A3-3

 チャレンジトーナメント、予選会。


 Bランクの中でもゴールドラッシュの目に留まった者しか出場できないこの大会だが、それでも三十名を超える参加者がいる。その中で、本戦に残れるのはたった八名だというから狭き門である。


 この予選会はランダムでマッチングされた者同士で戦い、二勝すれば本戦勝ち抜けが決定する。

 広大なアリーナの中央に作られたステージには、四つの試合場が上下左右に配置されている。予選はここで、四試合同時進行で行われるのだ。


 その、右下。試合場Dにて。葵はおどおどしながらステージに上がり、審判に手渡されたゴーグルを掴んで固まっていた。


「わあ……」


 試合場はVR機器の設置されたテーブルを挟んで、二人の選手が生身で向かい合う形となっている。葵は言われるがままに定位置に立ち、あたりをきょろきょろと見回した。


「むう。鋭一、どこだろう……?」


 試合場のあるステージは、周囲をぐるりと観客席に囲まれている。四方八方から注目の視線が注がれ、歓声が飛び交っている。そんな環境に身を置くのは、もちろん初めてだ。


 まして「ゴースト・キャット」アオイは参加者の中でも注目選手の一人だ。自然と観客の目が集まる。鋭一もどこかで見守ってくれていると言っていたが、どこにいるのかさっぱりわからない。


「な、なんだ……? とんでもねえ新人っていうから警戒してたが、完全にビビッてるじゃねえか」


 対戦相手の男は値踏みするように葵を見た。


「まあ、だからって手加減してやる気はないけどな。ここはそういう場所だぜ?」

 すると相手の言葉に反応し、葵はくるりと相手のほうに向きなおった。

「! うん。戦いはちゃんと、できます。大丈夫です」


『両者は、ゴーグルを装着してください』


 葵の返事と同時にアナウンスがあり、二人はゴーグルを被った。

 いつもの戦闘フィールドに、二体のアバターが降り立つ。ここからは、電脳空間でのやりとりだ。


 [DUEL RULE 1on1]

 [READY]


 普段通りの、試合開始の合図が表示される。それと同時に。


「――今日も、たのしく遊ぶ」


 相手に死を告げる黒猫のアバター・アオイは、平常心でいつもの構えを取っていた。


「……なっ。これは」


 両手を脱力し、どこまでも静かに相手を見据える。そのただならぬ雰囲気に、対戦相手の男も流石に理解したようだ。もはやさっきまでの、ビクビクした葵はここにはいない。


 そして。


 [FIGHT!!]


 戦いは、あっという間に決着した。

 まずは様子を見るか……と、じっくり構えたのが相手の不幸だった。次の瞬間、じっくり構えた男の両目には、二本の指が命中していた。


「――ッ! バカな……!?」


 そして視力を失ってしまえば、もはやゴースト・キャットに対抗するのは不可能だ。アオイは相手の首を片腕で抱え込むと、その場で思い切り回転ジャンプ。一切の容赦なく、首の骨を捻じり折った。


 着地と同時に、敵アバターが爆発。アオイはスッと立ち上がり、客席のどこかにいるであろう鋭一に向けてピースした。


「「「ワ……ワオオオオオオオ!!」」」


 するとそれは、観客全体へのアピールと解釈され、会場が大いに沸いた。彼女の大会デビューは、鮮烈な印象とともに客席に刷り込まれたのであった。


***


 その後も、予選は滞りなく進んでいく。

 有力選手たちは順調に勝ち上がっていった。


 ――山本の右前に飛び出した相手が、空中で方向転換して左へ。〈空歩〉だ。


 相手は視界の外へ着地した。おそらく屈みこんでいる。右へ注意を向けていた、その死角へ潜り込まれた。よく練れている動きだ。

 そこから、渾身の力を乗せたフックが飛び出した。わかる。十分に強者だ。だが。


 山本道則には、全て見えている。


「一つ教えておいてやるとな」


 彼は相手のパンチを見切り、その腕を捕まえながら言った。


「今くらいの動きができる奴は、にもいる。スキルを使わなくてもだ。大晦日にテレビでも見てみるといい」


 山本が倒れ込みながら、投げを打つ。完璧な投げを。威力自体は大した事はない。

 何が完璧なのか。投げ終わった時点での、相手との位置関係が完璧なのだ。


 それでこの試合は終わったも同然だった。次の瞬間には、山本はうつ伏せになった相手に覆いかぶさるように押さえ込み、さらに後ろ手に肘をめていた。


 寝技はとにかく練習量がモノを言う。そして経験において、「職業・格闘家」である山本道則を超える覚醒者アウェイクはいないだろう。

 その山本に寝技で上を取られて、抜け出せる者がどれほど居るだろうか。


 相手は寝たまま〈空歩〉を発動し、空中を蹴って逃れようとする。だが既に全身を山本に捕まえられており、そのくらいでは抜けられない。


 もちろん肘関節を壊したからといってその場で勝ちになるわけではない。そこは現実とプラネットの大きな違いだ。

 山本はこの状況でも油断なく左腕を余らせており、二度、三度、相手の脇腹をパウンドして削る。


 相手はついに苦し紛れに、両足同時に〈空歩〉。流石の山本も体勢が崩れる。が、それも予期していたのだろう。彼はあえて肘を解放し、今度は両腕を使ってきっちりとチョークスリーパーを極めた。


 プラネットにおける絞め技は、HPが徐々に減っていくという形を取る。

 ほどなくして、既に残り少なかった相手HPはゼロとなった。アバターが爆発。


 [FINISH!!]

 [WINNER YAMAMOTO]


 爆風を至近から全身に受け、それでも顔色を変えずに山本は立ち上がった。


「ギブアップしなかったのは評価してやってもいい。怪我したところで、選手生命が絶たれるワケじゃないんだからな」


***


 ――「如意道にょいどう」師範代、ソウジャンは片腕を前に構え、ニヒヒと笑った。


 師範代というものの、貫禄があるわけではない。チャイナドレスに身を包み、髪はお団子にまとめてある若い女性である。


 だがその実力は本物。何しろ彼女はAランク8位、「如意道」の総帥である覚醒者アウェイク長柳斎ちょうりゅうさいの一番弟子なのだ。


「師匠の言葉を引用するね。『戦いにおいて最も重要なものは何か?』」


 相手は動かない。この少女のプレッシャーを前に、軽々しく動くことができない。


「『力、技……否。それは間合いである』」


 一定の距離を保ったまま、向かい合った二者はじりじりと間合いを計る。


「……わかったかナ?」


 まだ十分に距離があるように見える。が……しかし。少女がそう告げた時には既に。相手は胸倉を掴まれていた!


「な……んだと!?」


 彼我の距離は変わっていない。なのに、服を掴まれた。なぜか?

 答えは簡単、見るからに明らか。ソウジャンの右腕が、長く伸びていたのだ。


 これこそが〈伸縮腕〉。全スキル中で最も長いリーチを誇るスキル。


 その伸縮速度は決して速くなく、それゆえに欠点が目立つとも言われるスキルだ。だが長柳斎はその欠点を補い、長所であるリーチを活かす技を弟子に教え込んでいる。


「な…………!! クソッ」


 対戦相手は己の胸倉を掴む長い腕にチョップを加えようとした。

 が、うまくいかない。ソウジャンは腕に力を入れて押し込み、相手のバランスを崩す。


「……まだだ!」


 再度、相手のチョップ。これも空を切る。押したかと思えば、今度は引く。まるで手綱をつけられているかのごとく、彼の身体はソウジャンに操られている。


「『汝が我に触れるのは許されない。我からのみ、汝に触れる』――カッコいいでしょ?師匠のパクリだけどね」


 まるで、魔法。


 一切の抵抗が許されないまま対戦相手は宙を舞った。ソウジャンが胸倉を掴んだまま腕を振り回したのだ。腕が長いがゆえに強大な遠心力がかかり、もがく事もできない。そして脳天から、地面に叩き落とす。


 一度叩きつけてから持ち上げ、再度落とす。それで相手のアバターは爆発した。


「ま、如意道はいつでも門下生募集中なんで。興味あったらヨロシクってことで♪」


 [FINISH!!]

 [WINNER SOUJAN]

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