"彼女と目指す最強ゲーマー" STAGE2

Round1 戦場のアイドル、AKARI登場

プロローグ「あなたを見ていた」

 [FINISH!!]

 [WINNER A1]


 その覚醒者アウェイクは「絶対」だった。


 あらゆる攻撃を見切り、回避し、あるいは狂わせ――先に「一撃」を決める。

 彼より先に攻撃を決められる覚醒者は唯一人として存在せず、彼が先に攻撃を受けることは一度たりともありえない。



 誰にも「先」を取らせない覚醒者アウェイク。その名は、「A1」。



 初撃。その一点を、完全に彼はきわめていた。


 サドンデス・ルールという枠の中ではあるが――彼は常に完璧で、完全だった。

 そう。A1は……間違いなく、「絶対的存在」だった。


「凄い……。この人、本当に、一度も……!」


 だから、少女は彼に惹かれたのだろう。

 彼女――天野あまのアカリの目指すものも、「絶対的な存在」だったから。


 アカリは彼について調べた。


 A1。サドンデス・ルールの現王者。両手を引いた独特な構えと〈フラッシュ〉のスキルが特徴。サドンデスのランキング戦に挑み始めてから、かなりの短期間で王者になっている。


 デュエル・ルールのAランク七位「ゴールドラッシュ」からも初撃を奪った経験を持つ。

 プレイヤーが高校生プロゲーマーであることも話題になった。王者になってすぐの頃は、よく取材なども受けていたようだ。


 アカリはその記事も読んだことがある。「サドンデス王者A1、『レベル上げ』の心得」と題された特集で、彼はこのように答えていた。


 ――「すぐチャンピオンになったみたいに言われるけど、違うんですよ!」


 ――「それまで一人で、ずーっと特訓してたんです。RPGのレベル上げるみたいにさ」


 ――「つまんなくは、なかったですよ。強くなるの好きだし。できるようになるまで、やった。ホント、それだけなんです」


 その言葉は、彼女にとって大きな希望になった。


 彼のように特訓を重ねて、重ねて、重ねれば。なれるかもしれないのだ。

 自分も――「絶対」の存在に!


 アカリは未来に向けた努力を始めることにした。

 あらゆることを、少しずつ。目指すもののために。

 その時、頭の片隅には……いつも、ストイックな「サドンデスの王者」の言葉があった。


***


 ――なので、その日の放送は彼女にとって大きな衝撃だった。


「……うェ!? マジで?」


 アカリは思わず声を出し、目の前のディスプレイに顔を近づけた。

 可愛らしい小物で飾られた室内で、栗色の髪が跳ねる。


「わ、私の知ってるA1さんと違くない……?」


 彼女は眉をひそめて呟く。

 知っている、と言っても、知り合いでも何でもない。彼の試合動画を見たり、インタビュー記事を読んだ程度ではあるが。


 アカリの見ているディスプレイに写されているのは、VR格闘ゲーム「プラネット」の試合を伝える生放送。タッグマッチの試合で、有名配信者「百道ももち」率いるペアを、新鋭の覚醒者アウェイクである「A1」「アオイ」のペアが下したところだった。


 圧倒的実力者である百道を、この二人が倒したことは驚くべき事実ではある。

 A1は「サドンデス」では絶対的王者であるものの、通常ルールである「デュエル・ルール」ではまだ実績がないはずだった。


 しかし彼は、その鍛えた技で百道とも渡り合ってみせた。以前と比較しても確実な成長がみられる。流石と言って良いだろう。


 が……アカリが着目したのは。思わず「マジで?」と声が出たのは、そこではない。


 試合を終え、生放送はアフタートークに移っていた。


「勝負だけど、遊びだ。楽しい楽しい、遊びだよ。それを思い出したんだ」


 A1はそう言って笑っている。少し意外な言葉だったが、これも最大の問題ではない。

 問題はA1の腰元だった。そこには、A1に両手でべったりと抱き着いている少女がいた。


「……葵も、楽しかったか?」

「うんっ」


 猫耳少女のアバターは、A1に頭を撫でられて目を細める。


 おかしい。どう考えてもおかしい。


 インタビューでも言っていたはずだ。「一人で、ずーっと特訓していた」。ストイックに己を磨き続ける求道者、それがA1のイメージだ。

 なのに。それなのに。


「そのA1さんが、何で……女の子とベタベタしてんの!?」


 それこそが……最もアカリの目を引いた部分だった!


「な、納得いかなーい……」


 言葉を空中に投げ、アカリはベッドに背中を落とした。毎日丁寧に、地道に手入れしている綺麗な髪が布団に広がる。


「誰なんだろ……あの子」


 当然の疑問が浮かぶ。

 あの猫耳の少女は何者なのか? なぜA1と親しくしているのか?


「まさか彼女……ってやつ? いやいやまさか。あのストイックなA1さんが?」


 どうにも答えはわからない。アカリの胸の中には疑問が渦巻き、そして……ほのかな熱が生じ始めていた。


「ていうか、アリなの? A1さん的に女の子と付き合うってさあ。もし……もし、アリだってんなら……!」


 彼女は少し、きゅっと唇を結び考える。

 でもやっぱりその言葉は、我慢することにした。


「……いや。いけないいけない」


 アカリは目を伏せて、首を横に振る。

 自分にも、目指すものがあるのだから。


「私はアイドル。みんなのアイドル。今日も……ほら! こんなにかわいい!」


 彼女は手鏡を手に取って自分の顔を映してみる。

 目をギラギラさせた、戦意たっぷりの少女ファイターの顔がそこにはあった。


「――おわぁ!? 違う違う!」


 目をキラキラさせた、愛嬌たっぷりの少女アイドルの顔に慌てて切り替える。

 こんなことではいけない!


「あーもう、調子狂うなあ!」


 アカリは手鏡を投げ出した。うつぶせになって枕に顔をうずめ、ベッドの上で足をバタつかせる。


「一人でいいんだ、私は。もっと『レベル』上げなきゃ。他人のことなんか気にしてる場合じゃないよ」


 自分に言い聞かせるように繰り返す。


「私はAKARI。私は、『完全なる戦歌姫パーフェクト・ディーヴァ』に――なるんだから」


 そうして、少女の夜は更けていった。

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