A4-4

「ほらほら、行くよ! イェイ」

「い、いえい」


 アカリはアイドルの本領発揮とばかりにプロ級のウインクをキメる。目から星が飛び出しそうなほどの眩しい笑顔だ。


 葵はそれにつられるように、控えめな微笑みを作った。鋭一もギリギリで笑う。

 パシャリとフラッシュが焚かれ、一枚目が撮れた。


「うーん、A1さんノリ悪ぃね」

「し、しょうがないだろ」


『次は、自由にポーズをとってみよう~~~!』


「ぽ、ポーズ」


 すぐに次の指示が出て、葵はわたわたと慌てた。写真を撮る時のポーズがわからないのだ。


「うーん、葵ちゃんだったら、構えとかでいいんじゃないかな」

「それなら、できる!」

「あ、俺にもできるな」


 葵はすぐに戦闘態勢に入り、カメラに殺気を放った。鋭一も自慢のサドンデスの構えを取る。アカリもまた、プラネットの試合と同じ「ミュージック・スタート」のポーズを取った。


「あはははは」


 パシャリ。二枚目が撮れる。やたらと殺意の高い絵面になったのが面白くて、アカリは笑った。


『最後は、みんなでギューっとくっついて! 仲良く!』


「え、ええ?」


 最後の指示には、鋭一が慌てた。ギューっとくっつくと……いうことは。


「ほらほら、こっちこっち!」


 アカリは容赦なく、鋭一の首に腕を回して引き寄せた。


「う、うわっ!? ちょっと……」


 抵抗していいのか、いけないのか。それすらわからずに鋭一はバランスを崩した。


「えっ……わあ!?」

「ひゃっ……!」


 すると少女二人も、鋭一に引っ張られて倒れかかる。なんとか鋭一が機械の端を掴んで止まったが、


 ――パシャリ。


 その瞬間に、シャッター。直後、三人は雪崩を打って倒れた。


「い、痛てて……?」


 背中から着地した鋭一は目を開けた。だが前が見えなかった。目の前は、温かくて柔らかい二つの何かに塞がれており、そこからはとてつもなく良い匂いがした。鋭一はギョッとした。


「「「うわっ!?」」」


 今度の悲鳴は三人同時だった。鋭一の上に折り重なるように、左に葵、右にアカリ!


 顔面の二つの温かさは、二人それぞれ一つずつ。とてつもない良い匂いは、なんと二種類もあった。これは……とんでもない!

 三人はそれぞれに大慌てで立ち上がり、各々リアクションした。


「ご……ごめんホント!」


 謝る鋭一。


「な、なんで私、いっつもこんな……」


 ショックの隠せないアカリ。


「えへへ。仲良し」


 なぜか嬉しそうな葵。

 そんな葵の笑顔を見て、他の二人は急にこの事態が許せてしまった。


「……そうね。仲良し、ね」


 アカリは噛みしめるように言った。そして思った。


(こういうの、いつぶりだっけ)


***


 ――頂点とは、孤独なものだ。


 アカリには長いこと、そういった考えがあった。

 それはそうだろう。並び立つ者がいないからこそのトップである。


 自分が目指しているのは、そういうものだ。アイドルとしても、覚醒者アウェイクとしても。


 だからそうなるよう努力した。

 A1に影響されたのも、彼がひとつのことを王者として極めた人間だからだ。彼のように目標を見据えて努力する人間になろうと思った。そうして一心不乱に頑張ってきた。


 するとどうだろう。確かに彼女には実力が積みあがっていた。人気者にもなれた。

 間違いなくこのスタンスが、彼女を強くしたのだ。


「仲良し……か……」


 駅で二人と別れ。一人で歩きつつアカリはこぼす。

 最近、随分とあの二人に引っ張られて過ごしている。その結果、今日は何をした? 強くなるためのことを、一つでもできたか?


 今まで歩いてきた道が、ブレ始めている。その自覚がある。「今日は強くなれなかった」。その焦燥感が、背後から追い立ててくる。かつての自分が今日の自分を見たら、「怠けている」と言って怒りだすだろう。


 でも、どうしても何かに引き寄せられるように、ついつい訪れてしまうのだ。尊敬する先人、A1。刺激的で可愛いライバル、アオイ。魅力的な二人のところへ。それが「怠け」を生むのだろうか?


「…………」


 今日で、最後にしようか。これをきっかけに、一人に戻ろうか?


「何やってんだろ、私……」


 カバンから、カットされたプリントシールを出す。笑顔の三人が映っている。


「そうよ。ホントはこんなことしてる暇、ないんじゃん」


 自分はあの二人に、戦って勝たなくてはならないんだ。あの二人は、敵なんだ。


「こんなことしてたら強くなれない。私は最強になるんだ。だったら――」


 視界に、道端のごみ箱が入る。アカリは手に持ったシールをそちらへ差し出す。


 そしてその手を。

 離す、ことはできず。


 再び無言でシールをカバンにしまうと、彼女は静かにその場を立ち去った。


***


 翌日。大会前日の金曜日。

 学校での昼休み。葵は、学食に行かずに直接、鋭一をいつもの踊り場に誘った。


「鋭一、こっち、こっち」

「ん? 葵、その包みは……?」


 階段に座る。案の定、葵が大きな包みを取り出す。中から現れたのはもちろん、弁当箱だ。


「鋭一、開けてみて」

「お、おう」


 今日の葵は、妙に急かす。鋭一は促されるままに弁当箱のフタを取る。

 その中身は……


 ――色彩!


 そこには色があった。白一色ではなかった。見た目にも楽しい、色鮮やかなおかずの数々が何種類も詰まっている。

 よく見ると白身の卵焼きなど、元々の料理も活かされているが海苔が巻かれていたりと工夫がみられる。劇的な進化といえるだろう。


「すっ……すげーじゃん……!」

「やった」


 葵はひとしきり喜び、それから言った。


「あかりちゃんが、教えてくれたの」

「……え?」


「あかりちゃんのお弁当、おいしかったから。お願いしてみたらメールで、教えてくれた」

「マジか」


 葵はこくこくと頷いて肯定しつつ、箸でロールキャベツをひとつ掴む。


「鋭一」

「ん?」


「あーん」

「…………えッ!?」


 思わぬ不意打ちに鋭一は反応できず、ロールキャベツを口に突っ込まれた。そのままモグモグと味わう。的確な狙いでまっすぐに口を狙えるのは、流石に葵だ。


「漫画にかいてあった。こいびとは、食べさせてあげる」

「……ああ、ありがとう。いや、美味しいな、ホント」


 それから二人はひとしきり、弁当を楽しんだ。

 デザートがわりの煎餅を一枚ずつ食べながら、葵は思い出したように顔を上げた。


「あかりちゃん……今日は、こないんだって」

「え? そうなの?」


 てっきり今日の放課後も現れると思っていた鋭一は、思わず聞き返した。


「お礼、言いたかったんだけどな」


 葵はぽつりと呟く。


「鋭一。わたし……あの技、できるようになったかもしれない」

「あの技?」


墨式ぼくしき――『ながれ』。鋭一が教えてくれたスキルと……あかりちゃんの、アドバイスのおかげ」

「ま、マジで」

「鋭一。わたし……勝ちたい。がんばるね」


 初めて、父親以外からの助言で力を手に入れたゴースト・キャットは、大会が待ちきれないというように言った。

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