N6-5
試合後のコメント欄は今までに見たことがないほどの盛況ぶりだった。それほどまでにアオイの技は鮮烈で、他に例のないものだった。
『す……すげえええええええええ』
『な、何で百道が止まったんだ? 何かしたのか?』
『何あの技……え? 最後のでダメージどんだけ入った?』
『え、もしかしてこれが例の〝一撃技〟の答えなのか?』
――一撃技。
それは、プラネット界隈で噂される都市伝説のようなものだった。
その内容は「そんなつもりはなかったのに、一発で相手のHPがゼロになってしまった」というもの。
バグではないかとも言われたが、運営はこれを仕様だと言い切った。
プラネットのダメージ計算は、きわめて精密である。攻撃がどのくらいの強さで、相手の体のどの部位に当たったかを元に計算される。
つまりその攻撃は、言わば「当たり所が悪かった」のだ。普通に人間を死に至らしめるような急所を叩けば、相手を倒すことはできる。
では、それを狙って引き起こせたら最強なのではないか? 実験しようとする
『〝一撃技〟てwww』『そんなの使えちゃうの? アリなの?』
――それらのコメントに、鋭一は薄く笑った。
「……だよな。アリかよ、って思っちゃうよな」
先にアバターが爆発し、試合観戦していた鋭一は画面に向かって呟く。
「ところが、それが……アリなんだよなあ。葵は」
鋭一は観戦モードを閉じ、再び広場に向かった。生放送はまだ終わっていない。対戦後のインタビューが待っている。
***
鋭一がA1として広場に現れると、待っていたアオイの猫耳が反応し、ぴこん! と立った。そのままA1のほうへ駆けてくる。
「鋭一!」
アオイは右手を上げ、A1のほうへ振り下ろした。
「……ん?」
何だろうか、と鋭一は思った。まさか攻撃ではあるまい。これは。もしかして。
A1もまた、右手を上げてそれに応えた。
パチーン、と気持ちの良いハイタッチが決まり、そのままアオイはA1に抱き着いた。
「やった、勝った。鋭一と、勝った」
「う、うおおお? おう、や、やったな!」
アオイはテンションが随分高かった。下手すれば一人で勝った時より嬉しそうだ。
「クハハハハハ、愚かな人の子らよ、見せつけてくれる」
そこへ、ドスの効いた笑い声が割って入った。魔王のままの百道がにこやかに拍手している。なんだかそれはそれで違和感があった。
「え……試合後のアバター変更とかこう、ないの?」
A1が問うと、
「負けたパターンなぞ、考えておらんかったわ!」
「なるほどな」
銀髪の魔王は豪放に笑った。つられてA1も笑う。
百道は金色の瞳に理性を戻し、A1を見る。
「ほう……何やら随分、良い顔をしている」
「ああ」
A1は得意げに返した。
「あんた言ったな。『これは、勝負であって遊びではないかね?』って」
「ああ」
「……やっぱりこれは、勝負だよ」
「ほう?」
「そりゃあ真剣勝負だ。やぱり俺は勝ちたいし、勝たなきゃいけない……プロだからな。……だけど」
A1はそこで思うところあるように、少し上を向いた。
「勝負だけど、遊びだ。楽しい楽しい、遊びだよ。それを思い出したんだ」
平田鋭一は考える。そもそもなぜ自分はこのゲームのプロになったのか?
アバターのステータスを、スキルを必死で考え、そしてこの戦場で戦う。プラネットは最高に楽しいゲームだ。それを、あの日……泣きながら戦う葵が、そして今日のタッグバトルが、思い出させてくれた。
「俺は、今日……すっげえ、楽しかったよ」
「ククク……勝負でかつ、遊びだ、と。欲張りなことだ」
「そうかもな」
「いやいや。……私も、そう思う」
百道は笑った。それは魔王の獰猛な笑みとも違う、人間の笑いだった。
「……葵も、楽しかったか?」
A1は笑い返しつつ、アオイにも聞いてみた。黒猫は先ほどからずっと、彼の胴体にしがみついている。質問されたアオイは耳をぴんと立て、混じりけのない笑顔で、
「うんっ」
と頷いた。
「わたし、楽しかった。鋭一も、楽しかった。首も折れた。最高」
「首……ああ、そう」
純粋な瞳でそう言うアオイが本当に楽しそうだったので、鋭一はまあいいか、と思った。
「ハハ、首か。一瞬でやられたな。それに、その直前……あの技は、いったい何なんだ?」
参考までに……と、百道は話を振ってみる。
「まったく恐ろしい。チートか何かじゃないだろうな」
横でユキオが斜に構えて
「いやいや」
しがみ着くアオイの頭に手を置いて苦笑した。
「チートより、恐ろしいものさ」
広場は未だざわめいている。
有名プレイヤーである百道を派手に打ち破ったことで、A1とアオイの名は広く知れ渡っていくことになるだろう。「上」に続く道は、開けた。
……そして。試合に勝ったということは、葵に伝える権利も得ただろう。
この試合で勝ったら、言おうと思っていたことを。
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