A5-3

「さて……ばんくるわせ、と言っていいでしょう。はんだいソウジャン、ここで敗退! あれだけしっかりしたスタイルを持った覚醒者アウエイクを倒せるからには……『ゴースト・キャット』。これは本物だ。いかがですか『Z』選手」


「……あの動き……俺ならどう対処……〈くう〉? いや……」

「オイ安田?」


「あっ、ハイハイ!?」

「ゴースト・キャットの印象を聞いてんだよ。客席に聞こえるように言ってくれんか?」


「あー、ねこなんて、そんな可愛かわいらしいモンかね。俺にはとらに見えるわ」


 つい先ほどまでめずらしくせまる表情で何か呟いていたチャンピオンは、結局すぐにいつもの顔に戻っていた。


「ビビってるとモテないぞ安田君。女っ気がしいんじゃなかったのかね」

「うるせー。そっちこそ、お熱の女子高生社長から見向きもされてねークセに」

「……ギャラは半額カットくらいでいいかね?」


 実況席では、相も変わらずまんざいのような解説が行われていた。安田は都合が悪くなったので、せきばらいをひとつした。


「コホン。つまりだな、あの『アオイ』はそのくらいおそろしいことをしたってワケよ。あの瞬間移動みたいなのがあるとないとじゃ、相手側の作戦が大きく変わる」

「……ソウジャンは初見殺しをらった、と?」


「そう言えるかもな。でも、ま、ゲームじゃ初見殺しはつきものだ。何がきても対応できるようにしておかないと」

「なるほど。安田君はとつぜん、虎がきても対応してくれるそうです。さて次の試合は……」


「てめェひどいまとめ方するな!?」

「次は、まさにその『初見殺し』のごんが登場だ。今日は何を見せてくれるのか? 人気ゲーム実況者──百道!」


 葵と美羽が去り、次の試合の準備が進められる中央ステージ。

 客席からのかんせいが降り注ぐそこに──次の戦士が、現れる。


 ピッピッピー ピピッピピー

 ドンドコドンドコ ドンドコドンドコ


 南国を思わせるリズムとともに、その戦士は現れた。

 パーカーにジーンズ、そこまではいつも通り。


 だがその者はキリンのかぶりもので顔をかくし、そして!

 全身にサンバしようのようなかざりをつけ、こしらしながら登場した。意味不明!


「ヘイヘ~イ! キリンのサンバ~!」


 テーブルを挟んで立ち、試合に向けて精神統一していた少年は、その一言で思い切りズッコケてひっくり返り、何もかもが台無しになった。


「な……何がキリンで、なんでサンバだよ!?」


 鋭一はなみだで人差し指をつきつけた。当たり前だが、そんなツッコミをしたのは生まれて初めてだ。


「キリンがサンバしてるから、当然キリンのサンバではないのかね君ィ」


 相手の集中をくずすことに成功したキリンは、満足げにステージに立った。


「まあ、ジャマだからこれはもう取るんだけど」


 そしてしん者は当然のごとくキリンをぎ、かたわらに置いた。観客席から笑いがれる。相変わらず、ばんがい戦術上等といったところか。

 キリンの中から現れた、サングラスをかけた人物はぎんぱつをサラリと風に流しながらしやべり始めた。


「ごだね、A1くん。先日はどうも。あれからも楽しく戦えてるかい?」

「よ、余計なお世話だよ……」

「どう? もっと楽しくする? この衣装着る?」


 百道は全身につけた羽根飾りをうっとうしそうに外しては鋭一にわたそうとし、きよされた。鋭一は呼吸を整えてしんけんな表情を作り──答える。


「……ご心配なく」

「ほう」


「そんなもんつけなくても……俺は、楽しいからな」

「ハハ、そりゃ良かった」


 会話の中、会場のスタッフから二人にゴーグルが手渡された。百道はゴーグルをつけるためにサングラスを取り……めつに見せない生のひとみで鋭一を見る。


「なら……その楽しさ、試合で見せてもらおうか。今回も神回でたのむよ?」


 そして戦いのたいとなる大地に、二人の戦士が降り立った。


***


 白いバトルジャケットを身にまとった少年アバター、A1はせんとう開始に備えるべく、前をえる。

 前を見据えて──再度、き出した。


「こ、このろう~~~!」


 彼の目の前に降り立った存在とは。

 シュノーケルと水中ゴーグルを装着し、わきかかえた「おう」だった!


「クハハハハハ。夏の魔王・バカンスフォームにて参上!」

「まだ夏には大分早えーーよ!」


 以前タッグバトルで倒した、百道の勝負アバターとうわさされる「魔王」……それが、なぞの小道具とともに堂々と立っている。づらけすぎて直視できない。

 客席からは笑い声も聞こえてくる。じつきよう席もまたリアクションした。


「これだよ。コイツの、こういうとこだよ……。あと俺より人気取るなよ!」


 安田は頭を抱えていきどおり、


「いやいや。大会さえ盛り上げてくれるなら何でもアリだとも」


 金谷はかんげいだとばかりにうなずいた。

 そうしているうちに──


 [READY]


 よりにもよってこんなタイミングで、試合開始の合図が始まってしまった。

 A1は大慌てで構えを取る。これも百道の計算のうちだというのか?

 集中が定まりきらぬ中──


 [FIGHT!!]


 戦いが、始まった。

 先に動いたのは、百道! もうスピードでA1におそかる。


「さあ……ワクワクの夏休みの始まりだ!」


 浮き輪こそあるが、動きはいつものびんなものだ。魔王のきよたいびあがる。片手で、浮き輪をりかざしながら。


「そんなモンで……何しようってんだよ!」


 ギリギリでサドンデスの構えを整えたA1はいつも通りにりようひじを引き、ぜんけい姿勢。相手に顔面以外をねらわせない構えだ。

 集中を乱されはしたが、どんなこうげきであれけてみせる。


 そこへ、百道がうでを振り下ろす。当然狙いは顔面。浮き輪の分だけリーチが長いが、A1は難なく見切ってかわす。攻撃を終えた百道が着地する。今だ。


 ──〈フラッシュ〉!


 相手の目をくらますA1の定番スキルが発動した。モノが光であるだけに、これはかわしようがない。せんこうをまともに受けた百道は……


 浮き輪を顔の前に構え、ぼうぎよしていた!


 光が、浮き輪のビニールを通って分散してゆく。これがスキル〈武具:浮き輪〉の使い道というわけだ。〈フラッシュ〉対策!


 A1の至近きよに立つ百道はしっかりと両目で相手を見る。見えている。そして浮き輪を持たない左手を振りかぶり、重さの乗った魔腕黒龍拳ストレートパンチり出す。


「クハハハハ……バカンスの力を甘く見たか──」


 が。


 魔王の腕はA1のかたの横を通り過ぎていた。そして、カウンターするようにA1のしようていが、魔王のわきばらとらえていた。


「……何だと?」

「魔王様が光属性をこわがるのは、わかるけどな。俺は別に、光そのもので攻撃するわけじゃないんで」


 閃光はあくまで補助。A1をサドンデス王者たらしめている強さは、その本質はそこではない。

 敵の攻撃を見切り、こちらの攻撃を当てる。その地力こそが、彼がこれまでどくな「レベル上げ」によってみがいてきたものだ。


 さらにA1はこのタイミングで〈ショートワープ〉を発動。後退し、百道と距離を取る。そして仕切り直しつつ、口を開いた。


「初撃。決めたぜ」


 A1の決めゼリフに、観客席がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る