N6-2
[FIGHT!!]
死闘の幕が開いた。
最初に動いたのは……ユキオ。
彼は即座にポケットから右手を引き抜いた。人差し指を前方に向ける。そして。
「……ビーム!」
その指先から、直線的な光が
ぴく! と頭上の猫耳が反応する。アオイは即座に半歩ほど回避した。彼女の顔のすぐ横を通り過ぎた光線は、後方の地面にぶつかると「ジュウッ」という熱のこもった音を発し、着弾点からは白煙が上がる。
葵は事前に、鋭一からアドバイスを受けていた。「あのビームは、顔にだけは受けるな」。それは守ったものの、やはり生で見ると避けるのは簡単ではない。
「…………!」
「ほう、よく反応した! さすがに慣れたかね?」
ユキオは上機嫌に笑う。
「くそっ……やっぱあっちが邪魔か!」
即座に、A1が前に出る。おそらくユキオは妨害要員。そちらを先に片付けるべきではないかと考えた。しかし。
「クハハハハハハ!! 愚かなり、人の子よ!」
そこに立ちはだかる、百道。魔王は片腕を出したまま前進しA1に襲いかかる。一方その隙を利用し、ユキオも前に出る……アオイの方へ。
A1には百道。アオイにはユキオ。この組み合わせを作ることが、敵の狙いであった。A1はその形を許してしまった。やはりタッグ戦における立ち回りでは、流石に百道が一枚上手だ。
なぜ敵は、このマッチアップを望んだか。おそらく最大の理由は、アオイがユキオのような相手を苦手にしていると踏んだのだろう。実際それは当たっている。
「どんどんいくぞ……ビーム!」
二発。三発。光線が撃ち込まれる。アオイは反応し、全てを回避する。だがその間に、ユキオの接近を許していた。ユキオが右拳を繰り出す。アオイは腕でガードする。彼女が相手の拳を受け止めた瞬間。
ド ッ ゴ オオオォォォォォォォン
ユキオの拳が瞬間的に発光し、火薬を使っているとしか思えないような強烈な爆発音が響いた。
ガード状態のアオイがびくりと反応する。ダメージに備え、身をこわばらせる。
しかし彼女を襲ったのは爆発によるダメージではなく、その隙をついたユキオの左ボディーブローだった。
アオイは身を捻って回避を試みる。だが驚いた分、わずかに遅い。相手の拳が脇腹をかすめ、それはHPへのダメージとして計上された。
「ん…………っ!」
「いやあ初々しい、いいねえ。しかし初見で俺のダイナマイト・パンチに反応するとは君もやる」
「その……技は」
A1が聞き耳を立て、反応した。左右にフットワークし、百道との間合いを計りながら彼は言った。
「アンタ……もしかして。『サクラダ』か……!」
「ほう、バレた」
ユキオは即座に認めた。
『魔術師』サクラダ。かつて界隈を騒がせた名物
「な、なんでアンタ、初心者のフリなんか……」
「異端児には風当たりも強いんだ。サクラダって名前を見ただけで対戦を断るヤツもいるんでね」
プラネットの基本はあくまで「格闘戦」だ。それを乱すようなスキルは基本的に、運営から認可が下りない。しかしサクラダは、既存のスキルを組み合わせ、まるで魔法のような仕掛けを作り出してしまうプレイヤーだった。
ビームは、〈ミスト〉で霧の道を作り、そこに〈フラッシュ〉で光を通した。雨の日に車のライトの道筋がはっきり見えるのと似た原理だ。
着弾と同時に〈ノイズ〉というスキルで溶解音を出し、さらに〈ミスト〉を煙に見立ててやることでいかにもフィクションのビームらしくなる。
ダイナマイト・パンチも似たようなものだ。拳を当てると同時に〈ノイズ〉で爆発音、〈フラッシュ〉で光を出す。
これらはいずれも直接的な威力がなく、攻撃系や移動系のスキルと比べるとスキル装備枠をほとんど圧迫しないため多数装備することができる。
一つ一つは大した効果を持たない安いスキル。しかしそれらを独創的に組み合わせて優位を取るのが、彼の戦い方だ。
そしてそのような戦法は、アオイに対して最も効果的に働く。
「さあ……もっと遊ぼうか。俺は、君が以前俺に使った技を忘れていないぞ? あれは怖いな。やらせるわけにはいかない」
ユキオが両手を掲げた。その両手からは、バチバチと爆ぜる音とともに黒い稲妻のようなものが?っている。
〈ノイズ〉そして、空中に模様を描く〈ドローイング〉。スキルで作られた偽物の稲妻。しかしこのVR世界で「実際にそこにある」かのように見せられると、無視するのも簡単ではないものだ。
ユキオが前方へダッシュ、アオイに迫る。右手でチョップの構え。
「この両手に触れたら全身が焼け焦げるぞっ!」
ハッタリを交えながら攻撃を繰り出す。アオイはギリギリでかわす。
彼女は現実肉体での戦いには詳しい。幼少から訓練してきた経験もある。だが、現実で起こり得ないことに対処するのは、むしろ苦手な部類と言っていい。
このままではアオイは、実力を十全に発揮できない。この状況を打破する必要がある。A1は叫んだ。
「――葵! やるぞ!」
アオイは言葉では返事しなかったが、猫耳がピク、と動いた。
「……何を、かね?」
百道が口を挟む。だがA1は何も答えなかった。わざわざ教えてやる義理はない。
「クク……だんまりか。まあ良い。A1よ、我は貴様の戦い方を知っているぞ」
魔王は全身に力を漲らせ、前方に両手を構える。
「100%で初撃を取れるそうだなァ、サドンデス・チャンプ。なら……貴様がその専売特許を奪われたらどうなる?」
挑発的な台詞。おそらくは視聴者を意識してのものだろう。流石は一流のエンターテイナー。A1という役者を使うならば当然、初撃をめぐる争いは焦点になる。
だがそこに確かな勝算をもって臨めるのが、百道という実力者だ。
百道は前方へ飛び出した。巨体が風圧とともに迫る。タックルだ。組み付く狙いか? ――否。前進しながら、さらに手を前へ。長いリーチの張り手を繰り出す。
A1は両肘を引いた構えを維持したまま、後方に一歩退いて回避する。冷静な見切りはA1の売りのひとつだ。百道は前のめりにバランスを崩す。チャンスか?
A1が相手の隙を突こうとした、その時。
地面に手がつくよりも前に、空中に百道の両手が着地した。これは〈
相手の意外な動きにA1の反応が鈍る。百道は前につんのめった形で両手をつくと両足を跳ね上げ、前方回転しながら飛び上がった。その動きは、あまりにも身軽。鈍重なパワーファイターにしか見えない「魔王フォルム」からは想像もできないスピードだった。
「あっ……クソッ。ウチの商品で! お買い上げありがとうございますけども!」
観戦していた珠姫が悪態をつく。
百道は空中でくるりと一回転。あっけに取られているであろう相手に襲い掛かるべく着地した。とにかく予想を裏切る。それが百道の一貫したスタイルなのだ。
それが、仇となった。
着地した百道の目の前にはA1がいた。
「……何ッ?」
まるで着地場所を読まれていたかのようだった。今度は百道が驚く番だった。A1は、ユキオの攻撃を
――〈フラッシュ〉。
あたりが閃光に包まれた。
「グオオ……ッ」
至近距離で受けた百道はたまったものではない。
A1は、相対した百道の「魔王フォルム」を見た時点で、ひとつ仮説を立てていた。噂になるほどの「定番」カスタマイズ。それがまず、怪しい。
定番なんてものがあるならば、必ず裏をかく。それが百道という覚醒者だ。そのためだけに定番を作っておくことすら、こいつはするだろう。
ならば……初めから逆のつもりでいればいい。目の前にいるのが巨体なら! それは「ほぼ確実に」スピードタイプだ!
百道はそれでも、迎撃の手刀を繰り出した。流石というべきだろう。前傾したA1の、唯一狙える的は顔面だ。そこを的確に突く攻撃。だが視力を失っているせいか、わずかに……遅い。
A1は首を倒して手刀をかわした。そしてカウンターで逆に、百道の顔面に掌底を叩き込んだ。
サドンデス王者の初撃が、決まった。
「グウ……ッ、やりおる」
百道がうめく。同時に、A1は〈ショートワープ〉を発動。後退して距離をとった。
「どうだい魔王様。やっぱり光属性は……苦手なんだろう?」
A1が不敵に決めると、視聴者コメントは大いに沸いた。
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