N4-3
「さて……この後、何があるんだろね?」
試合が終わると、番組はトークパートに戻る。画面は
するとそこへ、BGMが鳴り始める。
Dom Dom Dom Dom……
均一なリズムで、圧のあるベース音だ。
そして画面中央に向けてゆっくりと入場してくる影があった。当然、
いや、百道……なのだろう。おそらく。
これを先ほどのピエロと同一人物だと判断するのはなかなか難しい。何しろその姿は頭にキャップ、上半身にタンクトップ。百道は短時間でアバターをカスタマイズし……ラジカセを背負った外国人ラッパーの姿となっていたのだ!
「Yeah Yoh Yeah Yoh……」
明らかに適当な単語でリズムを取りながら、マイク片手に進み出る。ノリノリである。
「…………???」
せっかく真面目な顔になっていた葵は、これで再び首を横に倒してしまった。鋭一は頭を抱えた。
「ヘイガイズ、よく集まってくれた。今日の放送はオマケつきだ……次回予告でもしようと思ってな」
百道が語り始めた。内容はまともに喋る気があるらしい。
「次は……ゲスト戦を考えてる」
その言葉に観衆が、珠姫が、そして鋭一が反応した。
ゲスト戦。百道がその時注目しているホットな
「そう、ちょっと気になる相手がいるんでね。だが……困ったことにな、そいつの連絡先知らないんだわ。だからこうして、公開で呼びかけてみようってワケ!」
百道は両手を広げた。観衆は「ウオー!」「誰だー?」「そろそろアカリちゃん呼んでくれ!」などと好き放題に話す。
「そいつは、そうだな……女の子だ。最初はルームで見かけたんだが、えらく良い動きをしていた。最近はちょっと有名になったみたいだからな、皆も知ってるんじゃないか?」
百道の趣味のひとつに、各地のVRルームめぐりがある。そこで面白いファイターを見つけては、こうして生放送に招くというわけだ。
周囲からまばらに、息を呑む音がした。百道にここまで言わせるということは、相当な強者であろう。
「……発表しよう。私が次に呼びたいそいつの名は――」
マイクを口元に当てる。ハウリングし、その声は幾重にも反響した。
「『ゴースト・キャット』」
瞬間。鋭一が、珠姫が、横を見た。当の本人は、何のことかわからない、というふうに首を傾けたままだった。
「あ……アオイ? ルームで見たってことは、ココか? ココに来たのか、百道が」
鋭一がきょろきょろとあたりを見回す。ちょうどドアの外もざわつき始めていた。
また広場に集まったギャラリーの中にも反応する者があった。
「『ゴースト・キャット』?」「おお! あの!」
誰かが口を開くと、そこからざわめきが波及する。
「あ、聞いたことあるぞ」「あの猫耳の?」「俺も昨日わからん殺しされた!」「え、実在するの?」「幽霊のように消えたり現れたりするんだよ」「それでゴーストか」
ひととおり周囲のリアクションを楽しんだ後、百道は話を続ける。
「そう、噂の黒猫ちゃんと私は戦いたいというワケだ。一応関係者と思われる人たちには連絡したんで、通じると良いが……」
「関係者? 誰だー?」
ギャラリーの一人からの問いに、百道は意味深に笑った。
「フフフ。ルームに行った時に……あの『A1』君の姿を見たもんでな。知り合いなのかと思ったら、その場で直接対決を始めやがった」
「A1! サドンデスのチャンピオンじゃん」「あ、その試合見た!」
周囲が再びざわめく。
「そうそう。で、『ゴースト・キャット』も彼の連れじゃないかと思ったわけだ。だから、A1のスポンサーには頼んでみたよ。この放送を見ろってね……どうかなー?
見てるー?」
百道はカメラに向けて手を振りつつ、
「A1。彼とも、戦いたいとは思っている。そのゴースト・キャットにも勝ったようだし……昔、動画再生数で一瞬抜きやがったのはマジで許してないからな! 聞いてるかA1! デュエルで私と
百道は人差し指をカメラに向け、宣言した。
「「「ウ……ウオオオオオーーーーー!!!」」」
宣戦に観客たちは沸き立った。それに応じるように、再び百道はリズムを取り始める。
「Yeah Yoh Yeah Yoh……」
「HEY。聞けよA1。ここは戦場、サドンデスじゃねえデュエルこそ平常。お前の戦い、いつも楽しくねぇ表情、だが俺今まさに連勝、来週はテメェ負かすRadio
Show!」
「「「Wooooooooow!」」」
「そんで気分上々、あと……えーと……うーん、おいラップってむずかしいな」
「「「Booooooo……」」」
百道は挑発しようとラップを試みた。一度は盛り上げたものの、いまひとつ着地できずグダグダになって終わる。ギャラリーからは笑いが起きた。
それを見て……鋭一は、苦み走った笑みを浮かべて拳を固めていた。
「こ……この野郎。随分煽りやがって。俺までご指名かよ……!」
対戦を希望された嬉しさもあるが、勝手に色々言ってくれるものだ。サドンデスに「引きこもっていた」という表現は、事実なだけに痛いところをついている。つい挑発に乗って、直接殴ってやりたくなるところだ。
一方で、鋭一の頭は既に計算を始めている。相手は格上。例えばこの指名を受けたとして、勝ち目のある戦いか? この思考は染みついている癖のようなものだ。
百道の指名は葵と鋭一。果たしてどちらが戦うのか。葵はどう考えているだろうか。やはり嬉々として戦いたがるだろうか? 鋭一は横を見る。
しかし葵は、少し意外なリアクションをとっていた。
「……む」
彼女は小さく頬をふくらませ、じろりと画面の中の百道を睨んでいる。
この態度に鋭一は覚えがあった。葵を苗字で呼んでしまった時だ。つまりそれは……彼女が、不機嫌であることを示している。
葵は無言で身をかがめ、VRゴーグルを拾い上げた。そのまま装着しようとする。
「……葵? ど、どうした?」
鋭一が驚き話しかける。葵はログインする手を止めずに言った。
「鋭一のこと、ばかにされた」
「えっ」
葵はそのままログインした。いったい何をするつもりか? 鋭一も慌ててゴーグルを手にすると、追うようにログインする。
その様子を、二人の後ろで珠姫がニヤニヤしながら見守っていた。
***
ギャラリーに囲まれ、MCパフォーマンスじみたことを続ける百道。例によって生放送は公共スペースで行われている。つまり、放送主でなくても出入り自由ということだ。
調子よく
「……!?」
集う観衆のすぐ後方から、凄まじい殺気が噴出するのを、百道は感じ取った。そこから一瞬遅れて、人混みを割って貫くように飛び出す影があった。
お調子者のラッパーが気付いた時には遅かった。その殺気の正体を百道が認めた時、視界に入ったのは目前に迫った二本の指先だった。
「オ……オオオオオ!?」
戦闘中ですらないタイミングでの奇襲に叫ぶ百道。ギリギリで反応し、顔面の位置をずらそうとする。目潰しが当たるか、かわされるか、果たして……というところで。
横合いから躍り出た少年アバターが、攻撃者の手首を掴んで止めた。
「……葵! ストップ!!」
命中寸前の攻撃を妨害された黒猫の少女は、妨害者の少年を不満そうに見上げる。
「……鋭一。何でじゃまする?」
「いや、当たり判定はないんだけどさ。試合の外で殴りかかるのはマナー違反というか」
直後。周囲のギャラリーが沸いた。
「「「うおおおおおお!!!」」」
「何だ今の?」「み……見えなかった!」「ていうか……それを、止めた?」
彼らはすぐに理解した。ここに乱入した二人こそが、百道の指名した驚異の新人、『ゴースト・キャット』アオイ。そして『サドンデス王者』A1であると。
「……おいおい。期待してたとはいえ、マジでご本人登場とか。こいつは……」
百道は口元をひきつらせて漏らした。珍しく演技を忘れた口調だった。
「……メッッッチャクソ面白いぞ」
我に返ったラッパーはマイクを手にした。
「YO。今、私の中でアイデアがスパークしたぞ。あれほどの奇襲を出せる『ゴースト・キャット』。それを止める『A1』。これは絶対両方戦いたい。片方なんてつまらん……だから!」
百道はアオイの目潰しに呼応するように二本指を出す。そしてそれを、少年と少女。両方を指すように向けた。
「……二対二だ。次回のゲストコーナーは、タッグ戦を申し込む!」
おお、と観衆が反応した。それならばアオイとA1が両方見られるし、百道がタッグで戦うというのはおそらく番組初だ。なるほどこれは、見る側としても面白い。
「ちょうどこちらにも、アオイと戦いたさそうな知り合いがいるんでね……ユキオ! いるか?」
百道が呼びかける。すると、観衆の中から、けだるそうに歩み出る人物があった。フードつきコートを着込んだ青年のアバター。ユキオといえば……謎の『ビーム』でアオイを苦しめた存在である。
「まったく、急に呼び出すなよ……俺はあんま派手に目立つ気はないって、言わなかったか」
「思いついてしまったものは仕方あるまい! 何よりこの相手なら……お前も、断らないだろう?」
百道はユキオにマイクを向ける。ユキオはフードの下の表情をわずかに崩した。
「まあ、そこに関しては……その通りだ」
「……ということだ。受けてくれるかい?」
そうしてついにマイクが、A1とアオイに向けられた。
鋭一はどう答えたものか逡巡した。アオイとのタッグは未知数。自分の実力が通用するかも未知数。ユキオの真価も未知数。まるで結果の想像できる代物ではない。「勝算が七割切るような勝負はしない」……鋭一は自らのポリシーと現状を照らし合わせるが、
「うん。倒す」
その間に、たった一言。一歩踏み出したアオイが、試合を受けてしまっていた。
「え」
「……決まりだ」
百道が頷き、観客を煽るように両手を広げる。
「決戦は一週間後! 楽しみにしててくれよ!」
その言葉に群衆はざわめき、盛り上がりとともにこの日の放送は終わった。
「…………マジか」
取り残されたように呟くA1に、アオイは、
「大丈夫、鋭一。わたし強いから。倒すから」
彼を励まそうとしているのだろうか。両手を胸の前でぎゅっと握り、意気揚々と言うのだった。
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