A1-3

 プラネットの広場ロビーには、いつも実にさまざまな覚醒者アウェイクがたむろしている。


 A1がサドンデスの試合後にそうしていたように、戦闘後の振り返りをする者。

 アバターのカードやスキルの構成について議論を戦わせる者。

 動画を視聴し、その感想を話し合う者。


 もちろん、複数人で集まってただ雑談に花を咲かせている者もいる。

 百道のような配信主が生放送を行っている事も多く、その場合は周囲に人だかりができていたりもする。


 そして今日も、ひとつの人だかりが賑わいを見せていた。

 その中心にいるのは――


「みんな――――っ!! 今日は来てくれて、ありがと――――!!」

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」


「アカリぃ、みんなに会えて、ホンットにハートがドキドキしてるの!」

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」


 フリフリのミニスカート衣装に身を包んだ女の子アバターが、マイクを持って手を振っている。ツインテールにまとめた栗色の髪がなびき、彼女がウインクするたびに目から星が飛んでいた。


 彼女は両手を握って顎の下に添え、もじもじしてみせる。その声は若くキラキラした響きを持ちながら、語尾の吐息だけはどこか妖艶だ。


「みんなのカオ見てるだけで、もうたまらないわ! ねえ……みんな」

「「「ゴクリ……」」」


「どこ、折られたい……?」

「「「ウオオオオーーーーーーッ!!」」」


「ひ、肘を!」

「私は膝を!」

「足首を! で、できればアキレス腱も」


「もぉ、みんな大胆なんだから❤ でも、オススメは……」

「「「ゴクリ……」」」


「フ・ル・コー・ス❤」

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」


「それじゃあ一曲聞いてって! 『虹色Sub-Mission』!!」




 『虹色Sub-Mission』


 放課後 高鳴るムネ おさえて

 キミのもとへ 近づくの


 チャイムが鳴ったら READY FIGHTの合図

 驚くキミの 手を取るの


 どうしてもキミに触れたくて

 だから全身で味わうの それがあたしの二番目の使命サブ・ミッション


 腕かな? 脚かな?

 肩かな? 首かな?


 キミも全身で味わって どこがお好みかな

 血の赤? 青ざめ? もしかして真っ白?

 ぜんぶ味わってフルコース 終わったキミは何色かな


 ごちそうさま★


 それで一番の使命は何かって?

 言わせないでよ 伝えるのキミに


 「ダイスキ」


 もう聞こえないかな




「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」

「アンコール!」「アンコール!」「アンコール!」


 熱狂する聴衆に対し、女の子は投げキッスを左右へ飛ばした。

 彼女のアバター名は「AKARI」。

 このプラネット内で歌って踊る……見た目通りの、アイドルである。


 プラネットにおけるコミュニケーション手段は、ほとんどが音声だ。VRゴーグルに標準装備されたマイクが肉声を拾うため、文字通りアバター同士が「会話」できる。


 では、音声を発することのできるアバターが、その場で歌ったら?

 それはもう、立派な路上ライブだ。


 プラネットのこの性質を利用すれば、仮想空間でアイドルとして活動することすら可能なのだ。アバターの見た目を自由にカスタムできるので、衣装や髪形も自由自在だ。


 格闘ゲームとしての本質からは完全に逸脱しているが、そのあたりの懐の深さもプラネットならではと言えるだろう。


 このように、「歌ってみた」「踊ってみた」動画を公開するノリで活動する覚醒者も、最近は珍しくなくなってきた。


 その中でも、現在特に注目を集めているのが、このAKARI。歌、パフォーマンス、さらにはバトルの強さにも定評がある。ライブを行えば、必ず人だかりができるほどだ。


「うおお……そうか、今日はライブの日だったか……」


 そして――そんな彼女のライブを、離れた位置から見る影が二つ。


「久々に見たけど、やっぱ凄いなあ……」


 A1は遠目にライブを眺めながらこぼした。

 もちろんこういう状況に慣れていないだろうアオイは、口を半開きにしてなかば呆然とその様子を見ている。


「……鋭一」


 AKARIの歌が終わったあたりで、アオイはA1のバトルスーツの裾を掴んだ。

 そして遠くを見たまま、呟くように質問する。


「鋭一は、ああいうのが好き?」

「へっ?」


 意外な質問に、思わず間抜けな声が漏れた。葵からそんな事を聞かれるとは、さすがに想定していなかった。


 A1にとってプラネットは戦う場所だったので、AKARIに対して好き嫌いを考えた事はなかった。可愛い格好をした女の子というもの自体は好ましいが……それを「好きだ」と正直に、まして自分の彼女に答えるのはもちろん恥ずかしい。


 だからA1はほとんど反射的に、


「いや、そんな事はない……かな」


 と答えていた。


 その返答に対し、アオイはA1の服の裾から手を放し、少し俯くように頭を下げる。この反応は鋭一にも見覚えがあった。寂しい時や、悲しい時などにする動きだ。


「…………むー」


「どうした?」

「鋭一とは趣味があわない」


 彼女はファンに手を振るAKARIから目をそらさずに言った。


「わたしは、かわいいと思う」


 マジか、と鋭一は思った。だがそういえば、葵のアバターは腕や脚もむき出しで、胸元も露出している。実はああいうものに対する憧れもあるのかもしれない。


「もっと近くで見たい」

「えっ。そ、そんなにも?」


 アオイはスタスタと、AKARIのほうへ歩き出した。

 こうなるとA1は黙って追うことしかできない。


「さー、今日はどうしよっかな? 二曲目? それとも対戦……イッちゃう?」

「「「オオオオーーッ」」」


 歓声を上げる人だかりの最後尾に、アオイはたどり着いた。

 見様見まねで、おそるおそる拳を上げてみる。声は出さない。叫ぶ、という行動が彼女の中にないのだ。


 しかし観衆たちの中には背の高いアバターも多く、隙間を探してもアイドルの姿はよく見えない。アオイはひょこひょこと背伸びして、なんとか見える場所を探した。


 が、そんな事をしていれば目立つものである。


 人混みの後方をうろうろしているアオイを最初に見つけたのは、他ならぬAKARIであった。


「あれ? そこ、女の子のファンかな? ゴメンみんな通してあげてー? アカリはねぇ、みんなに楽しんでほしいの。歌も、技も――」


 そこで周囲のファンも、猫耳をつけた少女アバターの存在に気が付いた。彼らは熱狂する時はするが、マナーは守る。ましてアイドル本人に言われたとなれば。

 だからアオイはこれで何の障害もなく、AKARIを見に行ける……はずだった。


「あれっ……この見た目」

「もしかして……『ゴースト・キャット』!?」


 そのアオイ本人が有名人でさえなければ。


 ゴースト・キャットといえばここ最近では最もホットな覚醒者アウェイクである。タッグバトルで百道に止めを刺した活躍は記憶に新しい。幻と言われた「一撃必殺」を実現したという噂もある。思わぬ人物の登場に周囲は大いにざわついた。


「ほ、本物? 触れる?」「一戦いいですか?」「やめとけバカ! もしかして、アカリちゃんと戦いに……?」「それはちょっと見たいぞ」


 こうなると面白くないのはAKARIである。彼女のライブは完全に中断させられていた。アオイに目を留めたのを彼女は後悔した。


 何より……思い出した。ゴースト・キャットといえば、「あの時」タッグバトルをしていた少女ではないか。ということは。彼女と組んでいたのは――!


「……葵!? 何してんだ?」


 ちょうどそこに追いつくように、少年アバターが現れた。白を基調とし、全身にベルトをあしらったバトルスーツ。周囲のざわつきが大きくなる。彼もまた有名人だ。


 AKARIは思わず声を出した。


「え……ウソ。あれ、もしかして……?」


 サドンデス・ルールの王者、A1。

 公言こそしていないものの、AKARIがひそかに尊敬していた覚醒者アウェイクがそこにいた。

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