A5-2

 [FIGHT!!]


 試合が、始まった。

 ……と、同時!


「!? 手……!」


 アオイの眼前には、既にソウジャンの右手がせまっていた。


「はッ!」


 れつぱくの気合とともにしようていが放たれる。アオイはギリギリで察知し飛びのいたが、鼻先にわずかなしようげきを受けHPがけずられる。おそるべき先制わざだ。

 相手の体はまだ遠い。なのに、手だけがおそってきた。それが意味することとは?


 スキル〈しんしゆく腕〉。ソウジャンの腕が、長く伸びている。

 〈伸縮腕〉の伸びる速度は、決して速くはない。だから初心者が軽はずみにこのスキルを使うと伸びている最中の隙をかれ、腕を折られてしまうこともある。


 だから、「如意道」では伝授されている。相手のきよを突いて腕を伸ばすための技術が。


 構えの時点でゆらりと腕を持ち上げていたソウジャン。その動きが準備だった。そのまま試合は開始され、持ち上げていた腕は動きを止めぬまま、いつのまにか伸び始めていた。


「いいねえ☆ 久々にういういしいリアクション見たよ」


 さらにソウジャンは、アオイの真正面をすんぶんたがわずじんっている。相手との角度が少しでもナナメになれば、腕が伸びているのは見えやすい。こういった細かい立ち回りにも、流派の教えが生きている。


「……キミのことは、流派こつちでも噂になってるよ。ウチも一人やられてるしねー。もう覚えてないかナ?」

「……あ。腕が、伸びる人……!」


 アオイは思い出したらしく、頭部の猫耳をぴんと立てる。まだプラネットを始めたばかりのころではあるが、確かに彼女はCランクで「如意道」の門下生を一人、倒していた。


「あいつもねー、ようやくCで1000ポイントめて調子に乗ってたみたいだから、まんしんもあったとは思うけども。ま、そういうワケで──」


 だが。このソウジャンは、Cランク程度の使い手とは、レベルが違う。


「落とし前ってやつ、つけさせて貰おっか?」

「……! ううん」


 ソウジャンの放つプレッシャーを、角度なしの文字通り真正面から受けて。

 葵は首を横にった。そわそわと体をらし、猫耳をぴくぴくと動かしながら。


「わたしは、負けない……!」


 きようしやのプレッシャーに、暗殺者の殺気でこたえる!

 そして、け出す。アオイはななめ前に出た。きよをとっていては不利だ。


 が──


「いやいや。悪いけど、キミと近距離でやり合う気はないよ、ゴースト・キャット」

 タイミングを合わせてソウジャンは飛びはなれる。

「『なんじが我にれるのは許されない。我からのみ、汝に触れる』……ってね」


 師匠の言葉を引用する。互いの距離は変わらない。

 アオイは手を伸ばす。相手の、伸びた腕さえ摑んでしまえば……! しかし、それすらさせて貰えない。既にソウジャンの右腕は縮み始めていた。


「『届かぬ者は、届く者には勝てぬ。それがことわりである』」


 そしてその間にソウジャンは、逆の腕を伸ばしている。左手がアオイのむなもとに迫る。

 アオイからソウジャンへは届かない。だがソウジャンからは、届く──!


「くらえっ」

「……っ。させ、ない……!」


 ソウジャンははるか遠くで足をみしめる。同時に左手で、しよう! これが如意道のおうの一つ。至近距離でしかありえないげきを遠くからり出す「ちようわんはつきよくけん」!


 アオイはギリギリで自らの腕をすべり込ませ、ガードする。それでもHPは相応に削られている。相手の技のかい力が高いのだ。おそらくアバター性能もパワーに振っているのだろう。このままでは一方的に削られてジリひんだ。


「…………つよい」


 アオイはつぶやいた。現実ではありえない長い腕。それを現実のように使いこなす相手。鋭一は、強かった。以前に戦った百道やユキオも強かった。そして、このソウジャンも。


 ここには、プラネットには、そんな相手がたくさんいる。


 アオイが……いつしき葵が。暗殺拳を使って、全力で相手が!


「つよい。あなたは、つよい……」

「? そりゃそうよ」


 アオイは顔を上げた。れつせいに見えるせんきようの中、それでもなお、ひとみかがやかせて。

 頭部の猫耳がぴんと張る。そして一度は緩んだ彼女の目つきが、暗殺者のそれに戻った。


「つよいと、楽しい……!」


 アオイは再び、前へ。ソウジャンはさっきと同じに飛び離れる。こうげきに使った左腕は既に引きもどし、反対に右腕を伸ばす。こうに腕を伸ばし、遠距離のまま戦う。相手にはなにもさせない。それが如意道の理念。


 ソウジャンはアオイの真正面の位置を保ち、試合展開を「遠・近」の一次元に固定する。再び伸びた右腕がアオイの顔面をねらう。一歩踏み込むべく足をかせる。そしてこんしんの一撃を……



 そこで、ソウジャンはアオイの姿を見失った。



「なに……ッ!?」


 キュッ、と、短い音がした。それは地をる音だった。ソウジャンの攻撃が当たるか当たらないかの、ほんの一瞬。その瞬間に……アオイは、ゼロ秒で真横に移動していた。


 ──ぼくしきながれ」!


 そう。このアオイもまた、「現実ではありえない技」を使うファイターだ。

「何だ!?」「え? 〈ショートワープ〉? じゃないよね?」「発動前のこうちよくもなかったぞ!?」


 観客席もそうぜんとしていた。また、実況席も反応する。平然とした表情で試合をながめていたチャンピオン「Z」……安田は、思わず身を乗り出した。


「今のは……? あんなスキル、存在しねえぞ……?」


 一方、選手控室で鋭一はニヤリと笑った。


「──いいぞ、葵」


 アオイはソウジャンの右腕の真横にとつじよ出現した。本来ならアオイの顔面に命中していたはずの右手。そして、その後すぐに引っ込めるはずだった右手だ。だがきようがくのあまり、腕を縮めるのがおくれた。それはアオイにとって、絶好のすきだった。


「ふふ」


 アオイが、笑った。楽しんでいる。彼女はすぐとなりに残っていたソウジャンの右腕をつかんだ。アオイに、摑まれる。それは何を意味するか。


「──やあッ」


 アオイは腕に力をこめ、強く引いた。遠くにいるソウジャンがバランスを崩す。そのままアオイは一本背負いの要領で、相手を振り回す。ちょうどソウジャンが予選で、相手を振り回したように!


「ぎっ……いいいいいい!?」


 強い遠心力がかかり、ソウジャンはだつしゆつすることができない。まるで自らの技をかけられているかのようだ。地面が近づく。脳天をたたきつけられる!


 彼女はかろうじて左腕で受け身をとり、最悪の事態はまぬがれた。しかし……これで片腕が、死んだ。しかも、それと同時。

 投げ技を終えた葵は、既にもう目の前にいた。ふところもぐられると、〈伸縮腕〉は役に立たない。


「なるほど。こいつぁ……強いや」


 ソウジャンは目を閉じた。どうやら勝負は、決した。

 たおれたどうたい鳩尾みぞおちに蹴りを叩き込まれ、ちゆうふうの女性アバターはばくはつした。


 [FINISH!!]

 [WINNER AOI]


 そして中空に、試合結果が表示される。


「ありがとう、たのしかった」


 プラネットの大地に残されたくろねこの少女は、相手の爆発あとに向かって、ぺこりとおをした。


***


「いや~~~! やっられたな~~~~~!!」


 ゴーグルを外し、ソウジャンこと二田美羽があせをぬぐう。

 テーブルをはさんだ向かい側では、同じくゴーグルを外した一色葵がキョトンとしている。


 周囲では観客が、実況が、さわがしく声を出している。もうステージを去っても良いのだろうか? 首をかたむける。

 美羽はそんな彼女にも構わず、葵に近づいた。そして思い切り、頭をでた。


「わっ」

「見たこともない動きするよね~~おじようちゃん。何者? 私に勝っちゃうなんて相当だぜ。ねえウチの流派入らない? 腕とかばすの興味ない?」

「???」


 質問の波状攻撃に、葵はますます首を傾ける。ただ、負けたにもかかわらず美羽が好意を持ってくれているのはちがいないようだ。


「あ~あ。でも、これでおきなわ旅行はパアかあ。ちょっともつたいないなあ。葵ちゃん、だっけ。旅行だけでもゆずってくんない? な~んて……」


 彼女がじようだんを口にした、その時だった。葵が初めてぴくり、と反応した。


「……それは、だめ」

、断られた」

「わたし、鋭一と、沖縄いきたい……」


 葵は少しうつむき、ぽつりと言った。だがそれを聞き逃す美羽ではない。


「ん!? 興味深いワードが聞こえたね。なになに!? 好きな人いるの!?」

「えっと、鋭一は、わたしの……」


 葵は言いかけた。二人の関係を。それを見てひかえしつの鋭一は大いにあわてた。


「えッ……言うの? ここで!?」

「なんだ。言っちゃえばいいじゃん」


 隣に座るたまは気楽なものである。むしろ宣言したほうが売名になるとの考えだろう。


 百道の生放送では、タッグは組んでいたものの「付き合っている」と明言はしなかった。ここで宣言してしまえば、大会中ずっと変な目で見られるのは確定だ!

 ……が、葵の言葉は大会運営にさえぎられた。


「あの、そろそろ次の試合なんで……」

「あ、はい」


 係員に連れられて葵はステージを下ろされる。それで美羽との会話も打ち切りになった。


「なァーんだ、しいなあ。いやーでもおもしろい子だったわ。プラネットも広いね」


 美羽は再び伸びをして、葵を見送った。

 プラネットは広い。広いからこそ、面白いのだ。

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