A4-3

「あ、そうだ。明日は俺たち、来ないから」

「へ?」


 翌日、水曜の帰りぎわ。鋭一はアカリにそう告げた。


「来ない……って?」


 アカリは少し驚き、気まずそうに目を泳がせる。

 前日にあのようなハプニングがあってもアカリは気にせず、鋭一たちのもとを訪れた。

 この日も鋭一たちは普通に特訓し、時にはアカリも混じってゲームを楽しんだ。


 が、鋭一たちとしてはやはり迷惑だったのだろうか?


「なに? 今さら、私の偵察から逃げる気にでもなった……?」


 もしかして……嫌われた? 一瞬そんな考えがよぎる。反発的な発言ばかりのアカリだ。いつそう言われても不思議ではない。


 でも……。


 なぜかは自分でもわからない。結局、三人はどういう関係なのか? それはアカリ自身にも掴めない。鋭一は、葵は、少なくとも今は、間違いなく敵なのだ。

 だが……この二人には嫌われたくない、ような気がした。それが彼女の偽りない気持ちだった。


 珍しく、どこか不安げなアカリ。すると……そこへ葵が進み出て伝えた。


「あしたはゲーム、お休みなの」

「……ん?」


 予想外の言葉に、アカリは緊張を崩した。


「毎日プラネットだけやってると良くないから、気分転換も予定に入れておけって言うんだよね……社長がさ。だから明日は、このへんの街でもブラブラしてるよ」


 鋭一が補足した。単に予定を伝えている。

 結局のところ、鋭一も葵も、何も気にしてはいなかった。


「そ……そう。はは。デートってこと? ならせいぜい、楽しんできなさいよね」


 ようやく笑みを取り戻したアカリは、いつものように挑発的に言った。

 だがそこで、葵は首を、わずかに傾けた。彼女はこともなげに疑問を口にした。


「あかりちゃんは、来ないの……?」

「「え?」」


 鋭一とアカリは、見事にリアクションをハモらせた。


 明日は街へ出かけるのだからデートだろう。つまり二人きりだろう。鋭一もアカリもそう思い込んでいたが、葵はそうでもなかったようだ。

 確かに考えてみると、カップル双方にとって共通の知り合いなら、一緒に歩いたり食事したりするのは、世の中的にもナシではない、はずだ。


 とはいえ、アカリとしてはそう軽々しくついていく気にもならない。


「な、何言ってんのよ。デートよ、デート。私の入る場所なんてないでしょーが」

「む、むー……? あかりちゃん、約束したのに……」


「約束?」

「あかりちゃんは詳しいから、『付き合い方』教えてくれるって」

「……あ」


 アカリは声を詰まらせた。そういえば勢いでそんなことを言った気もする。


「やっぱり、教えてくれないの……?」


 葵はしょげたように、肩を落とした。これが猫なら耳がしおれているところだろう。

 あまりの落ち込みぶりに、流石のアカリも少々たじろぐ。その隙を、鋭一は見逃さなかった。


「な、なるほど! ここはアカリさんにも来てもらうのが良さそうかな! 俺たちデートとか超初心者だもんな!」


 鋭一は葵の右手を掴んで止めながら、アカリに提案する。実際、これは調度良いチャンスともいえるだろう。葵は……アカリと、仲良くなりたがっているのだ。


「なあ……いいだろ? 俺も気にしないしさ」

「しょ……しょうがないわね」


 アカリは口を尖らせつつ了承した。


「ただし、これも偵察の一環だからね? 日常からだって、アンタらの弱点を暴いてやるんだから」


***


 ――というわけで翌日、木曜日。


 鋭一、葵、アカリの三人は普通に街遊びを楽しんだ。

 それこそ、ありふれた仲良しの高校生三人組のように。


 鋭一と葵の二人だと「どこに行こうか……」となりがちだが、そのあたりアカリは強い。


「……よっしゃー!」


 ボーリング場にアカリの良く通る声が響く。

 見事な投球でピンをなぎ倒し、アカリはガッツポーズした。変装のために伊達眼鏡をしているが、それで狙いがズレたりもしない。


 アカリはくるりと回ってアイドルらしいポーズを決め、待機スペースに座る鋭一や葵と次々にハイタッチした。


「どうよ! ボーリングだって負けない、この完璧なアイドルにひれ伏しなさい」


 アカリが胸を張る。葵はぴょんぴょんと飛び跳ね、とても嬉しそうだ。


「すごい、すごい。わたし、こういうの初めて」


 ……そうか、と鋭一は合点した。暗殺拳を学んだために友達がいなかった葵は、こういう遊びをしたことがないのだ。いや、ゲームばかりしていた鋭一もそんな経験はないが。やはりアカリを誘ったのは正解だったか。


「……よし、わたしも頑張る」


 そして葵は真剣な表情でボーリングの球を掴んだ。

 ……五本の指で。穴を使わず。わし掴みで。とんでもない握力だ!


「あ、葵? それはそういうんじゃ――」

「えい」


 鋭一が教えようと思ったが遅かった。葵は素早く投球フォームに入っていた。細い腕がアンダースローの美しい軌跡を描き――


 球が放たれた。まっすぐにピンへ向かう。水平に。空中を!

 その球は転がっていなかった。……浮いている!!


 ガコォン! という爽快な音とともに、ピンが吹き飛んだ。


「な、何よソレ……」


 アカリは口を開けて固まった。最初は闘志に燃えていたが、やはりここでは、葵のライバルになるのは難しそうだ。


***


 その後、三人はボーリング場のあった施設の一階へ移動していた。

 このフロアはゲームセンターになっているが、スペースの都合かプラネット用の個室は設置されていない。


「さーて、定番コースとはいえ何しようかな」


 あたりを見回すアカリ。しかしそんな彼女の袖を引く存在がいた。もちろん葵だ。


「あかりちゃん。あれ、やってみたい!」


 葵が指さしたのは、プリクラの撮影機だった。葵がそんなところに興味を示すとは意外だ。


「……え? アレを?」


 狼狽したのは鋭一である。こう言ってはなんだが……あれはもっとイケてる人たちのためのモノで、自分とは一生縁がないと思っていたのだ。


「い、いやー、アレはちょっとー……」


 アカリもあまり、乗り気ではなさそうだった。対戦系のゲームでエキサイトするならともかく、一緒にプリクラを撮るなんて、まるで――。


「だめ……?」


 だが躊躇ためらう二人に、葵の上目遣いがヒットした。これには逆らえない。


「これ、写真撮る機械……だよね? その……今日遊んだの、すごく大事な記念だと思って。だから、ほしい……」

「は、はあ? このくらい遊ぶのなんて別に普通じゃ――」


「むう…………」

「わ……わかったってば!」

「いいの!?」


 葵は顔を上げて目を輝かせた。三人で、仲良く遊んだ。それは紛れもなく葵にとって、今までにない思い出で……大切な記念日なのだ。


「一回だけだからね! さっさと行きましょ」


 アカリはスタスタと近づいて撮影機の入口をくぐり、小銭を投入した。続けて鋭一と葵もおそるおそる、撮影スペースに入る。


『じゃあ、まずは思いっきり笑ってみて~~!』


 すると撮影ガイド音声が始まった。もう、アカリはヤケになることにした。経緯はどうあれ……あの「A1」と撮影できるのだ。


 こうなったら――アイドルとしての力を尽くして、最高の写真にしてやる!

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