A1-4

 アイドル・AKARIのライブは停滞していた。

 突如現れた「ゴースト・キャット」アオイに周囲の視線が集まっていた。

 そしてそのアオイと共に現れたのは……あの「サドンデス王者」だった。


「……葵!? 何してんだ?」

「わたし、なにもしてない」

「そうなの? 周りが勝手に騒いでんのか」


 A1はAKARIの視線に気づかず、猫耳少女と会話している。それがなんとなく、AKARIの対抗心に火をつけた。


「――ちょっと」


 マイクを手に、AKARIは喋りだした。あたりが静まり返る。


「私のライブの途中なんですけど! 何騒いでんの? ツチノコでも出た? いないでしょゲームん中なんだから。いやツチノコいたってダメですけどね! ライブ中ですからね!」


 AKARIは大股開きで片足を前に出しながら演説した。ミニスカートの中がきわどい。彼女にはすぐに我を忘れて素を出すクセがあった。理想のアイドルになるためには、いつか直さないとなあ……と、本人は思っている。


「ちゃんと私に注目しなさいよ! それがファンってもんでしょーよ! わざわざ来たアンタもアンタよ! 何オバケキャットって!」

「オバケじゃなくて、ゴーストだよー」


 観客の一人から、フォローが入る。


「うるさいわね知ってるわよ! で、何しにきたの? 営業妨害!?」


 AKARIは勢いよく、アオイを指さした。

 アオイはというと、大きく首を傾けている。困っているようだった。

 見たかったライブが、中断されているからだ。


「わたしは……見にきた」


 アオイは素直に、AKARIにまっすぐ視線を送る。


「かわいいから」

「えっ」


 AKARIが大げさにたじろいだ。


「なッ。だ……ダマされないわよそんなんで! そうやってA1さんも……じゃない。ええい、もう戦って決着つけ――」


 褒められて浮かれるのを必死にゴマかしながら、彼女は今一度、アオイに指を突きつけようとした。

 が、それは止められた。


「はいはいストップストップ」


 手を叩きながらAKARIの横から現れたのは、長身の男のアバターだった。


 ストライプ模様のスーツに、縁の太いメガネ。手足の長い彼によく似合っているビジネスマン・スタイル。格闘者の集いである覚醒者アウェイクたちの中において、彼の姿は異常なまでに清潔感があり都会的だ。


 ――アバター名「ゴールドラッシュ」。

 プレイヤーランキング7位。もちろんランクは、A。


 思わぬ大物の登場に、さらに周囲はざわついた。


「何よP。アンタまでケチつける気?」

「大会が始まるまで、勝手に戦うなと言ったはずでしょう。あと、僕は単なるスポンサーだ。プロデューサーじゃない」


「だいたい何で戦っちゃダメなのよ。私が負けるとでも思ってるの?」

「可能性がゼロじゃない。まして、そこのお嬢さんはデタラメに強いとかいう噂もある。万が一でも、いま君に負けられると赤字なんでね」


 ゴールドラッシュは、界隈にたまに存在する「スポンサー兼プレイヤー」、その頂点とも言える人物だ。彼は自分で戦っても7位に君臨するほどの覚醒者アウェイクだが、さらに有力な選手に出資し、囲い込む事もする。AKARIもその一人だ。


 一方、アオイはもう九十度に近いくらいの角度で首を傾けていた。目の前の二人は何やら言い争っているようだ。そのせいか、結局ちっともライブが始まらない。


 一方で、A1は露骨に顔をしかめた。ゴールドラッシュは、かつて彼にデュエルの「壁」を思い知らせた張本人でもある。


 とにかく、どうにもその場はまとまりそうになかった。ライブは終了だろうか。周囲に集っていた群衆も解散しかけた、その時。

 さらなる登場人物がその場に現れた。


「はいはいストップストップ」


 わざとらしくゴールドラッシュを真似て手を叩きながら歩いてきたのは、豪奢なドレスに身を包んだ、金髪のお姫様。


「……社長」


 A1が反応した。そう、彼女は彼にとっての社長。アバター名「プリンセス」……最上珠姫その人だ。


「……姫ちゃんじゃん」


 続いて反応したのは、ゴールドラッシュだった。


「何だよ、来るなら言ってくれればいいのに! いや、今からでも。これでようやく提携の話ができる。とりあえずログアウトしてどっかの喫茶店でも」

「うるせー、誰が姫ちゃんだクソメガネ」


 フレンドリーに話しかけた青年実業家に、「プリンセス」はこともあろうに中指を立てて返事した。モストカンパニーを経営し、プラネットを地盤に事業を展開する彼女にとって、目の前のクソメガネは商売敵と言っていい存在だ。


「まあ、話はだいたい聞かせてもらったわ。『大会』ね。それなら――」


 しかしプリンセスはすぐに社長の顔になり、何やらゴールドラッシュと会話を始めた。話が上位者のほうに移ってしまったため、結局AKARIたちは放置されてしまったのであった。


 その隙をついて、AKARIはA1たちのほうへ近づく。彼女としてはどうしても会話しておきたい相手がそこにいた。少女の瞳が抑えきれず輝いていることに、サドンデス王者は気づいていない。


「――ねえ。あなた、もしかしてA1……さん?」

「そ、そうですけど」


「ほ、本物……ですか?」

「え? ほ、ホンモノですが」


 まさか自分がアイドルから話しかけられるとは思わず、驚きつつA1は返事した。しかしAKARIのリアクションはそれ以上だ。彼女はA1に実体があるか確かめるかのように肩を撫で……いけないいけない、と慌てて手を離す。


 A1は知る由もない。目の前のアイドルが、自分から強く影響を受けていたなどとは。


 AKARIは身をかがめ、上目遣いにA1を見ながら一歩、二歩と近づく。ついつい、あざとい仕草を取ってしまうのはアイドルとしての職業病か、はたまた別の感情ゆえか?


 少女は抑えた声で、A1に聞いてみる。ここしばらくずっと……気になっていたことを。


「その子……タッグ組んでた子ですよね? ど、どういう関係なの?」

「えっ」


 A1はますますたじろいだ。公衆の面前で聞かれるのは、そういえば初めてだった。だがアオイを前に、ウソをつくわけにもいかない。下手なことを言えば、自分に目潰しが飛んでくるかもしれないのだ。A1はぼそぼそと答えた。ありのままの、事実を。


「その……いわゆる『彼女』です、けど」

「は……はァ!?」


 すると、今度はAKARIがたじろぐ番だった。まさか、と思った。確かにあの生配信でも、試合後にA1は抱き着かれていた。だが……あのストイックで知られるA1に、彼女、だなんて。


 AKARIは思わず首を動かし、アオイに視線を向けた。


(ま、マジで『彼女』? あのA1さんの? し、信じられない……)


 殺気すらこもっているのではという視線。それをゴースト・キャットは……後頭部で、敏感に感じ取った。


 アオイの頭部の猫耳が、ピンと立って反応した。顔を上げ、くるりと振り返る。AKARIと目が合う。「暗殺者」の目が、アイドルを捉える。


「……っ!? 何、この子……? や、やるなら相手になるわよ」


 つい好戦的に返すAKARI。そこへアオイはスッ、と一歩近づく。足音もなく移動するその姿からは、彼女が尋常な存在でないことがすぐに伝わった。


 二人の少女の間に緊迫した空気がみなぎる。A1は何か言おうとしたが、思わず口をつぐんだ。アオイの動きには、何か目的や……意思のようなものが感じられた。


 ざわ、とAKARIの肌が震える。この黒猫は、何をしに近づく? A1に触れたのを見られたか? 彼女として、嫉妬……十分ありうる。


 アオイはさらに一歩前へ。いよいよ距離が近い。AKARIが身構える。そして黒猫の少女は、その小さな唇を動かし……伝えた。ここへ近づいた、彼女の目的を。



「サインを、ください」



「えっ」


 それが、アオイの望みだった。さっきAKARIを見た、最初からの。

 AKARIは数秒ほども返事するのを忘れた。完全な不意打ちだった。


 それから、ハッと我に返る。言われた言葉を確認する。そして考える。

 アイドルが、サインをください、と言われたらどうするか?


 断る選択肢が、ないではないか!


「わ、私の可愛さがわかるなんて……な、なかなか話のわかるコじゃない!」


 結局、態度を一変しAKARIはペンを取り出した。

 これはアバターに持たせることのできる、特殊アイテムのようなものである。空中に筆を走らせると、虹色の筆跡が世界に一つのサインデータとして保存され、アオイにプレゼントされた。


「それは取っておきなさい。でも……いつか、決着はつけさせてもらうからね!」


 サインをもらってほくほくしているアオイに背を向け、AKARIは一方的に、どこか締まらない宣戦を告げることしかできなかった。


***


 ――その、晩。


 ログアウトした天野アカリは、またしてもベッドで悶えていた。


「な……なんでケンカとか売っちゃってんの、私……?」


 うつぶせの状態で頭をかきむしる。綺麗な栗色の髪がほどける。


「あっちの子とばっか喋ってないで、A1さんと話すことだってできたじゃん……!」


 寝返りを打つ。右。


「そ、そしたら、もしかして、仲良くだって――」


 左。


「あっ、ち、違う。あくまで参考にするためだから。もっと強くなって、理想のアイドルに近づくための――」


 ぼふん! と両足をベッドに叩きつける。言い訳を口にしてみても、彼の顔が頭から離れない。そういえば肩にも触れてしまっていた。この手で、この右手で――


 自らの手を眺める。VRの中の出来事といえど、その感触は確かに残っていた。

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