Round6 俺たちに敵なんていない

A6-1

「…………わあ」


 そびえ立つ真っ白なビルを前に、あおいが思わず声をあげる。

 ビルといっても、オフィスビルのような無機質なものではない。


 何しろここは……人をもてなすために作られた、ホテルなのだから。


「こんなの用意するとは、なんつーか、流石さすがだな……」


 えいいちかんたんする。「ゴールドラッシュ」のやりそうなことだ。

 大会は本戦の一回戦が終了した。残りの準決勝と決勝は、翌日の日曜に行われる。

 そこでかねは、ここまで勝ち残った選手たちにホテルを用意したのだ。


 夜にはディナービュッフェもあるようだし、大浴場でつかれを取ることもできる。Bランクの大会としてはずいぶんごうといえた。正直……鋭一も、ちょっとワクワクしている。


「すごい」


 葵がつぶやく。その瞳はかがやき、頰がわずかに紅潮しているようにすら見える。彼女もかなり興奮しているのか……? と鋭一が見ていると、


「ほんとに、鋭一とおまり、できちゃう……?」

「あっ、そこに反応してたのか……!」


 鋭一はあわてて周囲をわたす。今の発言を、めんどうなヤツに聞かれると余計な想像をされかねない。幸い周囲に人は多くないが……。


「よかったねえ葵ちゃん。これで、鋭ちゃんといつしよだねえ?」

「──おわあ!?」


 真後ろに知った顔がいた。たまだ。


「準決勝に出る選手は個室もらえるんだってよ~? これはもしかすると、もしかするかもね?」


 ゆうたっぷりといった様子で髪をかきあげる。こういった所にも来慣れているのだろう。彼女は「関係者」あつかいで一緒に泊まるつもりらしい。


「葵に余計なこと、き込むなよ」

「あはははは、じようだんじようだん。明日も試合はあるワケだからね。あたしだって、ヘンなことして体力使ってほしくはないよ」


「へ、ヘンなことって……?」

「おっと、みような想像させちゃった? まあ、とにかくゆっくり休みなさい。集中しすぎると良くない、って、いつも言ってるでしょ?」

「あ、ああ」


 珠姫は人差し指をあごに当てて、せんじよう的にウインクした。言っている内容はごくまともである。要は心身を休めて体調管理しろ、と言っているのだ。なんだかんだ、そういうところはしんらいが置けると鋭一も思っている。


「お泊まり、お泊まり……」

「葵、中に入ろうぜ。中はもっと、楽しいからさ」


 そわそわと体をらす葵の手を引いて、鋭一はうながした。


「うん!」


 葵はぴょんとね、鋭一のうでつかんで後に続く。


「はあー。ラブラブなこって」


 さらにその後ろから、珠姫がついていった。


***


 夕食のビュッフェは、うわさたがわぬ豪華さだった。


 広大なホールのあちこちに設置された料理置き場には色とりどりの皿が並べられ、各所から湯気が立ったり、良いにおいがしたり。

 もはやちょっとした遊園地とでも呼ぶことができそうだった。


「う、うおおお……!」


 これには流石に、鋭一もテンションが上がる。何しろだんは一人暮らしで、豪華な料理を食べる機会などないのだ!


 定番のローストビーフを中心に、目に入ったところから料理を確保していく。プロゲーマーとしての視野の広さと反射神経を最大限に利用し、のない動きで立ち回る!


「やべ、食べきれるかな……でも、ここで躊躇ためらったら一生こうかいする!」


 欲望のままに鋭一は動いた。なつとくのいくまで食べて、明日の活力にしなくては!


「よし、このくらいか……?」


 カニを発見しては確保し、スシを発見しては摑み、座席に戻ろうと鋭一はあたりを見渡した。そして気が付いた。


「あれ? 葵どこいった?」


 めずらしくテンションに任せたせいで、すっかり見失ってしまった。もう食べ始めているだろうか……?


 そう思った矢先。


「「「お……おおおおお!?」」」


 とつじよホール内にあがったかんせいに、鋭一はいやな予感がした。当然そちらに目を向ける。


 そこにいたのは──


 両手と頭の上に料理がまんさいした皿をせ、くるくると回転するいつしき葵だった!!


「あちゃー……そりゃ、そうなるかー……!」


 鋭一は額に手を当てようとした。だが彼も両手で皿をかかえているので無理だった。

 以前の、VR個室のドリンクバーを思い出す。げんが良い時の葵はよく動く。


 ホテルの従業員や周囲の大会関係者たちは、きようがくのあまり目を見張っている。


「なるほど……タイプか」


 せんとうアバターと全く同じ姿の格闘家、やまもとみちのりが腕組みして観察する。


「ほう、あの子は……黒字の匂いがするな」


 青年実業家としての顔も持つ金谷がメガネを光らせる。

 葵はくるくる回りながらホール内を進み、自分の座るテーブルを目指した。

 そのちゆうで人とぶつかることはない。きちんと、かわせるのだ。


「……おわッ!? こ、こえー! こえーわ!」


 かわされた側は、おどろくしかないのだが。

 おおぎように後ずさるのはデュエル・ルールの現チャンピオン! プラネット最強の戦士! ……こと、やすである。


 いつしゆん、二人の目が合う。葵は興味深そうに安田の顔を見た。観戦した試合のおくが、まだせんめいに残っているのだ。


「なんだ!? るか!? ……やらねーぞ! 俺はゲームん中以外じゃいつさいやらねー!」

「……むー?」


 大慌てする安田。何か断られたようだが、意味がわからないので葵は首をかたむけた。


「……何さわいでんのよ、あんたら」


 そこへ、割って入る者があった。


「あ……あかりちゃんだ」


 片手で皿を持ったあまアカリだった。


「葵ちゃん。それ、初見だとマジびっくりするからさあ……。やめなって」

「う、うん」


 彼女は葵を制止した。どうにか騒ぎがおさまり、鋭一もホッとする。アカリがいてくれて良かった。

 その後、鋭一、葵、珠姫、アカリの四人でテーブルを囲んで座る。なぜかアカリはしぶったようだが、葵がそのまま連れてきたらしい。


「あかりちゃん、少ない……?」


 ようやく落ち着いて食べ始めたころ。四人分の皿を見比べて、葵が聞いた。

 アカリの皿はサラダと魚料理中心で、明らかに量も少なかった。何というか……もう少しビュッフェを楽しんでもいいんじゃないかなあ、と鋭一などは思ってしまうが。


「私の理想のアイドルは細身だからね。体型はキープしなきゃ」


 彼女は自信ありげに言った。試合直後の様子からすると、いくぶんか元気そうではある。


「……ごちそうさま」


 少ないだけに当然、食べ終わるのも早い。彼女は早々に席を立った。


「じゃ。私はこれで」

「え、何だ。もう行くの?」


 鋭一が思わず聞く。

 アカリは、少しり返った。返事までに少し間があった。


 だが結局彼女は、


「うん。食べ終わったらもう……用は、ないし」


 それだけ言い残し去っていく。


「…………?」


 後ろ姿を見送りつつ、葵は不思議そうに首を傾けていた。

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