A3-2
――そこで彼らが見たものは。
キリンのかぶりものを被った、あからさまな不審人物だった。
背は高くも低くもない。服装はパーカーにジーンズ。体つきは華奢で、男性的でも女性的でもない。首から下だけでは性別も年齢も特定不可能だ。
「
そう言って、キリン人間は動画を自撮りするスマホに向かってピースした。
もちろん、声はいつもの中性的なものだ。
結局、何の情報も得られず群衆は憤慨した。
「取れよそれ!」
「本物の百道なんだろうな!?」
「結局何者なんだよ!」
ブーイングに対し、キリンマンは首をくるくる回転させて抗議する。
「何だよもう~。冗談の通じない人たちだなァ。わかったよ、取ればいいんでしょ」
そう言って、百道はあっさりとかぶりものに手をかけた。まさかすんなり取ると思わなかったギャラリーは「えっ……」と静まり返る。
そしてキリンの下から現れた、百道の素顔とは……
プロレスラーのようなマスクで顔を隠した、銀髪の不審者だった!
何もわからない!!
「こんにちは、謎マンです。今日はヨロシク~~」
「「「なんなんだよ!!!」」」
「さてお二人さん、イチャイチャは終わったかい? 参加登録終わったからそろそろ行くよ?」
「お、おう……」
「うん」
珠姫が振り向き、二人を促す。
百道周辺の騒ぎを横目に、なんとか解放されたモストカンパニーの一行は大会受付を後にしたのだった。
***
「選手の皆さん、そして観客の皆さん! よく集まってくれました!」
広々としたホールの中央に据えられた壇上で、スーツの男……
スラリとした長身、ストライプ柄のスーツにメガネ。見た目はプラネット内のアバターとほとんど変わらない。清潔感あふれる青年実業家はマイク片手に意気揚々と語り、眼鏡を光らせる。無論、彼はプレゼンテーションが大の得意だ。
「パンフはもうご覧になって頂けたでしょうか? 今回は、ヤバい面子を集める事に成功しました……耐性のない人は、この場の空気を吸うだけで死ぬかもしれない! そのくらいの濃度です!」
彼の立つ壇上の目の前には、集められた
さらにその外周を囲むように観客席。チケットを有料で購入し来場した彼らは、プラネットの、ランキング戦の、あるいは特定の
「チャレンジトーナメント……皆さんご存知の通り、これはプラネット運営から認可された大会です。つまり上位入賞者は全国大会に駒を進め……そこで勝てば、Aランクへの道が開ける!」
次代のAランク候補を見極めるこの大会は注目度も高い。だからこそ儲かる面もあり、彼のような実業家がこぞって開催するのであるが。
金谷はイベントを盛り上げるべく、次の話題を切り出す。
「さらに今回は……なんと。解説に、Aランクのあの方を呼んでいます! いいですか、皆さんは本当に運が良い。この
「「「オオオオオオオ!!」」」
客席からひときわ大きな歓声が上がった。プラネットの頂点たるAランクが、もう一人来る。しかもその中でもトップクラス。という事は……? 期待感が否応にも高まる。ああ、今日ここに来て良かった!
「さっそく紹介しましょう! 本日のゲスト……Aランク”1位“! 『Z』さんです!!」
高らかに、頂点たる男の名がコールされた。ステージの両端からスモークが焚かれる。そして煙の中から、「最強」が姿を現した。
会場が静まり返る。
そのまま2秒、3秒。
やがて何人かが、声をあげた。
「「ああ…………」」
白けた声だった。それから会場中にひそひそ声が、さざ波のように広がってゆく。
「なんだ安田か……」「また安田だ」「いつもと同じじゃん」「ついにnozomiさん見られるのかと思って期待しちゃったよな……」「あっそれ俺も」「俺もだ」
潮が引くように盛り下がっていく会場。
それと同時、周囲の喧騒の中で、一色葵もまた大いに首を傾けていた。
「鋭一……。あのひとは、一番強い……? あれ??」
目に見えて困惑している。無理もない。『Z』は葵に「人を殺したことがある?」とまで言わしめた存在……のはずなのだ。
なのに、現れたチャンピオンは量販店のシャツに、ジーンズ。あまりにも、どこにでもいそうな黒髪の青年。
鋭一には、彼女の言わんとするところが手に取るようにわかった。
「だから前にも言っただろ。あの人は、ヒトを殺したりなんてできない。そんで……まあ、ああいう人だよ」
鋭一はそう答えるしかなかった。初めて「安田君」を見る者は多かれ少なかれ、同じような感想を抱くだろう。
壇上では、見かねて金谷がマイクを取る。
「おいおい皆さま、『最強』がここに居るのにそれは無いんじゃないの? 安田君だってお金払って呼んでるんですからね」
「お前まで安田って言うなよ!」
すっかりスモークの晴れた壇上で、安田……いや「Z」は口を尖らせた。
「くそっ、やっぱ俺ってキャラ薄いのかな。1位のオーラ? みたいなの? 無いみたいだし……nozomiさんはいいよな、ファンクラブとかあるんだもんな」
「元気出せよ安田ー」
客席から野次が飛ぶ。
「うるせーよ! ホラ今日もこんな扱いだし。お前ら、俺が出てきた時なんつった? 『ああ……』っつったよな。それチャンピオンに対するリアクションじゃなくない? どうなの?」
「まあまあ。チャンピオンなら堂々としてろよ」
金谷が肩に手を置いてなだめてやる。だがまだ安田は不服そうだ。
「なんか最近さあ、俺が負けそうなほうが試合盛り上がるんだよね……。人気ないのかな」
「そりゃお前が勝ちすぎるからだろう」
「どうせ俺なんて、勝つ事しかできない男さ……」
安田はため息を
このままだと大会が進行しそうにない。金谷はパン、と一度手を打ち、無理やり進める事にした。
「ハイ、じゃあ安田君から、開会の言葉を頂きたいと思います! みんなも応援してあげて!!」
すると客席から、徐々に声が上がってくる。
「頑張れ安田―」「なんかいい事言えー」「俺たちがついてるぞー」
安田は顔を上げた。彼は肩をいからせながら金谷からマイクを奪い取り、大きく息を吸い込む。眼が据わっている。
そして叫んだ。
「うっせ――バ――カ! 大会でも何でもさっさと始めろ! そんで俺んとこまで来い! さっさと来い!! お前ら全員フルボッコにしてやっからな!!」
それが開会宣言になった。
選手たちや、観客の中からは「何だと安田ァー」「やってやらあー!」という叫びが上がる。会場は歓声とも怒声ともつかない様々な声で満たされ、結果的には大いに盛り上がった。
ランキング1位『Z』――本名、安田
彼はどこにでもいる、親しみやすく子供っぽい「ゲーム好きのお兄さん」なのだ。
葵は首を傾けたまま呆然と壇上の安田を見つめ、口も半開きになっている。あの一色葵にここまでのリアクションを取らせる人間は珍しい。
「鋭一、ほんとに、ほんとに強い……?」
「ああ、すっげえ強い」
ただ、動画で葵が見た実力、それは嘘ではないのだ。鋭一は自信を持って肯定した。
「……そう」
「いいから、組み合わせ見に行こうぜ」
葵の背中を押しながら、鋭一は壇上を振り返る。
未だ一部の観客とギャーギャー言い合っている安田。しかしあの男こそが紛れもなく、このゲームの戦いを極めた王者なのだ。
何人かの視線が、同じように安田を見ている事に鋭一は気が付いた。
彼の「俺んとこまで来い」という言葉を本気にした者たち。その中には……あの天野アカリの姿もあった。
鋭一がアカリのほうを向くと、彼女も気づいたようで、ぱちりとウインクで視線を返した。あざとい反応にドキリとするが、彼女の言いたいことは、こうだ。
――「「頂点に行くのは、自分だ」」
アカリは鋭一に聞こえないように、小さく呟いた。
いや。きっと鋭一も、同じことを考えているだろう。
二人の思考が重なる中……大会が、始まろうとしていた。
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