Round3 頂点を目指すものたち、あと安田
A3-1
大会、当日。
鋭一が待ち合わせ場所の駅前にたどり着くと、そこには余りにも可憐な美少女が待っていた。
水色のワンピースに白のカーディガンという限りなく清楚な服装。斜めがけの小さなポシェットもよく似合っている。
まるでマネキンのように、僅かたりとも動かず待っていた黒髪の少女……一色葵は、鋭一の姿を認めるとピクリと反応し、顔を上げた。
「鋭一」
表情はいつもの笑顔だが、普段と違う服装というだけで妖精かと見紛う愛らしさだ。
彼女は人混みを縫い、魔法のようにするすると接近してきた。なるほど妖精は魔法を使うという。
「……鋭一?」
「あ、ああ。おはよう、葵」
スカートの裾がふわりと揺れるのに目を奪われ、思わず返事が遅れた。
アバターのデザインセンスも良かったが、私服も可愛いものを選んでいるのだろうか? 靴も女の子らしいパンプスを履いているし、正直こういった格好をしてくるとは思っていなかった。
「鋭一。今日は大会だから、たくさん遊べる……?」
「……えっと、そうだな。勝てば勝つほど、たくさん戦える。楽しみか?」
彼女がいつもと同じ声で喋っているだけでも、何か違うように感じてしまう。
「うん」
こくりと、葵は頷いた。物凄い威力だ。思わずたじろぐ。
普段通り会話すれば良いだけの筈なのに、どうしていいかわからず鋭一は葵から目を逸らした。すると
「オイオイ鋭ちゃんよォー、別にオメーのためだけに着飾ってるワケじゃねーんだぞ葵ちゃんは」
色々とぶち壊しにしながら、女子高生社長が現れた。
相変わらず極端に短いスカート。今日の服装は胸元もざっくり開いており、ネックレスが見えている。実に彼女らしい格好と言えた。こちらはこちらで目を逸らしたくなる。
「葵ちゃん、おはよ。ちゃんと買った服、全部着てきたね! かわいいかわいい」
「うん」
珠姫に頭を撫でられながら、葵はポシェットからいそいそと煎餅を取り出した。格好は変わっても、持っているものは変わっていない。強いて言うなら、ポケットに入れている時より包装が綺麗だった。今日は七味のかかっているものだ。
「というわけで、あたし達は昨日、お買い物デートをしていたのだ」
「ああ、それで『一人で練習してろ』って言われたのか……何だよ二人だけで」
「まー、たまには女の子同士でお出かけとかしてみたくてさ」
珠姫は得意げに胸を反らす。
「今日は、他の
「メディア戦略ってやつか? まったく周到だな」
そう。今日の大会は、プラネット全体でもそこそこ珍しい「リアルイベント」だ。つまり、ネットワーク上での開催ではなく、物理的な会場に人を集めて行うという事である。当然、出場する
ネット対戦を基本とするプラネットにおいては特殊な形式といえるが、例えばバーチャルアイドルのコンサートでも、ホールに人を集める事はある。
盛り上がりの面から言っても、リアルで人間を集めて開催する意味はある……というのが主催者であるゴールドラッシュの考えのようだ。派手好きの彼らしくもある。
一応、試合はネットワーク観戦も可能なようにはなっている。だがやはりこの大会の醍醐味は生観戦で、戦っている最中のプレイヤー本人の様子、動きなどを、同じ空気を共有して味わうことだ。
「もちろん、見た目だけ良ければいいってモンでもないけどね。ちゃんと練習してきたかい? 平田プロ」
「まあ、やれるだけの準備はしてきたよ」
「なら良し。じゃあ、行こうか」
珠姫は葵の手を引いて歩き出し、葵は鋭一の服の裾を握った。つられて鋭一も歩く。会場となるアリーナは、ここからそれほど遠くない。
***
今回のチャレンジトーナメントは、三日間に分けて行われる。
まず本日土曜に、開会式と予選会。
そこで勝ち残った八人が、翌週土曜の本戦に進む。
その日に残ったベスト4はホテルに泊まり、日曜に準決勝と決勝が行われる。
とにかくまずは、今日の予選を残らなければならない。
鋭一たちが到着すると、既に会場は盛り上がりを見せ始めていた。
プラネットを模して床に赤茶色の絨毯がひかれた観戦スペースでは、出場者名簿の載ったパンフレットを持った観客たちが、口々に注目選手の名を挙げて語り合っている。
「オイ今回、けっこう凄いな……『山本
「そうそう、それヤバイよな」
Aランク予備軍と言われる今大会の出場者たちは、不動の強者であったり成長株であったり、バラエティに富んでいる。安定しているAランクよりBランク上位のほうが面白い、という声もあるほどである。
アイドル活動を行い、ビジュアル人気も高い新鋭「AKARI」。
本人がリアルでも格闘家である実戦派、優勝候補筆頭と言われる「山本道則」。
VR上の格闘流派『
トーナメントの組み合わせは未発表だが、それを想像するだけでも夢が膨らむ豪華なメンバーだ。
しかも「リアルイベント」である今大会では、それに加えて特別なお楽しみがある。有名
語り合う観客たちの一部が、にわかに騒ぎ出す。
参加受付に、顔のよく知られた人物が現れたのだ。
その有名人とは……女子高生社長・最上珠姫。
「『プリンセス』……! って事は後ろのはモストの連中か?」
「あっ、男のほうはネットニュースで見た事あるぞ。A1だろ、サドンデス王者……! 出るのか? 最近はデュエルもやってるらしいからな」
周辺の目が、すぐに彼らに集まった。高校生くらいの、男女3人の集団だ。そう、プリンセスとA1、それ以外に……もう一人いる。
「おい、あと一人女の子いるぞ。モスト絡みで、っていうと……」
「多分そうだろ、いつもA1と一緒にいるって噂あるし……」
「え? マジで? あの子がそうなの?」
「「「ゴースト・キャット……!」」」
彼らの目線の先には、水色のワンピースを身につけた黒髪の少女の姿があった。
「あんな大人しそうな子が……」
「いや、でも目のあたりとかそれっぽくない?」
「か、かわいい」
少女は小柄かつ物静かで存在感が希薄だが、その表情には確かに噂の「ゴースト・キャット」を思わせる面影があった。
「……うわあ、なんか注目されてんなあ」
多数の視線を向けられ、鋭一は不安になってきた。自分はいい。葵の首がだんだん傾いてきたのだ。
「葵。わかってると思うけど、このへんにいるのは敵じゃなくて観客だからな? ほら、落ち着いて……」
慣れない景色に戸惑う葵をリラックスさせようと、鋭一は背後から葵の目を手のひらで覆い、目隠ししてやった。周りに沢山の人がいるという事を少しでも忘れさせてやりたいという、親切心だった。
しかし、それは裏目に出た。
葵の反応は素早かった。視界が塞がれたのとほぼ同時に体が動いていた。機敏な足捌きでくるりと反転、スカートがふわりと舞う。そのまま瞬時に突き出された二本の指が鋭一の眼球に迫る! それを鋭一は片手でなんとか払った。
「うおおお!? 久しぶりに出たな! 俺、何かマズい事した!?」
「……奇襲されたかと思った」
「奇襲っていうのは今、俺がされたような事を言うと思うんだが」
そのやりとりに、周囲はさらにざわついた。生身でこれほどの動きができる少女、それに反応して捌く事ができる少年。どう見てもただ者ではない。
鋭一はしまったと思った。さらに注目を集めてどうする。これ以上、葵を緊張させるのも良くない……。
が、直後、状況が変わった。
彼らとはまた別の方向から、大きな歓声が上がったのだ。
「おい、見ろ!
「えっ? 素顔出してんの?」
性別不明とすら言われた、謎の配信主が現れた!
あたりはにわかに騒ぎ出した。人々は指を差し、そちらへ押し寄せた。
そこで彼らが見たものは。
キリンのかぶりものを被った、あからさまな不審人物だった。
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