A3-5

「さて、メシにするか……」


 鋭一たちはコンビニで調達した昼食を取り出した。


 予選会では大量の試合をこなすため、一試合目と二試合目の間にはそれなりの空き時間がある。この時間に昼食を取るプレイヤーも多いようで、控室は賑わい始めていた。


「葵はどのパンにする……?」


 学校の昼休みのように葵にパンを渡そうとしていると……そんな彼らの前に立つ人影があった。


「まーた、相変わらず仲良しなのね」


 栗色のツインテール。ハイウェストのミニスカートに、ニーソックス。人目を惹くように計算された可愛らしい服装。天野アカリだ。


「あかりちゃんだ」


 彼女はVR個室の時と同じように、平然と鋭一の隣、葵と反対側に座る。どうやらわざわざ二人を探してこちらに来たようだ。


「も、もしかして友達いないのか……?」


 思わず鋭一が呟く。アカリはその言葉に若干顔を赤くし、


「うっ、うるさいなあ! No.1アイドルは一般人と簡単に慣れ合わないの!」


 と人差し指を立てた。

 アカリはツンと上を向き、自前の袋を膝の上に置いた。


「言ったでしょ。弁当だったら私だって負けないって。今日は証明がてら、恵んであげにきたのよ!」


 袋から、中身を取り出す。とても女子っぽいデザインの、弁当箱だった。

 フタを取ると、中には色とりどりのおかずが綺麗なバランスで詰まっている。


「A1……さんは、これでも食べて黙ってなさい!」


 アカリは素早い動きで箸を取り出し、小ぶりなロールキャベツをひとつ掴むと鋭一の口に押し込んだ。サドンデスの王者も避けられない見事な一撃だった。

 鋭一はすこし口をもごつかせ、味わってから飲み込む。


「どうよ」

「……う、うまい」

「でしょ? 私は『完璧なヒロイン』を目指してるの。めちゃくちゃ練習したんだから」


 アカリは得意げに胸を反らした。戦いだけではない。彼女はずっと、自分と向き合って地道な努力を続けてきたのだ。全てをこなせてこその、『完全なる戦歌姫パーフェクト・ディーヴァ』なのだから。


 そうして会話していると……気になったのだろう。葵が、鋭一の膝の上に身を乗り出してアカリの弁当をのぞき込んだ。


「……うおわ!? 葵、どうした?」


 鋭一の目の前には葵の頭が来ることになり、髪の匂いにドキッとする。

 しかし彼女は鋭一のほうを気にせず、ふんふんと匂いを嗅ぐと、目をきらきらさせて


「…………おいしそう」


 と、ぼそっと呟いた。その様子に、アカリは目に見えてたじろぐ。


「うッ……」


 認めたくはない。認めたくはないが……葵は抗いようがないほどに可愛く、アカリはそれに押されてしまう。


「もちろん、葵ちゃんも食べなさいよ。私との差を思い知るがいいわ」


 アカリはもう一つロールキャベツをつまんで、葵に食べさせた。


「……おいしい……! あかりちゃん、すごい」

「ほ、ほら! 凄いのよ私は」


 結局、それでアカリはすっかり機嫌よくなってしまい、楽し気にその場で弁当を食べ終えた。端から見れば、随分と打ち解けた三人組に見えたことだろう。


 ***


 ――休憩後、鋭一たちにも予選二試合目の順番が回ってきた。


 ここでも番狂わせは起こらなかった。有力選手たちは観衆の期待通りに躍動し、AKARIが関節を砕き、ソウジャンが投げ、山本が押さえ込み、A1が殴り、アオイが首を折った。


 そして。


「さあ皆さん、長らくお待たせしました!」


 壇上に立った“ゴールドラッシュ“金谷がマイクを持ちアナウンスする。

 会場の外周を取り囲む客席では、熱心な観客たちが固唾を呑んで見守っている。


「大会もここからが佳境、来週の本戦では、真の精鋭によるハイレベルな地獄がいよいよ始まります! 今日の予選を残り、その地獄に挑む戦士たちを……紹介しよう!」


 金谷は手を広げ、後ろを示した。舞台両端からスモークが焚かれる。

 たちこめる白い煙の向こうに浮かび上がるシルエットは、横並びに立つ八人の選手たちの姿。


 舞台上に立体投影された、アバターの姿だ。


 「プラネットのアイドル」AKARI。

 「如意道にょいどう師範代」ソウジャン。

 「超有名配信者」百道ももち

 「空手大砲キャノン」Yamato。

 「目覚めし竜王」ドラゴンマン。

 「職業格闘家」山本道則。

 「ゴースト・キャット」アオイ。

 「サドンデス王者」A1。


 彼らは目を配り、互いの様子を確認する。緊張感が走る。

 次に、この中の誰と当たるのかはまだわからない。来週、この場で改めてクジを引いて決定するのだ。


「実に豪華な顔ぶれですね……ちょっと注目選手について『Z』選手に聞いてみましょう。まず目立つのは現役格闘家の『山本道則』、彼はどうですか?」


 金谷は隣に立つ安田に話を振る。現チャンピオンは厳かに咳ばらいを一つし、マイクを握り口を開いた。


「山本……あのおっさんは、ちょっと顔が怖すぎるな。怖いから強いと思う」

「…………。有名配信者である『百道』についてはどうですか?」

「百道か……一位の俺より動画再生数が多いのはマジで許しがたいので負けてほしい」


 金谷は安田に一歩近づき、客席に聞こえないように耳打ちした。


「おい、ギャラ払わねえぞ安田この野郎」


「山本選手は寝技の実力が頭一つ抜けていますね。寝技は苦手としている選手が多いのでそこだけでアドバンテージになります。百道は何をしてくるかわからない恐ろしさがありますが、真に凄いのはその裏にある地力の高さです。まず通常格闘で渡り合える実力がなければ話にならないのでは」


「――よろしい」


 安田は急にしゃんと背を伸ばし、見解を述べた。なお彼は前日にソーシャルゲームのガチャで盛大な爆死を遂げていることが、ツイッターにて確認されていた。

 金谷は再び自らマイクを取り、締めに入った。


「残ったのは常連から新顔まで様々……ですが、ここじゃあ経歴なんてモノは関係ありませんね。結果は、戦う彼らが決めることだ。皆さま、来週も是非ここに来て、見届けてほしい!」


 彼の言葉に呼応するように、客席は沸き上がった。


「「「ウオオオオ!」」」


「山本ー! 勝てー!」「アカリちゃーん、サインほしいー!」「百道、顔見せろ!!」「安田ー! 課金はほどほどになー!」


 そうして、本日の予選会は幕を閉じた。


 A1は周囲を見回して拳を握る。やはり凄いメンバーだ。百道や山本道則といった明らかな格上も残っている。安田のコメントは……嘘はついていない。彼らは恐ろしい。勝てる保証はどこにもない。


(だからって負けてやる気は……ないけどな)


 今日身に着けた自信はそのままに、しかしまだ強くなる必要があるだろう。

 どこまでいけるだろうか。それは明日からの一週間にかかっている。

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