A2-4

 ――しかして、その翌日。

 葵の期待は、早くも実現することとなった。


「出たなゴースト・キャット! また会ったわね」

「出たのはそっちだろ……」


 当たり前のように現れた天野アカリに、鋭一は力なくツッコんだ。


「次に会う時は……とか言ってなかったっけ?」

「つ、次が今日じゃ問題ある!? 嘘ついてないもん私!」

「やった、ほんとに来てくれた」


 ツッコむ鋭一、反論するアカリ、ただ喜ぶ葵。

 アカリは今日も、VR個室に入ろうとする二人に強引についてきたのだった。


***


 ――「プラネット」の練習ステージにて。

 A1とアオイは組み手の特訓を開始する。AKARIは距離を置いて見守る形だ。


「……あっ、今の。鋭一、いいと思う」

「マジか!?」


 プラネットの練習ステージで、A1はガッツポーズした。


「うん。五十点くらい」

「……思ったより厳しい! でも、そうか。できてたんだな?」


「実戦で使わないと、わからないけど……今のなら大丈夫」

「よっしゃ。これさえ身に付けば、デュエルでも大分戦いやすくなるだろ。ちょっと休憩したら、ランキング戦で試すかな!」


 鋭一は心地よい疲れとともにゴーグルを脱いだ。視界がリアルの、個室の風景に切り替わる。すると、壁にもたれるように立って見ていたアカリが口を開いた。


「へえ。A1……さん。今はそうやって……二人で、レベル上げするのね」

「ん? ああ。葵と特訓するのは、実際ためになるよ」


 鋭一が笑いかけると、彼女はムッとしたように頬を膨らませる。


「そう。……なら、私も混ぜてもらっていい? ねえ、葵ちゃん。昨日のリベンジ、させなさいよ!」


 好機を得たり、とばかりにアカリは葵に人差し指を突きつけた。

 すると葵は何を勘違いしたのか、ピースサインを前に倒してアカリに向ける。

 向かい合う一本指と、二本指。そして葵は顔をほころばせた。


「うん。あかりちゃんも、遊ぼ」

「チッ。余裕見せちゃって。今日は本気だからね!」


 そして意気揚々と彼女らはVR空間に潜り――



 [FINISH!!]

 [WINNER AOI]



「っあ――――! 何でよ!?」

「やった」


 アカリは地団駄を踏んで悔しがり、葵は嬉しそうにぴょんと跳ねた。

 レギュレーションは、今日もサドンデスだった。一発勝負のサドンデスだと奇襲技を持つ葵が有利とはいえ、連敗はアカリとしてもショックなようだ。


「覚えてなさいよ……!」

「む、むう」


 ゲームに負ければ悔しい。とても悔しい。アカリはギロリと葵を睨み、葵は珍しく押されて一歩後退していた。


***


 ――そのまた。翌日。


 A1とアオイの特訓は続いている。

 掌底を構えたA1が近づく。至近距離に迫ったか、というところで……


 キュッ


 アオイが突如、真横に跳んだ。墨式『ながれ』か――?


「しまっ……!」


 突然視界の外に逃げたアオイを、A1は見失う。

 だがアオイは、やはり着地が不完全だった。移動後の足どりがよろける。その隙にA1はアオイの姿を発見し、素早く掌底を決めた。


「……っ、くう」


 攻撃を受けたアオイが珍しく唸る。その様子を離れた距離で見ていたAKARIは、なぜか自慢げに、ふふんと鼻を鳴らした。


「まったく。A1さんの攻撃をマトモにかわそうなんて、甘いのよ」

「むー。どうすればいいんだろう……」


 考え込むように猫耳を寝かせるアオイ。彼女は少しそうした後、ぴょこ、と耳を持ち上げた。耳の先が、AKARIのほうを向いている。


「むー……むう」


 アオイはAKARIに一歩踏み出しかけ、しかし足を戻した。


 その様子に、A1は苦笑し、息をひとつついた。アオイはきっと……AKARIともっと話したいのだ。ならば、ここは自分の出番だろう。


「なあ」

「え、私?」


「うん。葵の動き、どう思う? 直接相手してた俺より、外から見てた方が気づくこともあるんじゃないかと思って」

「はぁ? し……仕方ないわね。今回だけよ」


 AKARIは少々あからさまに不満そうに……しかし、A1には素直に従う形で口を開いた。


「そりゃー、さっきの動きは良かったわよ。でも着地のタイミング、まだ自分で分かってないんじゃない? 『レベル上げ』が足りないのよ『レベル上げ』が」


「! ……ふんふん」

「ほう、流石」


 アオイはその言葉にぴん、と耳を立てる。A1も彼女の言葉に同意した。


「私が見る限り、ちょっとスキル使うのが早いわね。つまり……」


 A1に褒められて調子を良くしたのか、彼女はそのまま語り続けそうになった、のだが。


「……じゃないわ! 何で私、散々負けた敵に、こんな親切にアドバイスしてんの!? こっから先は自分で考えなさい!」


 AKARIはここでハッと我に返り、頭をかきむしる。自慢の滑らかな髪が乱れた。


 A1は「あちゃー」とため息をつく。アオイからすればショックだろうか?

 しかし急に反発的になったAKARIにもアオイは、


「うん……あかりちゃん、ありがとう」


 そう言って、行儀よくぺこりとお辞儀した。どこまでも純粋で、素直。その無垢なリアクションに対し、AKARIは、どこかむず痒そうに頬を掻くしかなかった。


***


 ――さらに、そのまた翌日。この日は土曜日で学校はない。

 いつもより早めに集まり、今日も特訓だ。


「はい、A1さんはコーラ。葵ちゃんは、お煎餅には緑茶でいいのよね?」

「あ、うん。なんか悪いな……わざわざ」

「ふん。私の女子力ナメないでよね?」


 ツインテールの少女は、ドリンクバーから運んできたグラスを他の二人に平然と配る。


「……ふう。なかなか数日で劇的に上達はしないモンだなあ」

「うん……でもわたしは、鋭一と毎日遊べるから、楽しい」

「ホント、息を吐くようにノロケられるのね、アンタら……」


 午前中の特訓を終え休憩する二人に、ため息とともにコメントする声。


「い、いや別に俺はそんなつもりは」

「むー? 鋭一、楽しくない? わたしは楽しいよ。本当だよ」

「こ、こいつら……。ますます、大会で負けたくなくなってきたわ」


 三人はいいかげん慣れてきた様子で言葉を交わす。


「――ていうか」


 そこで鋭一が、口を挟む。すっかり馴染んでしまっていたが。そういえば――




「何かわかんないけど毎日いるよね!?」




 盛大なツッコミが、VR個室にこだました。

 そうなのだ。アカリは結局初めてここを訪れてから、毎日欠かさずやってきている。


「え、今さら気づいたの? A1さん、記憶力大丈夫……?」

「鋭一は、記憶力が心配だから……」


 アカリは葵の真似をするように、首を傾けた。


「なんかいつも意味深な感じで去ってくから、次は大会で会うのかなって毎回思ってたんだけど。もしかして、ヒマなの……?」

「失礼ね、ヒマなわけないでしょ!? まったく……アイドル何だと思ってんの」


 アカリは人差し指を立ててチッチッと振ると、当たり前のように鋭一の隣に腰を下ろした。


「なら何で毎日わざわざ……?」

「えッ!? 何でって、それは……その」


 アカリは急に戸惑うように慌て、目線を横に向けた。彼女の真横には鋭一。その奥には、葵がいる。アカリは一瞬葵に目を向けた後、目の前の鋭一に視線を戻す。

 そして何か思うところがあるように、しばらくじっと、鋭一を見た。


「な……何だよ」

「私が、ここに来てるのは――」


 アカリは声のトーンを落とし、鋭一だけに聞こえるように話そうとした。こっそり、顔を近づける。距離が近い。吐息の温度を感じ、鋭一が身をこわばらせる。


 しかし。


「んー。…………やっぱ、ナイショ」


 アイドルは立てた人差し指を口元に当て「秘密」のポーズをとる。……妙に、色っぽい。思わずドキッとしかけて鋭一は首を振った。

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