Round6 楽しい楽しいゲームの時間
N6-1
試合当日。
いつものVRルームに、鋭一と葵は連れ立って現れた。
先に待っていた珠姫は目を細める。
いつもは鋭一の服を掴むだけだった葵が、今日は鋭一の腕を両手で掴んでおり、二人の仲がより親密になっていることが読み取れた。
「よっ、平田プロ。準備はバッチリかい?」
「……ああ。なんとか仕上がったよ」
珠姫からの挑発的な口調の質問に、鋭一は笑顔で答えることができた。
鋭一は同意を求めるように、葵に目配せする。葵は肯定するようにこくりと頷いた。それを見て珠姫は安心した。
百道との待ち合わせ場所は、ゲームの中だ。三人はそれぞれにゴーグルを持ち、プラネットにログインした。
***
「
広場にて。百道の生配信が始まった。喋っているのはスーツを着込み、マイクを持った司会者風のアバター。おそらくはあれが百道だろう。
その姿から戦法は読み取れない。そもそもあの姿のまま戦うつもりなのかすら定かではない。百道は対戦相手・視聴者を問わず、とにかく驚かせることを好む。
百道の隣にはユキオの姿もあった。彼は前回と同じ、フードつきのコートを着込んでいる。コートのポケットに両手を突っ込み不敵な笑みを浮かべる様子は、得体の知れないものを感じさせた。
「皆様、こんにちは。ついにこの日がやって参りました。皆様も楽しみにして頂けてましたでしょうか。もちろん、私としても一日千秋の思いで待ち望んでおりました!」
直立し、マイクを掴んだ百道が調子よくトークを開始する。
「そう……ついに、本日」
仰々しい口調だ。脇で待機する鋭一は息を呑む。百道は大きく息を吸い、発表した。
「100ch.名場面集、ブルーレイ&DVDが発売になります!!!」
高らかに宣言された情報は広場に遠く遠く反響した。集っていたギャラリーのうち、よく訓練された何人かがずっこけて倒れる!
鋭一は呑み込んだ息を詰まらせ、派手にむせることになった。
「ゲホッ……あ、あの野郎、やっぱ油断ならねえ……」
「さて、最大の発表を終えたところで本日のゲストをお呼びしましょう……『モストカンパニー』の皆さんです! どうぞこちらへ」
結局咳き込んでいるのがおさまらないうちに、鋭一は葵に背中をさすられながら登場せざるを得なかった。恐るべき罠である。
百道の隣に歩いていったのは鋭一、葵、珠姫の三人のアバターだ。珠姫は純白のドレスをまとった姿となっている。アバター名、プリンセス。彼女もまた、プラネット界隈ではよく知られた存在だ。
彼女の会社「モストカンパニー」は運営に認可されたオリジナルアバターや独自開発スキルを販売している会社である。プラネットにのめり込むような人間ならば一度は世話になったことがあるだろう。
さらに近年は選手育成にも手を出しており、サドンデス王者「A1」などの一癖ある
そんな「モスト」が新たに連れてきた新人、『ゴースト・キャット』アオイも、注目に値する存在であることは間違いないだろう。今日までの間に噂は膨れ上がり、この試合はかなりの注目度となっていた。
「さてようこそ。『プリンセス』さんには、こんな面白そうな素材を集めて頂いて感謝しております」
「ゴタクはいいっつーの。ま、そりゃー素材の面白さには自信あるけどね。さっさと始めましょ」
珠姫……プリンセスは姿こそ上品に変わったものの、全く普段通りの態度で言った。
「了解しました……A1君、アオイちゃん、準備はいいかね?」
百道がA1に振る。A1はもちろん……と答えようと思いつつ、アオイのほうを確認し、踏みとどまった。彼女が首を傾けていたのだ。
「…………?」
それでA1はピンときて、小声で伝えた。
「葵、このスーツの人が百道だ」
するとアオイは、ピクンと猫耳を反応させて顔を上げた。この司会者が先日のラッパーと同一人物だとわからなかったのだ。
瞬間。
ゾワッ、と、あたりに見えないプレッシャーが広がった。五感のどれでも感じることができず、しかし、確かに襲ってくる濃密な気配。
「「これは…………!」」
百道が、ユキオが、同時に反応する。アオイが、殺気を開放したのだ。
相手の「死」を暗示する不吉な黒猫は、冷たく、しかし力のこもった目線で相手を射抜いた。どうやら気合十分だ。
それをもってA1は改めて、言い直した。
「ああ、いつでも……始められるぜ」
***
――闘技場に、四人の戦士が降り立った。
サドンデス・ルールの絶対王者、A1。
噂のルーキー、『ゴースト・キャット』アオイ。
謎の奇策で早くもBランクに到達した新鋭、ユキオ。
そして……
「クハハ……クハハハハハハ!!」
ドスの効いた高笑いとともに、オルガンから始まるBGMが赤茶けた大地に響く!
これは〈サウンド〉というスキルだ。さらにあたりには、スキル〈ミスト〉を使った霧が漂って強者感を演出する。
一人遅れて現れたそのアバター(たった今カスタマイズしたのだから当然だ)は、物々しいデザインを見せつけるように自らの存在を誇示した。
禍々しい甲冑で固められた上半身。銀色の髪と、ぼろぼろのマントが風になびく。甲冑に入った赤いラインは脈動するように薄く発光していた。
これぞ百道の定番アバターのひとつ、「魔王フォルム」。
定番ということは使い慣れているということでもあり、毎日のように使用アバターを変える百道があえてこれを選ぶのは、本気で勝ちにきている時だけだ、とも言われている。
「よくぞ臆せず、我が前に立った。せいぜい楽しませるが良い……人の身で抗う勇気があるのならな!」
圧倒的な存在感を放つ「魔王」は、金色の瞳でぎょろりと対戦相手を見据えた。
しかしA1は一歩も退かず、相手から目を逸らさない。準備は十分にしてきた。自信もある。何より……ゲーマーとして、試合前の会話ひとつ取っても優位を与えるべきではない。
「人の身で結構。知ってるか? こういう時って大抵……魔王の側が負けるんだぜ」
彼はあくまで不敵に笑った。
……と、同時。
[DUEL RULE TAG MATCH]
[READY]
試合開始のアナウンスが始まり、彼らの頭上に文字が表示された。
お喋りはここまでだ。四者はそれぞれに立ち位置を調整する。
A1とアオイは、オーソドックスな横並びの配置。
一方相手側は、百道がやや前に出て、ユキオをカバーするフォーメーションをとった。
そして全員が、戦闘開始に備える。
A1は両手を引くサドンデスの構え。アオイは脱力し、両手をだらりと下げる。ユキオは両手をポケットに入れたままだ。百道は片腕を前に出し、相手の攻撃に備えるとともに自らの顔を相手から隠す。
それぞれの息遣いのみが聞こえる、神聖な静寂の時間。
しかしそれは決して長くは続かない。
張り詰めた空気が会場いっぱいに満ちた、その瞬間。
――[FIGHT!!]
死闘の幕が開いた。
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