A5-5

 続けて行われた一回戦、第三試合。

 これは明確に一方的な試合になった。


「Noooooooooooooooo────!!」


 りゆうとうを持ち、ウロコ模様のはだつめきばを備えた竜人のアバター「ドラゴンマン」。羽としつもしっかりと再現されている。


 メインスキルは〈そう〉。一撃のりよくは通常の拳を上回る。そして何よりとくちよう的なのが……〈武具:尻尾〉を取得している点だ。


 しっかりとこうげき判定を持つそのは、貴重な背後への攻撃手段であり、第三の腕であり、三本目の足でもある。人体にないパーツのためコントロールは至難をきわめるとされるが、それだけ価値のあるものである。


 ──が。そのドラゴンマンが、山本道則には手も足も尾も出ない!


「なるほどおもしろい。さすがに尻尾の生えてるヤツなんざ、にもいなかった」


 言いつつ、山本は至近きよで爪の一撃をさばく。


「が……手と足がある相手なら、こっちの技は使えるんでな」

「No……! No……! Oh my God……!」


 そのまま敵の腕をつかみ、バランスをくずして投げを打つ。竜の背が地面に叩きつけられる。熟練の動き。

 爪も、牙も、尾も、相手にれられないのなら意味がない!


 山本はたおれたドラゴンマンに接近し、マウントを取ろうとした。だがそこで……追いつめられた竜人のはんこうにあう。


「Goa……aaaaaaaaaaa!!」

「ぬう……ッ!?」


 竜の口から赤いまつき出す。スキル〈ミスト〉を用い、ほのおを模した赤いきりだ。山本の視界が赤く染まる。その隙にドラゴンマンはマウントをだつし、距離を取る。


 実力差を肌で感じたドラゴンマンは、大技にけることにした。

 あたりをおおしんの霧。そこから竜人のかげが、回転しながらおどり出る!


 必殺の、飛び後ろ回し蹴り。わずかでも触れれば、足の爪で引きかれてしまうおそるべき蹴り技だ。

 山本はそれを……爪のせんたんまで見切り、かわした。格闘家であるからには当然、見切りも一流である。


 ──が! そこに追加でせま竜の尾ドラゴンテール


 回し蹴りが通り過ぎれば、当然次に現れるのは尻尾である。不意打ちで何人もの覚醒者アウエイクしずめてきたふくへいだ。


「Ahhhhhhhhhh!! I……I am……Dragon‐man!!」


 竜がほうこうする! 遠心力を乗せた強力な尻尾は山本のにくき片腕をついに打ちえ……


 そこをそのまま摑まれた。


「いい技だ。だが不用意だったな」

「What!?」


 山本はつかまえた尻尾を強く引き、ドラゴンマンを地面に引き倒した。そして流れるようにばやく馬乗りになり、マウントを取る。


「No…………!」


 ドラゴンマンはけ出そうと手足を動かす。爪の先でも相手にさればまだダメージをあたえられる。だが山本はそれを許さない。馬乗りになる際、りようひざで敵のりよううでを押さえてしまっている。こうなってはどうしようもない。


 山本は無言で拳を振りかぶる。


「Wait……!! Wait……waitwaitwaitwait」


 そして竜人のうつたえに耳を貸さず、拳を振り下ろした。


「どうだい? 人間様もなかなかやるもんだろう」


 爆発した竜人のアバターを見下ろし、山本は言った。

 彼は、スキルをいつさい使わない。まさに彼の強さは……人間の強さなのだ。


 [FINISH!!]

 [WINNER YAMAMOTO]


       ***


「さあ、いっくよー!」


 この試合何度目かのアピール。鳴りひびく「にじいろSub-Mission」。


 人差し指を天高くかかげ、アイドルアバター「AKARI」はステップをむ。

 可愛かわいらしいダンスのようなその動きは、左右へのフェイントをねている。


 だがそれでも……目の前の相手は、不動。


「いくらさわがしくとも構わん……どこからでも、かかってくるが良い」


 Yamatoは両足をどっしりと構え、右手を引いたまま動かない。不用意に近づけば、こんしんからわざじきになってしまうだろう。


 一回戦第四試合は、こうちやくしつつあった。


「ちっ、ノリの悪い相手ね……どう料理しちゃおっかな」


 AKARIは不満げに舌をなめずる。素の顔が出かけている。もっとも、この好戦的な表情のほうを好むファンもまた多いのだが。


(うーん……困ったな。コイツの対策、ちゃんと考えてなかったわ……)


 強気な言葉の裏で、彼女は考えていた。


(山本に百道、ヤバイのはもっといつぱいいたもん。ま、しょーがない。がんるしかないよね)


 AKARIは目つきを鋭くする。あいきようを振りまくだけではない、彼女の考える「戦うヒロイン」の目に。


(コイツをどうするか……)

(今から)

(考える)


 そして彼女はしゆんに、思考の海にぼつにゆうした。

 天野アカリはもともと頭の良い少女である。学校の成績も良いほうで、鋭一にも「勉強教えてあげてもいいけど」と言っていた。歌もダンスもかみの手入れも、自分で学んで身につけた。


 そしてもちろん、その思考力を、戦闘にかすこともできる。

 一秒にも満たない時間の後。AKARIは顔を上げた。


「……よし、いける!」


 AKARIは加速した。「待ち」を決め込んだYamatoをかくらんするように、大きく右へぶ。相手はそれに合わせて向きを変える。その、直後。


 AKARIの動きがピタリ、と止まる。


 ほんの一瞬の停止。これは、あるスキルの予兆を示している。一瞬の「め」を必要とするのがそのスキルの制約なのだ。


 そのスキルとは? 彼女は今まで、だれの背中を追ってきたか?

 YamatoがAKARIを再び正面にとらえなおすのと同時。

 彼女の姿が消えた。



 ──〈ショートワープ〉!



「……つ か ま え た♥」


 Yamatoの耳元でアイドルがささやく。彼女は相手の左脇に着地していた。

 右に注意を向け、相手を動かし、その逆をつく。スキルまで使ったおおかりなフェイントは、かんぺきに決まった。


 目の前には相手の右腕がある。関節技の使い手からすれば、それはしい美味しい骨付き肉だ。AKARIは両手でその腕を取り、ひじめてかいした。


「──ぐうッ」

「ごちそうさま☆」


 いまだ成長中の身とはいえ……AKARIは十分に、この大会で通用する覚醒者アウエイクであるのだ。彼女はまんげにウインクした。客席全部に、そして選手ひかえしつで見ているであろう「彼ら」に見せるために……


「何を……油断している?」

「へ?」


 AKARIのアピールを打ち切る声がした。敵のHPはまだ残っていた。彼女は視界のはしにどうにか捉えた。Yamatoが残った左腕を引きしぼり、パンチの予備動作をするのを。


「くらえ。大和やまと……せいけん!!」

「おわあ!?」


 最大威力の正拳きが放たれた。これがYamatoのゆいいつにして最大の技「大和正拳」。パワーに3った上で、彼の空手の技量のすべてを乗せた必殺技だ。


 命中すればHPの大半を持っていくであろう、ちようきゆうせんかんしゆほうのごとき重い重い一発は……アイドルのしようの一部を裂いて、中空に放たれた。


「……もう! やってくれるわね!」


 わきばらの端に攻撃を受けながら、AKARIは真横に動いていた。なんとかクリーンヒットはまぬかれている。結果としてAKARIの目の前には、今……Yamatoの残った左腕があった。


「そんなに勢いよく手ェ出すなんて……。あくしゆだったら、ライブきてくれたら──してあげるから!」


 ファンサービスのような言葉とともに、AKARIはようしやなく相手の左腕も破壊した。

 敵アバターがばくはつする。危ない場面はあったが、勝負ありだ。


 [FINISH!!]

 [WINNER AKARI]


***


「──ふう」


 試合を終え、ゴーグルをぎ、観客席のファンたちに手を振る。

 ファンたちは喜んでくれている。彼女の勝利を。

 それは良い。それはうれしいことだ。


 ……でも。


「まだ……まだだよ」


 いちげきを、受けてしまった。場合によっては負けにつながる一撃だった。

 あれではいけない。あれは理想とするヒロインの姿ではない。


「私は──」


 金谷がテンション高く場を盛り上げているが、耳に入らない。

 自分をスカウトしてくれたのは彼だが、彼が必要としているのは「アイドル」としてのAKARIだろう。


 それだけじゃない。自分がなりたいものは、それだけじゃないのに──


 戦いの熱が冷めていないのだろうか。思考がおさまらない。ついつい、考えを続けてしまう。少し、落ち着かないと。


「! あかりちゃん」


 控室にもどると、嬉しそうに反応する声があった。葵だ。


「あかりちゃん、勝った。やっぱり可愛いし、強い──!」

「そ、そう?」


 つい返事する。可愛らしい表情。ひとみ。思わず、小さな頭に手を乗せそうになる。

 ……が、アカリはその手をひっこめる。


「ショートワープ、使うなんてなあ。やるじゃん」


 葵の近くには鋭一もいた。その鋭一が……めてくれている。ほおゆるみそうになる。

 ……が、アカリは両手で自らの頰をパチンとたたいて表情を戻す。


「わっ、ど、どうした?」

「あかりちゃん……?」

「……当ッたり前でしょ。私は、最強になるんだから……!」


 アカリはどこか必死な目で控室の奥へ歩みを進め、二人からきよを取る。


「こんな……私は、こんな程度じゃないんだから……」


 アカリの背中しにその言葉を聞き、鋭一は少しかんを覚えた。

 強気な言葉のわりに、彼女の口調がどこか弱めだったからだ。



 トーナメント本戦・一回戦しゆうりよう

 残るは、四人。

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