A6-3

「……すずしくて、気持ちいいね」


 アカリが鋭一を連れ出したのは、ホテルのバルコニーだった。入り口から階段を少し上ると、建物から張り出した見晴らしのいいスペースに出られる。


 都会からそうはなれているわけでもないが、空は晴れていて星空が良く見えた。

 夜の風が顔の横を通り過ぎ、鋭一は目を細める。風は同時にアカリの髪をなびかせ、少女の髪の美しさをきわたせた。


「ねえ、A1さん……いや、としも一緒みたいだし、もういいか」


 彼女はスッ、と鋭一に正面から近づいた。ぱっちりとしたひとみで正面から見つめられ、鋭一は息をむ。だが今度は目を、そらせない。


「──鋭・一」


 ついに呼び捨てが出た。ドキリ、と心臓がね上がる。


「あ、アカリ……? いや、あの」

「ごめん、まず私の話を聞いてほしいな」


 彼女のくちびるが動くたびに、どうが速くなる。


「な、何だ……? なあ。今日、ちょっといつもとちがうぞ……?」

「そりゃ、そうよ。大事な話だもん。一回しか言わないから……ちゃんと聞いてね。女の子に、はじかかせないでよ?」

「……え、ええええ!?」


 いきなりの発言に鋭一はろうばいする。何しろ、このシチュエーション。ムード。どう考えても……! いや、でもそれは考えすぎなのか!?

 だがどれほど鋭一が混乱しても、アカリは待ってはくれない。


「……私ね、ずっと──!」


 アカリが言葉を続ける。のうに、葵のがおがよぎる。自分には彼女がいるのだ。もし、もし仮に「そういう話」だったとして、自分はそれを受けられない。


「あなたの」

「あ……アカリ! その、俺は!」


 思わず声が出た。だがアカリの口は、止まらなかった。



「──強さの理由が、知りたかったの!」



 ビュウ、と再び夜風がいた。

 鋭一は完全に固まった。顔は真っ赤だ。こんなずかしいことはない。


「……ふふ。違うこと、言われると思った?」


 アカリはようやく目線をはずし、横を向いてぺろりと舌を出した。流石さすがはアイドル、それすら可愛かわいらしいのが腹立たしい。


「な、な…………ッ!?」

「アイドルたるもの、れさせてナンボですから。どう? ドキドキした? これからは推してよね」

「こ、このろう~~……」


 アカリは横を向いたまま、目だけで鋭一を見て語る。


「どうして私が毎日、あなたたちのところへ行ってたかわかる?」


 鋭一は思い出す。以前その質問をした時、彼女は「ナイショ」とごまかした。


「葵ちゃんの強さが気になった、ってのもあるけどね。本命は、アナタ」

「俺……?」

「ずっと見てたんだもん。『A1』の戦いを。努力して努力して、ジャンルの頂点に立った覚醒者アウエイクをね」


 彼女はくるりと後ろを向いた。一歩、二歩、バルコニー入り口の階段に向けて遠ざかり、鋭一と背中しに会話する。


「何で今、急にそんなことを……?」

「さあね。なんか言いたく、なっちゃったの。本人を前にいつまでもかくしときたくないしね……」


 彼女は足を止める。夜風がふたたび彼女の髪をなびかせる。


「ごめんね、急に。やっぱ忘れて。明日戦うかもしれない相手に教えることじゃない……でしょ」


 アカリの口調は、試合後の弱気なものに近くなっている。気がした。


「──なあ」


 だからだろうか。今度は鋭一から、口を開いた。なぜかはわからない。これも、アカリ風に言うなら「なんか言いたく、なっちゃった」といったところだろうか?


 鋭一の言葉は、こう続いたのだ。


「教えようか?」

「え?」


「俺のきたえ方……だけじゃない。戦い方。だん、何を考えて戦ってるか。全部さ」

「そんな。明日が終わるまでは、『敵』なのに──」

「……。気にすんなよ。聞きたいん、だろ?」


 鋭一にうながされ、アカリはぴたりと足を止めた。そして口から本音を、つむぎだす。


「私、今日の試合、危なかった。ぶっちゃけかみひとで負けるとこだった」

「まあ。……見てたよ」


 アカリは上半身だけで振り返って鋭一のほうを見た。その瞳は、先ほどとは明らかに違うしんけんさをたたえていた。


「私、どうすれば……もっと、強くなれるんだろ」

「…………なるほど、な」


 アカリのなやみは理解できた。と、思う。そこで、彼女に伝えるべきことがかんだ。


「──俺さ」


 鋭一は話せるところから、話すことにした。


「サドンデスの練習は、個人でかなりイケたんだ。一人の『レベル上げ』で、ひたすら鍛えれば強くなれた」

「うん。インタビューで……読んだよ」

「でもデュエルじゃ、なかなかくいかなくてさ。それが、葵と特訓するようになって……変わったんだ」


 鋭一は語り始めた。何がおのれを変えたのか。なぜデュエルで通用するほどに、強くなれたのか。


「俺は、『レベル上げ』は一人でするもんだと思ってた。そりゃ、技術やわざはそういう部分もあると思う。でも……『ゲーム』が強くなるためには、一人じゃ限界があったんだ」

「ど、どういうことよ」


「やっぱり、ゲームだからさ。真に楽しんでる人間のほうが、のめりこめてるし……きっと、強い。葵って、いつもマジで楽しそうに戦うだろ? そういうプレイヤーと二人で鍛えるのには意味がある。葵と一緒にやるようになって、そういうことが……わかったんだ」


 そこにいるのは、アカリの知るかつてのどくな王者、「A1」ではなかった。

 だが。彼は今でも……アカリの前に立ち、道を示してくれている。


「だから、アカリもさ。『一緒に』強くならないか? 俺、勝つための研究とか大好きなんだよね」


 鋭一は笑った。毎日よるおそくまで、生放送や動画ちようこうりやくサイトめぐりをして自分の「レベル上げ」をする。プロゲーマー・ひら鋭一はそういう高校生だ。


 そして今、彼は、そういう仲間を求めている。


「…………うん」


 アカリはうなずいた。二人はそれから少し、プラネットでの戦い方について話し合った。


「あっ……そうか。私たち、〈ショートワープ〉の使い方が真逆だから……」

「そう、たがいの使い方も参考にできるな。で、あと、〈ショートワープ〉には裏技があって……」

「はー! さっすが鋭一」


 夜風に当たっていることも忘れ、盛り上がる二人。


 実に楽しそうな二人を……バルコニーの入り口から、こそこそと見守るかげあり。

 それも三つ。


「おやおや……これ、イケナイふんじゃないの~?」


 二田美羽。


「いや~、鋭ちゃんのあの顔はゲームしか頭にない時だね。でも、相手がアイドルかあ」


 最上珠姫。


「……………………むー」


 そして、一色葵。

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