A2-3
「え、ええと……生身では初めまして。天野アカリです」
マスクと帽子も取り、アイドルの素顔をあらわにしたアカリは一応の挨拶をした。
意志の強い大きな瞳に、綺麗な栗色のツインテール。紛れもない美少女だ。
「A1……平田鋭一です。な、何でこんなとこに……?」
「そりゃ、A1さ……じゃない。アンタらがいるって噂を聞いたからよ!」
が、丁寧だったのは最初だけ。彼女は語気を強めてすぐにプイと横を向いた。
「そ……そういえば百道も来たことあるとか聞いたな……。噂になってるのかあ」
アカリは鋭一たちのいる5号室に勝手に上がり込んできていた。断る隙も与えてはもらえなかった。なかなか強引な子である。
「アンタらも大会、出るんでしょ? こっそり偵察のつもりだったけど、こうなったら堂々と見学させてもらうわ」
「ほ、ホントに堂々としてやがる……。まあいいか、葵もきっと喜ぶし」
「――へ?」
喜ばれる、などという可能性は微塵も考えていなかったのだろう。アカリは不意を突かれたような声を出した。
だが鋭一の予想は、当たっていたのである。壊れたドアの外から、カチャカチャとせわしない音がする。
アカリは廊下を覗く。そこにいたのは――三人分のドリンクを乗せたトレイを頭の上に乗せ、くるくると回転する一色葵の姿だった!
「う……うえェエ!?」
狼狽するアカリ。無理もない! 葵はそのまま頭を突き上げてトレイをふわりと浮かせ、サマーソルトのように身体を縦に一回転させると、滞空していたトレイを両手でキャッチした。ドリンクは無事!
「……おまたせ、しました」
そして部屋にたどり着くと同時に一言つけ加えた。
「ほら、喜んでる」
その様子を指して、鋭一はこともなげに言った。アカリはドン引きした。
「な、なにこの子……?」
「え、な、なんだろう……」
説明しようとして、鋭一は言葉を詰まらせた。暗殺拳の継承者、なんて簡単に言えるものではない。
「まあ、超強い女子高生、かな……?」
「へ……へえ」
アカリは眉をひそめ、生返事を返した。そこへ、ドリンクを置いた葵がトコトコと近づいてくる。彼女はどことなく、そわそわしているようだった。
「あかりちゃん……ですよ、ね」
葵はごそごそと制服のスカートのポケットをあさり、何かを取り出した。それは彼女なりのお近づきのしるし。好物でもある、煎餅だった。今日はカレー味。
「あの、えっと……葵、です」
そしてもじもじと、アカリに煎餅を手渡した。その様子は、先日サインをねだってきた猫耳の少女と重なった。
「よろしく、です」
葵はぺこりと頭を下げた。アカリはなんとか平静を保とうとした。が……このアイドルの心中は、穏やかではなかった。
(ホ……ホントになんなの、この子……!?)
(か…………)
(可愛いじゃん!!!)
涼しげで整った、美しい顔立ち。幼さの残る表情。小柄で細い身体をそわそわと揺らし、落ち着きがないところもまた愛らしい。
「ああ、こちらこそ、よろしくね……?」
返事しつつ、思わず目の前の頭を撫でそうになったのをアカリは耐えた。この可愛さに屈服してなるものか!
アカリからすれば、可愛い女の子というのは皆ライバルである。アイドル「AKARI」は世界一可愛くあるべきであり、そのための自分磨きを怠ったことはない。
「ふ……ふうーん。なるほど。可愛らしい『彼女』さんですね?」
アカリは鋭一のほうに向きなおった。プラネットでA1が言っていた「彼女」というのは本当のようだ。
「え!? ああ、うん」
人前で彼女を可愛いと言い切るのも恥ずかしく、鋭一は口ごもる。
「サドンデス王者……アナタのことは、その、認めてたのに。今や女の子にかまけてるなんて……大丈夫なのかしらね?」
なぜだかやたらと気が立って、アカリは挑発的な物言いをした。だが鋭一の返答は、少し予想外なものだった。
「いや……それはどうかな」
「は?」
「マジで凄いんだよ、葵は。一緒にいたほうが、きっと俺は強くなる」
「なっ……。ず、随分堂々とノロケるのね、まったく!」
やはり以前のA1とは、違う。その違和感はアカリの胸の内をチクリと刺した。
アカリは無意識に拳を強く握り、葵に視線を移す。葵は鋭一の隣で控えめにちょこんと座っており、先ほどドアから吹っ飛んできたのと同一人物にはとても見えない。
「なら、その凄さ……見せてもらおうじゃん」
アカリは目つきを鋭くし、部屋にあったゴーグルを掴んだ。
「葵ちゃん、だっけ。一戦どう? 私が軽く、遊んであげるわ」
「――! あかりちゃん、遊んでくれるの?」
「ぐッ」
すると葵は、無邪気に喜んで自分もゴーグルを手に取った。そのリアクションが可愛くて、アカリはうろたえる。いやいや。負けてなるものか。
「そう……遊びましょ。アンタだけじゃない。私だって……『超強い女子高生』よ!」
――そして闘技場に、二人の戦士が降り立った。
黒のコスチュームを身にまとった黒猫のアバター、アオイ。
白のステージ衣装を身にまとったアイドル、AKARI。
(彼女だか何だか知らないけどね……私だってずっと、A1さんを見てきたんだから)
赤茶けたプラネットの大地に、両者は向かい合う。
(今度は私が、見せる番。そう。A1さんには……こっちを見てもらう!)
[SUDDEN DEATH 1on1]
[READY]
鋭一の提案で、対決ルールはサドンデスにすることになった。
大会を控えているというのに、あまり葵の手の内を見せるのも良くない。先にどちらかが一撃を当てたら終了。これは、あくまで簡単な手合わせだ。
システムからの合図に、二人は構えを取った。アオイは両手を下げて脱力。AKARIは片手を腰に当て、もう片方の手は前に。親指と中指を合わせて静止した。
そして――
[FIGHT!!]
試合、開始――と、同時!
AKARIが、前に出していたほうの手をスナップし、小気味良い音を鳴らした。
「いくよ。ミュージック……スタート!」
彼女の声に合わせ、大音量の「虹色Sub-Misson」が戦場に鳴り始める。
これは、スキル〈サウンド〉。BGMを変えるだけという、無意味スキルとも言われるものの一種であるが、これがアイドル・AKARIの戦法の核となる。
「う、歌……?」
初めて出会うスキルにアオイがわずかに動揺する。その隙をAKARIは逃さない。
「いち、にー……さんッ」
この曲は、AKARIがいつも歌い踊っている曲だ。
この曲のことなら誰より知っている。
人が動くとき、そこには必ずリズムが存在する。AKARIはこのリズムでなら常に最適に動くことができる。では、慣れないリズムを押し付けられた相手は? 当然、動きづらいはずだ。
(やっぱり。この子……どう見てもゲーム慣れしてない)
隙を見せたアオイを見て、AKARIは即座に分析する。
(百道に勝った試合だって、A1さんのアシストがあったからよ。本人がそんなに強いわけない!)
リズムに合わせ、AKARIは突撃した。左右に体を振って、フェイントを交えたタックル。腕でも、脚でもいい。捕まえれば彼女の勝ちだ。AKARIはアオイの右方向から手を伸ばそうとし――
目の前に迫った、二本の指に貫かれた。
「…………えッ!?」
ゾクリ、と背筋を悪寒が走る。目の前の黒猫から、突然に殺気が膨れ上がる。それとほとんど同時にアオイは目潰しを繰り出していた。
――
[FINISH!!]
そして、この試合はサドンデス・ルールだ。戦いはここまでである。
なす術なく爆発した自分のアバターを確認し、天野アカリはゴーグルをはずした。
「は……はは……」
強い。
一色葵は可愛くて、しかも強い!!
まるで……まるで、自分の目指す『
「どうだ? ヤバイだろ、葵」
「い……いやいや。今のはちょっと手加減しただけだし?」
同情するように苦笑いする鋭一から、アカリは目をそらした。
多少ナメていたのは間違いないが……なるほど「ゴースト・キャット」。本物だ。
アカリは認識を改めるとともに、対抗心がメラメラと沸き上がるのを感じた。元来アカリは闘争心の強い性格である。
勝った葵は、どうだろうか? たいしたことない相手だと思われただろうか? 悔しさとともに、ゴーグルを脱いでいる葵のほうを見る。
葵は放心するように、思わず空中に呟いていた。
「あかりちゃん……つよい……!」
「へ?」
意外なリアクションに、アカリは間抜けな声を漏らした。
「おお、強かったか?」
「うん。わたし、完全に……崩されてた。『
鋭一が聞いてみると、葵は素直な感想を言った。
「あと……」
「あと?」
「やっぱり、かわいい……!」
葵は目を輝かせて、追加でそう言った。
「かわいくても、目は潰すんだな……」
鋭一は複雑な表情で目を伏せた。戦いに関しては容赦なし。流石は葵、それでこそ葵だ。
しかしその目を潰された、当人は。
「そ、そんなにかわいい……かな?」
「うん、かわいい」
先ほどまでの闘志はどこへやら、だらしない笑みを浮かべて頬を掻いていた。
アカリは確かに闘争心、対抗心の強い性格ではある。しかし、それはそれとして、人から褒められれば嬉しい。「褒め」というのは、それほどまでに極悪な力を持っているのである。まして、葵にあの顔で言われてしまっては。
が……! アカリはパチンと両頬を叩いて表情を締めなおした。このような感情に流されては、『
「……っと! 私がカワイイなんて、とっくに知ってるわよ! そんな手で私を油断させられると思わないことね!」
「むー。ほんとうなのに……」
アカリはため息をひとつつき、葵のほうを睨みつつ立ち上がった。
「今日は帰るわ。アンタの技は、もうわかった。次に会う時は、かわいいなんて言う余裕、与えてあげないからね」
ビシリと葵に指を突きつけると、ドアを開けてアカリは帰っていった。
が、当の葵は
「次に……会う……。また、きてくれるかな?」
あくまでどこか嬉しそうに、見送るのだった。
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