N6-3

「どうだい魔王様。やっぱり光属性は……苦手なんだろう?」


 A1が不敵に決めると、視聴者コメントは大いに沸いた。

 一方。


「グ…………ッ?」


 ユキオもまた、A1の放った閃光の影響を受けていた。それもそのはず。元来〈フラッシュ〉は全方位に光を放つ。近くにいれば目を潰されるのは当然の帰結といえる。


「……鋭一」


 だが。


「ないす・あしすと」


 アオイは、その動きを鈍らせていなかった!


 ありえないことである。〈フラッシュ〉の効果に敵味方の別はない。しかしアオイは閃光の放たれるタイミングで目を閉じたため、影響を受けずに済んだのだ。

 A1は特に発動の合図などはしなかった。なのに、アオイにはそのタイミングがわかった。なぜか?


 それは、殺気。


 アオイは目に見えない殺気を感じ取ることができる。それは敵のものに限らない。

 A1が「相手の目を潰そう」とスキルを使えば、必ずその時にも殺気は出るはずなのだ。アオイはそれを感じ取る訓練を、今日までしてきた。


 相手チームだけに不利益を与える〈フラッシュ〉。これが二人の用意した、タッグ用の作戦のひとつだ。


 ユキオはやはり、苦し紛れにチョップを繰り出す。その手には黒い稲妻。「触れれば全身が焼け焦げる」攻撃である。しかし精彩を欠いている。

 左方から迫るチョップに対し、アオイは右へ体を倒して回避する。すると敵は右からも貫手を出してくる。


 体を傾けた状態から、アオイは、右足を軸にして跳んだ。相手の両手の間を縫うように右回りに回転しながら、左脚を上へ蹴り上げる。


 アオイの飛び蹴りは、ユキオの顎を正確に捉えていた。


「アガ…………ッ!?」


 驚愕の声が漏れる。なんというアクロバティックな動きだ!

 大きくHPを減らしながらユキオは仰向けに吹き飛んだ。ダメージが大きいが、すぐに頭を振って起き上がる。


 その目の前に、再びアオイが迫っていた。


 ……まずい。ユキオは焦った。まともに接近戦をすればアオイの方が上であろうことを、彼は理解している。特にアオイは、相手を掴めばそのまま勝負を決められるほどの奥義を持っている。


 加えて、以前の試合で見せた……一撃必殺。結局ノーゲームになったアレが何なのか、その正体はわからない。ただ、それがこの試合でも使えるのだとすれば相当な脅威だ。


 このまま接近戦になれば絶望的。ユキオはそうなる前に離れなければならなかった。だが、そのための手が思いつかない。アオイが近づく。どうする。結局彼は、ギリギリで生まれた思いつきの技に頼るしかなかった。


 ……ただし、その思いつきは、大当たりした。


 ユキオを掴みにいこうとしたアオイは見た。

 自らの二の腕に、小さなムカデが這っているのを。


 スキル〈ドローイング〉。好きな絵を描くことができるスキル。

 ユキオはこういった趣味の悪い悪戯のような戦法をたまに使うため、一部の覚醒者アウェイクたちから嫌われ、対戦を断られることが多かった。だから、彼は転々と名を変えてきたのだ。


 サクラダ→ヒマワリ→クリタ→ユキオ。

 四季をなぞって、今の名前は四つ目になる。


「ひゃあ…………っ!?」


 アオイが小さく悲鳴をあげ、飛びのいた。ユキオにチャンスが訪れた。


***


「愚かな人の子……いや、A1よ。見事だ。感謝するぞ」


 百道はダメージを受けた顔を押さえながら、しかし嗤った。


「何でアンタに感謝されんだよ」

「コメント欄だよ。……とても賑わっている。久々だよ、ここまでの盛り上がりは」

「勝負の最中に何してんだ……」


 生放送のコメントを閲覧することは、一応、試合中にも可能ではある。だが目まぐるしく状況の動くアクションゲームの最中に、そのようなことができる余裕は普通はない。


 だが、百道は違う。


「遊びじゃないんだぞ、とでも言いたげだな。貴様にとってこれは、勝負であって遊びではないかね? だが我は遊びたいのだよ。コメントが沢山つくと、興奮して勢いづいてしまうタイプの魔王なのでな……」


 百道がゆらりと身構えた。A1は警戒し、再びサドンデスの構えを取る。直後。


「こんなふうに……な!」


 魔王の体躯が、動いた。……アオイの方へ!


「な……しまっ」


 おそらくは、カードを「スピード」に割り当てている動きだ。速い。A1もスピード型のアバターではあるが、ショートワープで距離をとってしまったため咄嗟に止めることができなかった。


 A1が横に目を向けると、飛び蹴りを決めて押していたはずのアオイは、何事か悲鳴を発し、飛びのいているところだった。そこへ百道が迫る。


 隙を見せたアオイの横合いから、勢いを乗せた百道の拳が襲いきた。アオイは視覚よりも先に殺気に反応し、なんとか回避する。だが体勢が崩れた。そこへ再び、ユキオのチョップが突き込まれる。アオイは地面すれすれまで屈みこむ。


 完全な二対一。A1は急ぎそちらへ向かう。あるいは今〈フラッシュ〉が使えれば、敵二人の視力を奪って仕切りなおすことも可能だっただろう。だがA1の〈フラッシュ〉は最大出力に設定してある。このスキルは出力に応じて、再使用までにクールダウンの時間が必要となるのだ。


 屈みこんだアオイをユキオのローキックが襲う。アオイは両腕を使ってガード。その瞬間。


 ド ッ ゴ オオオォォォォォォォン


 発光、そして爆発音。アオイがびくりと反応する。また隙ができた。百道が拳を振り上げる。まずい。

 A1は百道の背後に接近し、掌底を出そうとした。だが。


「……っがぁ!?」


 攻撃動作が停止する。視界が明滅し、あたりが白い煙に覆われる。ぼんやりと、こちらに人差し指を向ける影が見えた。「ビーム」。A1は光線を顔面に受けていた。

 分断戦術。そこからの二対一。互いのカバー。やはりこの二人は一枚上手だった。


「クハハハ……では、予定通り……だ!」


 魔王が大きな拳を振り下ろす。


 百道とユキオは、より恐ろしいのはアオイだ、と考えていた。直接対決こそA1が制したものの、驚異的な運動能力に恐るべき確殺奥義。アオイの方が、未知で危険だ。


 だから、そのアオイが全力を出せないよう、封殺するような作戦を立てた。そして現状、その通りになっている。


 百道の拳が迫る。もし頭部に命中すればアオイとてKOだろう。それは、マズい。

 戦力的にも大打撃となり、二対一での戦いとなれば当然苦しい。だが、それより、何よりも。



 ……今日はまだ、笑顔で戦うアオイを見ていない!



 直接戦ったあの日の彼女の表情は、今も目に焼き付いている。

 フラッシュは使えない。視力はまだ回復しない。この状況でできることは限られる。今からできることは――


 直後、A1の姿が消えた。


 その姿は、百道の眼前に再び出現した。アオイをかばう形で。百道が目を見開く。

 ……〈ショートワープ〉!

 拳がA1に命中する。大きくよろけながら、彼は。


「この子から……楽しみを奪うんじゃねぇよ」

「…………カッコイイじゃないか」


 百道はそこから連撃を出した。A1はガードするが、不十分な視力では防ぎきれない。

 防戦一方。だが、A1の乱入は……一人の暗殺者に、活路を作った。


「……鋭一」


 声がした。


 そしてはらわたを貫く槍のような殺気が発され、遅れて、黒猫の手が飛び出した。

 A1のショートワープに驚いたユキオは、それに反応できなかった。


 アクセルを一気に100まで踏む、アオイの殺気。唐突な加速による「真正面からの奇襲」。


 ――墨式ぼくしきおもて』!


 ユキオの両目に、二本指が命中した。


「な…………ッ? バカな、見えなかっ……」


 視界が赤く明滅する。視力消失のエフェクト。こうなってはどうしようもない。

 A1の作り出したチャンスを活かし切り、アオイはよろけたユキオに次々と追撃をかける。腹部への突き。一歩踏み込んでエルボー。さらに両の拳で怒濤のラッシュ。


 そしてフィニッシュは全身を捻り……敵の頭にまで届く芸術的なハイキック!


 一撃一撃が、ありえない程に疾く、重い。

 ユキオのHPがゼロになる。これが全力の暗殺拳。その圧倒的な動き……!


「クソッ……何だこいつは……俺なんかより、とっくに……!」


 彼はその言葉を最後に、爆発した。

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