい。さらに、気になることもある。


「だ、男女どっちの風呂に入ったんだ……?」

「さあねー。あ、ハダカとか想像しちゃイヤよ?」


 百道は両手で自らの体を抱きかかえるような仕草をする。この人物は顔をさらしてなお、性別不明を保っていた。何しろ声も、体型も、さらには顔立ちまでも中性的なのだ。


「しねーよ!」

「ハッハッハ。ま、君は勝ち残ったんだ。楽しみたまえよ」


 不審者は鋭一をほんろうするだけ翻弄して、去っていった。なるほど「楽しむ」ことにかけては、コイツの右に出る者はそうそういないだろう。


「はー。俺は俺で楽しむって……。もちろん、勝ちにいった上でな」


 鋭一は、かつて百道に語ったことを思い出す。


 ──『勝負だけど、遊びだ。楽しい楽しい、遊びだよ』


 この気持ちは忘れないようにしたい。それを思い出させてくれる意味で、百道はありがたい存在といえるだろう。


「うーん。葵もこないし、やっぱ寝るかな……?」


 物思いにふけりつつ、鋭一は待ち時間に区切りをつけようとした。その時だった。


「──あ。A1、さん」


 自分の名前を呼ぶ声がした。しっとりと濡れた長い髪はいつものツインテールではなくポニーテールにわえてあるが、誰かはすぐにわかる。


「……アカリ」


 いつも強気な少女は湯上がりだからか、どこかやわらかい表情でうす微笑ほほえんでいた。


 パジャマ代わりと思われるピンクの部屋着。下半身はショートパンツの形で、ギリギリまで生足が見えている。わきには美容グッズのまったミニバッグ。ふんわりと温かい空気をまとう彼女のかみからは、洗い立てのとても良いかおりがした。


「そっか、ここにいたんだ。ちょうど良かったわ。あの……さあ」

「へ? な……何?」


 少し考えるようなりを見せた後、彼女は話を切り出した。同年代の少女のはずなのに、今のアカリはみように色っぽくて鋭一は思わず目をそらしてしまう。


「ちょっと話したいこと、あるんだけど。……いい?」


 が、アカリの目線は鋭一をのがさない。目力はアイドルの強力な武器のひとつだ。あれほど楽しくいつしよに遊んだ仲だというのに、今夜のアカリはどこか特別なように見えてなぜかこちらがきんちようする。鋭一はさらに目をそらす。


「は……話? えっと、俺は葵を待ってて……」

「葵ちゃんは、ちょっとお風呂で休んでるから。今のうちに……ね?」


 アカリは一歩近づき、鋭一の腕をぐいと摑んだ。風呂上がりのアカリの体温が感じられる。きよが縮まり、良いにおいが強まる。


 いったいどういうことだ? このさそい方は、まるで……いや、そんなまさか。


 どこか混乱した頭で、鋭一は手を引かれるままにアカリに連れ去られるしかなかった。

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