Round2 開幕! チャレンジトーナメント

A2-1

 天野アカリは他人に憧れない。


 彼女が憧れるのは――『完全なる戦歌姫パーフェクト・ディーヴァ』AKARIに対してだけだ。


 完全なる戦歌姫パーフェクト・ディーヴァというのは、彼女が「完成した理想の自分」に対して自らつけた称号である。これを名乗れる存在になるのが、アカリの目標だ。


 全身が輝かんばかりの眩いルックス。一挙手一投足が愛嬌に溢れ、彼女が手を振ったり、ウインクしたり、投げキッスするたびに周囲の人々は魅了され、癒され、元気になる。


 彼女は歌もダンスも、アクションさえこなす。ルックスやキャラクターで愛されるだけでなく、クオリティでも見る者を唸らせる存在だ。


 キャラクターが愛されるからこそクオリティを見てもらえ、クオリティで魅せるからこそキャラクターが愛される。

 美と質を両輪として君臨する存在。


 ……と。単にアイドルとして天下を取るならば、ここまででも十分すぎるところだろう。だが、アカリとしては『完全なる戦歌姫パーフェクト・ディーヴァ』にもう一つ、求めたいものがあった。



 それは、強さ。



 最高に可愛くてカッコいい女の子に、強くあってほしい。何も不思議な願望ではない。これまでも数々のフィクションで描かれてきたヒロイン像だ。

 守られているだけではカッコがつかない。自らの力で、立ちはだかる者を打ち伏せる。その時、少女は「絶対的存在」に辿り着く。


 まさに理想。


 この完璧な偶像アイドルこそが、アカリの目指すべきものであり、そのビジョンは明確に見えている。だから、彼女が他のものに憧れる必要はない。


 憧れは、人を自らの上に置く行為だ。そんな事をしていては、アカリは「絶対的存在」に辿り着けない。どれほど素晴らしい存在が目の前に出てきたとしても、一番上はAKARIだ。


 だから、彼女も認める、学ぶべき他人が現れた場合は……あくまで「尊敬」することになる。「尊敬」ならいい。「憧れ」はダメだ。


 例えばあの「A1」のような、見えないところで努力を重ねて成長し続ける存在は尊敬に値する。ああいうふうに自分も、理想に近づいていきたいのだ。


 最も綺麗で、歌もダンスも上手いアイドルになら、なれる可能性はある。

 だが可愛くてカッコよく、かつ「最強」というのは現実の肉体では厳しいものがある。そのくらいは夢見がちなアカリにも分かる。


 だが、VRでなら、なれる!


 最高で最強の美少女。そんな規格外の存在も、ここでは許される。

 すべてを備えた『完全なる戦歌姫パーフェクト・ディーヴァ』が、手の届くところにいるかもしれない。しかも、ただ彼女を「見る」のではない。「なれる」かもしれない。


 だからアカリは、最強を目指すのだ。


 ***


「ゴールドラッシュ杯・チャレンジトーナメント?」

「そう。二人とも、出てもらうからね」


 ある日の放課後、教室にて。

 鋭一と葵は珠姫に呼び出され、ひとつの机を囲む形で座らされていた。


「大会……ってこと?」

「たいかい?」


 鋭一は半分くらい分かったというふうに、葵はまったく分からないというように揃って首をかしげた。


「おいおい似てきたかい? お二人さん。もちろんスポンサーのあたしが言うからには、拒否権はありませーん」

「いや、拒否しようってんじゃないけどさ。ちょっと早くない……? けっこう、レベル高い大会だよな?」


「基本的にこーゆーのは、早けりゃ早いほどいいモンよ? 参加枠に二人をネジこんできたあたしに感謝してほしいな~」


 女子高生社長は顎に人差し指を当て、煽情的に脚を組み替えた。


 ――チャレンジトーナメント。

 プラネット公式による大会ではないが、きちんと運営の認可を受けたイベントである。


 あくまで主催者はプレイヤーの一人である「ゴールドラッシュ」だが、勝者には正規のランキングポイントが与えられ、上位入賞すれば公式の開催する全国大会に招待されることもある。有望な選手を発掘するのも、大会の目的の一つだ。


 その全国大会で勝てばAランクへの挑戦権も得られるため、地道にネット対戦に潜るのと比べれば、頂点への最短距離といえるだろう。勝てればの話だが……。


「もちろん、あたしだって勝算なく参加させようってワケじゃないわよ? 百道に通用した二人なら、まあ大丈夫でしょ」

「あれはタッグだったから、ってのもあるんだけどなあ……。確かあの大会、Bランク限定だよな? しかも、Bで上のほうの連中も来る」


「何よ、自信ないの?」

「確実に勝てるか、って言われるとなあ……」


「鋭ちゃーん。また前の勝算病かい? いや良いんだけどね慎重なのは。でも、せっかく着実に実力がついてるのに、自分で認めないってのはどうなのかな?」


 珠姫は腕組みし、目力のある瞳で鋭一を見た。


「同レベルの地力があったとしたら、自信もってる側が強い。これは間違いないわ。そのほうが動きに迷いがなくて、速いからね。あたしはキミを信じるから、キミも自分を信じなさい。いいかな? 平田プロ」

「お……おう」


 珠姫の強引な肯定に押されるように、鋭一は首を縦に振った。褒めてその気にさせる。まったく見事な手腕である。


「それに……鋭ちゃんか葵ちゃん、どっちか優勝させてみせるってクソメガネに言っちゃったし」

「……うおォい!?」


 どうやら自分の都合もあった。鋭一たちがAKARIと話している裏で、彼らの参戦をめぐる駆け引きがあったようだ。


「簡単には参加させられないっつーからさー、大見得切っちゃったのよねー。まあ、幸い二人とも名前は売れてきたし? 大会の盛り上がりにも一役買えるってことで、納得してもらったけど」

「あ、相変わらずやり手だなあ……」


「というワケで頼むわね? 二人とも。鋭ちゃんもさあ、いつかはあのメガネと再戦……したいでしょ?」

「それは……その通りだな。まあ、参加するからには、やってやるさ」


 もちろん、鋭一は忘れてはいない。かつて戦った相手、ゴールドラッシュ。あの時は二撃目を当てることができなかった。だが、今なら。ひそかに拳を握る。やる気は十分だ。


「葵ちゃんも、やる気出してね~? 全国大会って、今年は沖縄らしいよ? 行ってみたくない?」

「……沖縄?」


 それまで話について行けず、黙って聞いていた葵が顔を上げた。その地名は彼女にとっても、なかなか魅力的な響きがあった。


「そう。旅行だよ、旅行!」

「鋭一と、お泊り……できる?」

「……わお。たまに大胆だよね葵ちゃん。もちろん二人とも勝ち上がれば、行けるかもね?」


 きらきらと目を輝かせる葵に、珠姫はウインクした。


「……がんばる」

「オッケー。その意気よ」


 鋭一はその様子を横で見て笑った。この間言っていた「お泊り」はけっこう、本気だったのか。これまであまり人と関わってこなかった葵には、いっそう魅力的に映るのかもしれない。


 自分のため、さらに葵のため。勝つ理由はできた。


「よっし。じゃあ今日からまた……特訓、始めないとな」

「うん!」


 意気揚々と頷く葵の頭に、鋭一は手を置いた。

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