Round4 会いにくるアイドル(自分から)

A4-1

「……ちょっと! 遅くない!? 私をこんなに待たせるなんて何考えてんの!?」


 週が明けて月曜日の夕方。

 学校終わりの鋭一と葵がVRルームに向かうと、そこには腕組みして仁王立ちしたアカリが待ち構えていた。


「アイドルったら待たせる側でしょ、フツー! アンコールとか出待ちとか……」

「いや、あの」


 憤るアカリを遮って、鋭一は口を挟んだ。確認すべきことが一つあった。



「俺ら、特に待ち合わせとかしてないよね……?」



 その通りであった。アカリは今日もまた、誰に断りもなく突然現れていたのであった。


「でも、いつもこの時間には来てたじゃん!」

「俺たちにも時間をズラす権利くらいある」


 互いの主張は平行線をたどった。二人の間に火花が散るか……と思われたが、


「……あかりちゃん」


 そこに一歩進み出て間に入ったのは、葵だった。


「あの、えっと」


 彼女は悲しげに目を伏せて、真実を告げる。


「ごめんね。鋭一が、補習だったの……」


「…………」

「…………」


 鋭一とアカリはそれぞれに黙った。真実とは、かくも残酷なものなのであった。


「なるほど。そういえば記憶力に問題があるんだったわね……」

「いや、そこは大丈夫だからね!? くそっ。プラネットのほうに本腰入れてたらさあ、どうしても勉強とか苦しくならない……?」


「さあねー。私、アイドル活動しながらだけど、けっこう成績いいほうだし。確か、同じ一年生よね。頭でも下げたら、勉強教えてあげてもいいけど?」


 先ほどと一転、優位を取って機嫌を直したアカリは鋭一の先に立ち、いつもの5号室に向けて歩き出した。どうやら既に部屋まで確保してくれていたようだ。

 鋭一は受付にいる店長、カオリのほうを見る。カオリは何やらニヤニヤと、意味深な目配せを鋭一にしてきた。アカリと何か会話したのだろうか。


(……そこまでするなんて、なあ)


 鋭一は思った。アカリが自分たちに、かなり執着しているのは間違いない。しかし、なぜこうも常にやってくるのだろう。大会の偵察だというのならば、他の有力覚醒者アウェイクのところへも行くはずだ。


 そういえば以前、なぜ毎日来るのかと聞いた時、アカリは「ナイショ」と理由を教えてくれなかった。きっと何か理由があるのだ。


(そのわりに俺たちのことは「敵だ」って言うし、よくわからんけど……)


 とはいえ人の心が読めるはずもない。鋭一はアカリの背中を追って個室に向かった。彼女の足取りはどこか軽く、楽しげなように見えなくもなかった。


***


 ――予選後のこの週になっても、アカリの来る頻度は変わらなかった。つまり、毎日だ。


 すると当然、日によっては、この人物ともはち合わせることになる。


「なるほど、あなたがアイドルの『中の人』ってワケね。かわいいじゃん」

「あ、当たり前でしょ」


 火曜日。いつものように鋭一と葵の様子を見に来た最上珠姫は、値踏みするようにアカリをじろじろと見た。


「うーん、確かにこりゃイイ素材だわ。成金メガネに渡しとくのもったいないな~。ねえ、うちに移籍する気ない? 鋭ちゃんたちとも堂々と一緒にいられるよ?」

「……へ?」


 そして女子高生社長はいきなり大胆なヘッドハンティングを始めた。アイドル「AKARI」はゴールドラッシュ傘下に所属している覚醒者アウェイクだ。引き抜ければ商売がたきにダメージを与え、自分は儲かる。一石二鳥である。


「うーん……。い、いや。流石にCDまで出させてくれた恩人を裏切る気はないわ。申し訳ないけど」

「おっと。CD出してあげようと思ったら先手打たれてたか~」


 少し悩むそぶりは見せたものの、アカリは真剣な表情で断った。


「いいわ、今の話は忘れて。いや~真面目なとこもポイント高い。マジ惜しいわ~」

「ち、ちょっとA1さん、この人馴れ馴れしいんですけど!?」


 珠姫の距離の詰め方に戸惑ったのか、アカリは鋭一の肩を両手で掴んで縋りついた。


「いっ!? いや、社長はなんていうか、社長だからなあ……」


 いきなりのスキンシップに鋭一は慌てつつ、隣に葵もいるので努めて平静にコメントした。幸い、葵は休憩がてら煎餅を食べているところで、気にしていなさそうだ。

 だが当然、それを見逃さない人物もいる。


「ふーん……なるほど」


 珠姫は意味深な目をアカリに向けた。アカリは鋭一の肩に触れたまま、葵のほうに視線を送っている。その様子に、珠姫はニマリと笑った。


「……鋭ちゃん。ちょっといいかな?」

「ん?」


 珠姫は鋭一に声をかける。鋭一はたどたどしくアカリの手から脱し、珠姫に近づいた。


「少し、外で相談したいことがあるんだけど。ついてきてくれる?」

「え、なんだよ急に。いいけどさ」


 鋭一は珠姫に連れられて個室の外へ。部屋には葵とアカリだけが残されることになる。鋭一が出た後、珠姫は閉まるドアの隙間から残された少女二人をにやにやと見比べた。


「さて……どうなるかな~?」


 誰にも聞こえないように呟く。そしてドアが、完全に閉まった。


「……社長? 何だよ、話って?」

「え? そんなモンないよ?」

「……何だって?」


 鋭一が聞くと、珠姫はけろりとした顔で舌を出した。


「あの二人だけ残したらどうなるかなーと思って。アカリちゃんのほうは明らかに意識してるし。二人ともプラネットじゃ人気者だからね~。ライバル関係にでもなってくれたら話題的にオイシイんだけどな」


「あ、相変わらず油断ならねえな……」

「敏腕、と言ってくれたまえよ」


 鋭一はため息を吐いた。流石というか、なんというか。

 一方で珠姫は、自らが出てきた個室のドアを眺め、顎に人差し指を当てて思った。


(でもね、鋭ちゃん。アカリちゃんが一番意識してるのは、たぶん――)

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