A5-4

「初撃。決めたぜ」


 A1の決めゼリフに、観客席がいた。


「ほおう。いい盛り上がりだ……! だが……まだ夏は始まったばかりよ」


 百道は不敵なみを作った。もちろん試合はまだまだ終わってはいない。魔王は再度、前へ。浮き輪をたてとつげきする!


 〈フラッシュ〉は通じない。A1は飛びはなれてかわすしかない。横っ飛びでかいし、敵の側面に掌底をたたき込もうとする。それを、百道は浮き輪でガードする。


 ──ズボッ。


「え」


 魔王がニヤリと笑う。A1の腕は、浮き輪の穴にすっぽりとまってしまっていた。


「掌底、ふうじたり!」


 百道は浮き輪をつかみ、A1の腕をこうそくしたままはんげきする。魔尖山エルボーが入る!


「ぐっ……!」


 思った以上に、浮き輪の使い方を考えてきている。A1はなんとか腕を引きき、離れる。ここで〈ショートワープ〉は使えない。発動の直前に全身がこうちよくするデメリットがあるからだ。その間に何発もなぐられてしまうだろう。


 百道は、再び浮き輪を構えながら追ってくる。A1はかくを決めた。

 サドンデスの構えをとる。敵が腕を振り上げてせまる。顔面狙いの攻撃がくる。


 それを……額で、あえて受ける!


「な……ッ!?」

「いやー痛ってェ……。でも」


 ダメージは大きい。HPは相応に減る。だが……これまで、ほぼすべての攻撃をかわしてきたA1が「あえて受ける」のは完全に予想外のはずだ。百道の動きが止まる。


「これはサドンデスじゃないから……まだ終わりじゃないんだよな」


 A1は止まった百道のどうたいに、こんしんの掌底を叩き込んだ。

 クリーンヒットだ。客席から歓声。魔王の巨体が後ずさる!


「ぐッ……貴様、あと何回そういうカッコいいセリフを言うつもりだ……?」

「俺が勝ったら終わりにしてやるさ」


 軽口を叩きつつ、百道はHPゲージをかくにんする。そして、わずかに目を見開いた。


「これは……?」


 残りHP、三割。減りすぎだ。


 A1のパラメータは、スピードに全振りの「3」でちがいないはず。それがなぜ、これほどの攻撃力を持っている? タッグバトルの時もこんなことは無かった。

 だがA1は予選でも、たった三発で試合を決めていた。彼の攻撃力が強化されているのは間違いないだろう。


 A1が再び構えを取る。百道も応じるように構える。理由が何であれ、これ以上攻撃を受けるわけにはいかない。

 プレッシャーをかけるように、A1が前に出る。百道は……その場で跳びあがった。さらに中空をって二段ジャンプ。スキル〈くう〉!


「クハハハ、こうなればおおわざで勝負させてもらうぞ。幻影空襲ジヤンピングニー!」

「──っ! その、くらい……!」


 全体重をかけたひざがA1の顔面に迫る。すさまじい風圧を顔に浴び、しかし……A1はそれを、かみひとでかわす。

 体を大きくかたむけて回避したA1の真横に、魔王が着地する。百道は、体勢の崩れたA1のほうへ向き直る。


 空中攻撃はおとりだった。本当の狙いは、A1のバランスを崩すこと。


 百道が右腕を構える。A1もきんきゆうで両腕を引き、掌底の予備動作。どちらが先に攻撃を当てる? 至近距離で二人の動きがこうさくし──


 ──ゾクリ。


 そのしゆんかんに百道が感じたかんは、以前にも味わった覚えのあるものだった。


 似ている。くろねこの、少女。以前のタッグバトルでゴースト・キャットから受けた、あのせんりつに──!


 殺気、と呼ばれるもの。相手を殺してやるという意志が、いわゆる「気」のごとく実体を得たもの。

 アオイよりはいくぶんひかえめなものの、少年の体から突然放出されたのは間違いなくそれだ。


 そのために百道は一瞬、ほんの一瞬だけ……ひるんだ。そしておうは見た。

 A1の手が、掌底の形をしていない。その手はピースサインの形をとっていた。


「……バカな。それは」


 言葉はそこまでだった。A1の二本指がき出される。意表を突いたタイミングでの、真正面からの瞬速しゆう! これは、まるで……


ぼくしき、『おもて』……ってか? 五十点だけどな」


 A1の指は、百道の両目をわずかに外れた。視力をうばうには至らない。

 だが重要なのは、意表を突いたということだ。今、百道にはすきがある。だからA1には、どこを狙うべきかわかる。


 葵が、教えてくれたのだ。「人を殺すため」の、人体の急所。それはプラネットにおいてはそのまま、ダメージ計算の大きいしよとなる。

 A1は、顔を狙われてガードの甘くなった百道の鳩尾みぞおちに、正確な掌底を叩き込んだ。きたえてきたA1の実力に「暗殺けん」のが合わさった、進化した一撃だった。


 魔王の巨体が後方へき飛ぶ!


「クハ……クハハハハ! いいだろう」


 百道はわらった。HPゲージを横目で確認する。そして、


「今回も……神回、ということにしてやる!」


 その一言を最後に、ばくはつした。A1の、勝利だ。


「どうせなら毎回、神レベルになりたいもんだけどな」


 A1は爆風を見送りつつ、こぶしにぎった。


***


「っちゃ~~~! いや~しくもヤラレてしまいました。季節感を間違えたのが敗因ですかね?」


 試合が終わるなり、百道はスマホで自らの姿を動画さつえいしながら、せわしなくしやべり続けている。後でトーナメントの振り返り動画などを編集するつもりなのだろう。


「だいたいA1が強い! 絶対こないだより強い! これはくやしいですね~リベンジしたいですね~~。ねえ?」


 そして百道は、鋭一にスマホを向けた。コメントを求めている!


「そこで俺に振るの!?」

「ホラホラ何でもいいから」


「あー、そうだな……またろう、ってのは、もちろん構わないけど」


 鋭一は少し考えるように目を閉じ、それから百道に視線を送り、言った。


「──次は、本気でやってくれるんだろうな?」


 百道の顔を見る。サングラスの奥のひとみは見えない。だが、この配信者はフッ、と少し。本当に少しだけ笑い……鋭一に背を向けて振り返った。


「さて、何のことかね~~?」

「……食えないやつだなァ」


 鋭一は苦笑いした。


 今日の、「夏の魔王・バカンスフォーム」。スキル〈フラッシュ〉を持つA1対策としては中々のものであったし、機能もしていた。だが……ガチのかくとう戦になれば、流石さすがじやだろう。

 百道の本気は、こんなものではないはずなのだ。つまり今日、奴は遊んでいた。


「……いや。でも、今日勝ったのは、俺だ」


 だが、通用はしていた。あの百道を相手に、タイマンで。それは確実だろう。葵に教わった「技」も、実戦で使えた。

 覚醒者アウエイク「A1」は、もはやサドンデスの王者というだけの存在ではない。間違いなくデュエル・ルールの有力ファイターとなったのだ。


 事実……観客席からは、どよめきにも似た声が上がっていた。


「も、百道が負け……!?」

「A1、しようてい以外を使ったぞ」

つぶし……? 実戦であんな技が使えるモンなのか」


 そして彼に注目するのは、外野の観衆だけではない。

 次の試合をひかえ、ステージのわきに待機する者たち。この後、今日にでもA1と戦う可能性のある選手たちもまた、試合内容に目を光らせていた。


「アオイに、A1……。みような技を使うな。現代の格闘技にはない技だ」


 うでを組んでするどい目を向けるのは、本人もげんえき格闘家である優勝候補・山本道則。


 さらに──


「……すごい、百道に勝つなんて……!」


 思わず手をたたいて喜びかけ、アイドルの少女はその手を止めた。


「──じゃなかった。そうね、でも、やるじゃん……!」


 態度を『ライバル用』に改める。今日のあまアカリは優勝を目指す、一人のちようせん者だ。この大会はすべて一対一。ここに「味方」はいない。周りはすべて敵だ。彼女は両手を胸の前で握り、自分に言い聞かせる。


「私は、この大会で……『完全なる戦歌姫パーフエクト・デイーヴア』に、なるんだから」

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