N6-4
『何だ、さっきの目潰し!』
『速すぎない?』
『ショートワープかなんか使った?』
『いや、硬直がなかったぞ。どうやって加速したんだ? あんなスキルあった?』
ユキオが、落ちた。
堰を切ったような急展開に、視聴者コメントは大いに盛り上がった。
「やるじゃ……ないか」
百道の発言に、アオイは答えなかった。
彼女は胸元に手を当てた。
――『この子から……楽しみを奪うんじゃねぇよ』
なんだろう。また、この気持ち。
アオイはぴょん、ぴょんと小さくその場でジャンプし、両手を脱力。そして戦線復帰し横に並び立ったA1に、言った。
「鋭一。……勝とう」
「ああ。もちろんだ!」
勢いづく二人。それを前に、単騎となって立ち塞がる魔王は、それでもなお不敵に金色の瞳をギラつかせた。
「二対一なら楽勝……とでも言いたげだなァ」
「やってやるさ」
挑発に、A1が返す。有利なのはこちらで間違いない筈だ。が、百道は
「いやいや、まだだとも。魔王様というのは……勇者パーティが何人で来ようが、一人で立ち向かわねばならないものだからな!」
威嚇するように甲冑を赤く発光させ、魔王が叫ぶと同時。
紅い奔流が、二人を呑み込んだ。
これは――赤い〈ミスト〉! この霧のスキルは、色を自由に指定できる。
二人して視界を奪われた。不覚だ。おそらくこの隙に攻撃が来る。どこから?
アオイの猫耳がピク、と反応する。彼女は殺気を察知した。頭上だ。
……A1の!
「――ぐぁッ!」
空中から落ちてくる膝の一撃を、A1は頭部に受けた。ダメージが重い。
「フハハハハ! ファイアブレスからの、
百道は〈空歩〉を使い、霧の中を空中に逃れていた。そこからA1の頭上に落ちたのだ。
「……鋭一!」
反応したアオイが、A1のカバーに入ろうとする。だがそこで百道は、狙いをA1からアオイに転換する。
「
A1を守る方に気がいっていたアオイは反応が遅れた。なんとかガードするが、反撃できない。そして百道は再度、〈空歩〉。アオイから離れる。
百道の殺気のベクトルを、アオイは敏感に感じ取った。今、殺気はアオイに向いていない。狙いはまた……A1!
「ククク……恐れよ。これぞスピードタイプの魔王の真骨頂たる奥義の数々! 名前は今考えた。悪くなかろう」
「ただの打撃技だろ! ……くそっ!」
A1は迎撃を試みたが、彼の掌底は空を切った。そして
「そんな、マジの格闘家みたいな魔王が……あるかっっ」
「何のことかな? 魔の力を思い知れ!」
遊んでいるようで、百道は限りなく本気だった。鈍重に見えるアバターが身軽に動き回り、本格的な格闘技を使う様子はどうしても違和感を生む。常人ならば常識が邪魔をして反応が鈍る。それがこの魔王の狙いなのだ。無茶苦茶な技名すら、相手を脱力させるためのもの。
この百道という
加えて恐るべきことに、百道の、格闘技の実力自体は……本物なのである。そもそも「毎回コンセプトを変える」などという戦い方ができる者を、天才と呼ばずしてなんと呼ぶというのか!
A1からアオイへ。アオイからA1へ。変幻自在に百道は狙いを変えた。自分に攻撃が来たかと思えば逃げられる。二対一のはずなのに、一対一よりも戦いづらい。戦いはジリ貧の様相を呈していた。
「……鋭一」
そんな中、口を開いたのは、アオイだった。
「わたしが、いく」
黒猫はその目線を鋭く研ぎ澄ました。
「いくって……一人で突っ込むのか? いくらなんでも……」
「大丈夫。だから、鋭一……」
「――わかった」
彼は自分が何をすべきか理解した。百道はちょうど、アオイに向けて
「好きに暴れてこいよ。俺が……守ってやるからさ!」
アオイを、蹴り飛ばした!
「…………何?」
「……いや。ならば貴様を落とすまで」
百道は右腕を引き絞る。距離が近い。この間合いではA1の「
「――そうだ」
A1は絶対的不利な距離に立ち、不敵に笑った。
「それでいい」
魔王必殺の正拳が放たれた。それはA1の胴体に深々と突き込まれた。
A1のHPは……ゼロ。彼はなすすべなく落ちた。アバターが、爆発する。
――そう。プラネットのアバターは、敗北すると、爆発するのだ。
「さァて、これで残るは『ゴースト・キャット』……」
爆風が巻き起こり、百道の視界を塞ぐ。それは何を意味するか。
その爆発はアオイに、時間を与えた。特別な呼吸の時間を。
「ハァァ――――――――」
まずは息を長く長く吐く。体の中をからっぽにする。
「すぅ――――――――っ」
次に、吸う。細く長く、一本の棒が体の中に入っていく感覚。
さらに息を、止める。酸素が体中に行き渡る。視界が晴れ渡ったように目が冴える。この間だけは世界の全てを理解できたようにすら思える、集中力を極めた一瞬。
そして。息を――吐く!
「はッ!」
直後。
ゾワッ、と、波のような殺気を魔王は受けた。
(な……んだ……?)
攻撃されていないのに、本気で攻撃されたような感覚。HPが減ったかの確認をすら、百道はしてしまった。
爆風の奥から、凍るような声がする。それは一色家に伝わる……
「あなたを――〝塗り潰す〟」
ゾクリ。ゴーグルを被った……リアルの肉体に鳥肌が立つのを百道は感じた。
もちろん実際にはノーダメージだ。しかし。百道はこの瞬間、全身が硬直し動けなくなった。光も音もなく、それは起きた。ありえないことだ。
……
だから、その技術を極めれば……殺気に指向性を与えて、飛ばすこともできる。濃縮して集中した殺気は相手の精神に衝撃を与える。攻撃に殺気がついてくるのではない。殺気そのものが、武器となるのだ。
これこそが相手の第六感を攻撃する
これから魂を刈る相手に死神がつけておく地獄のマーキング。
あまりに時間がかかりすぎるため、葵が一人で実戦で使うのは難しい奥義だが……今だけは、安心して使うことができた。
「何だ……何だ……今のは!」
百道は己の身に起きた不可解な現象に戸惑った。
そして――理解できないものに直面した時、人が感じるものがある。
恐怖だ。
魔王は動けずにただ刮目した。爆風を突き破り、こちらに躍り出た影がある。その影には気配がなかった。足音すらもなかった。その黒猫は……幽霊のように現れた。
――『ゴースト・キャット』!!
アオイは真正面から突撃した。既に至近距離。動きの止まった魔王の体は彼女にとって、的あての的のようなものだ。この状況を作るのがA1の狙いだった。
「お……のれ、返り討ちに……!」
百道は苦し紛れに迎撃体勢をとろうとする。だが遅い!
アオイは右手を構えていた。その手を伸ばす。通常、百道ほどの実力者に触れることは簡単ではないだろう。だがアオイは硬直した魔王の頭を掴んだ。さらに追加で右腕も掴み、鳩尾にヒザ。
残った軸足で地を蹴って、アオイは敵を仰向けに倒す。掴んだ頭部を強く捻りながら、地面に背中を叩きつける衝撃とともに、首を……折った!
アオイが掴んでからは、一瞬だった。何が起きたのか? このわずかな間に、いったい何重のダメージが入ったのか? 誰もこの技を理解できなかった。
だが、ひとつ。たったひとつ、明らかなことは……
百道のHPが、ゼロになっているということだった。
「――――!?」
金色の瞳が驚愕に見開かれる。あり得ないことだ。この魔王が今までに受けたダメージは、A1からの初撃のみ。HPも九割近くを残していたはずだ。それが一瞬でゼロなどと。
「これは……!」
だが百道には一つ……思い当たるものがあった。
ノーゲームになったアオイとユキオの試合。引き分けた瞬間、ユキオのHPはなぜかゼロになっていた。それは……あの見えない霧の中で、この技を叩き込んでいたからなのか?
システムの判定でノーゲームとされる方が先になったが、アオイの攻撃はゲームの中で処理されていたのだ。
「お……おお……素晴らしい」
百道は目を見張る。そのゴーグルの中の視界の隅では、すさまじい量のコメントがずらずらと流れていった。
盛り上がりは最高潮。結果はこのザマだが……今日も素晴らしい、放送になった。
「これは…………神回……、だ!!」
そして魔王のアバターは、跡形もなく爆発した。
[FINISH!!]
[WINNER A1 & AOI]
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