A3-4

「みんな――――っ! 今日もアカリのライブ、楽しんでいってね☆」


 AKARIはダンスのステップを踏むように、軽快なフットワークで右へ、左へ。BGMには、彼女の持ち歌が流れている。お馴染みのスキル〈サウンド〉でリズムを取る。


「いっくよー! いち! にー!」


 指を立て、敵に見えるようにあからさまにカウントしてみせる。そして――


「さん」


 言い終わらないうちにAKARIは動いた。意表を突くタイミングで、小刻みに身体を左右に振ってからのタックル。

 しかし相手もBランク。素人ではない。リズムに翻弄されるどころか、読み取って利用するくらいの実力はある。


 タイミングを合わせ、下半身に迫るタックルを膝で迎撃しようと――


「――てん、ご!」


 が、そこまでがAKARIの読み通り。

 膝が当たる前に彼女は急停止した。そのまま相手の膝を抱え上げる。


 続けてAKARIは、相手の足首を固めて倒れ込みながら体重をかけた。関節に重大なダメージを与える。

 これで、この足は使いものにならないだろう。もはや立つ事もできまい。


 さらに彼女は念入りに、相手の膝関節を抱きしめるように取りつき、思い切り伸ばしてやる。流れるような連続技。止めとばかりに立ち上がって顔面を踏みつけてやると、ついに相手は爆発した。


 [FINISH!!]

 [WINNER AKARI]


「対戦ありがとう。愛してる☆」


 相手を踏みつける動きからステップを繋げ、軽くダンス。AKARIは最後に決めポーズを取った。


「――もう聞こえないかな?」


 持ち歌の最後のセリフを呟きながら投げキッス。観客席が沸いた。


***


 そして……A1もまた、Bランクの猛者を相手に戦っていた。


「――そこだ」


 狙いすましたタイミングで、二発目の掌底を叩き込む。


「グッ……おのれ」


 相手はカウンターしようと腕を振り上げるが、わずかに遅い。

 〈ショートワープ〉が発動し、A1は再び距離を取っていた。


「よし……いける。通用してる」


 デュエル・ルール向けに鋭一が組み上げたヒットアンドアウェイの戦法は、確かな効果を発揮していた。

 アオイや百道を相手にしても渡り合えたのだ。並みのBランクが相手であれば問題はないだろう。


 現時点でA1のHPは1000。無傷である。作戦がハマれば一方的に相手を倒すことができるのが、彼の戦法の強みだ。


 しかも……あれからA1は、ひとつの進化を遂げている。

 敵のHPは、すでに残り300。たった二回の攻撃で、そこまで削っている。


「なんだ……こいつの攻撃は? 確かA1は、『スピード』3振りのアバターだったハズ……」


 当然、敵はそこに気づく。彼の記憶は何も間違っていない。今現在もA1の基礎パラメータはスピード全振りであり、パワーを強化したりはしていない。

 では、なぜここまでの攻撃力を出せているのか? 残念ながら、その答えは出ない。


「――あと一回だ。いくぜ」


 A1が再び前に出る。前傾し、両腕を後方に強く引いたサドンデスの構え。


「くっ……!」


 相手も対抗するように構え、拳撃を繰り出す。鍛え抜かれた超スピードのパンチである。


 だが――A1はそれを、狙った位置に打たせることができる。A1の構えは「顔面にしか隙がない」のだから。わかっていれば対応することはできる。狙いすましたタイミングで、A1はスキルを発動する。


 ――〈フラッシュ〉。


 A1の全身から閃光が放たれる。攻撃を当てようと集中していた相手は視力を奪われる。彼が〈フラッシュ〉使いであることは知れ渡っているが、使うタイミングはA1が決めるのだ。それでどうなるものでもない。


 敵の動きが止まる。A1はその隙を逃さない。掌底を構え、接近する。

 それでも相手は諦めなかった。A1が近づくならば今度こそ拳を叩き込めば良い。パンチを出すべく腕を引く。だが……そこで。


 ――ゾクリ。


 背筋を悪寒が走り、思わず攻撃がにぶった。これは……殺気? それも強烈な。

 結局、彼はA1の掌底を許した。鋭い殺気とともに放たれた掌は、顔面にクリーンヒットした。HPがゼロになる。ゆっくりと倒れ……アバターが爆発。


 [FINISH!!]

 [WINNER A1]


「「「うおおおおお!!」」」


 客席が沸いた。A1はそれに片腕を上げて応える。

 デュエル・ルールでも戦えるぞ、と、己の存在を示すかのように。


 ***


「……ふー」


 鋭一は選手控室に戻り、ベンチに腰を下ろした。


 失いかけていた自信が、熱をもって自分の拳に宿っていくような感覚を鋭一は感じていた。元来彼は、自信過剰なタイプではない。だからこそ「勝てる」と自分が確信できるまでは水面下で「レベル上げ」を続けてきた。


 が……こうして試合で勝つと、やはりその楽しさに取りつかれそうになる。サドンデスと同じように、己の強さに浮かれそうになる。


 いや――たまには浮かれるくらいでも良いのかもしれない。自分の力に夢を見られないようでは、この先戦っていけない。


 自らを労うように鋭一は思い切り水を飲み、ペットボトルを空にした。すると、彼を発見した葵が参加者の間を縫い、するすると寄ってくる。


「鋭一」

「葵。おつかれ」


 葵はいつもの定位置……鋭一の横に腰かけた。なんとなくだが、やはり慣れたこの並びが落ち着くらしい。彼女は鋭一の服の裾を掴んで話しかけた。


「鋭一。わたし、勝った」

「おお、おめでとう。まあ、葵なら楽勝だと思ってたけど――」


 と、そこで鋭一は言葉を止めた。葵は目を閉じ、ねだるように頭をこちらに向けていた。


「これは、ええと……こうかな?」


 鋭一は手を出し、葵の頭を撫でてみた。葵は正解だ、とばかりに身を任せた。確かに試合は楽勝だったが、初めての大会で緊張するところもあったのだろう。これで少しでもリラックスしてくれると良いのだが。


「あ」


 しばらく鋭一が撫で続けていると……葵が何か思いついたように顔を上げた。鋭一は手を止める。どうしたのか、と思っていると。


「鋭一も、がんばった」


 葵はするりと手を伸ばし、今度は鋭一の頭を撫ではじめた。


「……ええ!?」


 鋭一は困惑した。むずがゆいようで、恥ずかしいようで。しかし葵の手のひらの感触はすべすべして、温かくて……何より葵が、何かを期待するような眼差しでこちらを見ている。「喜んでくれるかな……?」彼女のそういう気持ちが見て取れる。


「う、うん……褒めてくれるんだな。ありがとう」

「よかった。鋭一、よろこんだ」


 嬉しいかと言われれば……もちろん、嬉しいに決まっている。

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