Round5 平田鋭一と一色葵

N5-1

 背の高いビル群。色とりどりの看板。間断なく往来する人々。


 ビルの壁に貼り付けられた大型ディスプレイからは3D映像が浮き上がり、躍動感のある美少女の動きとともに新作アニメの宣伝が大音量で流れ続けている。


 近年になってより一層の進化を遂げた秋葉原は、技術とコンテンツ、そして文化の最先端にして総本山。鋭一も休日にうろつくことは多く、自分用にVR設備を購入したのもここだ。地理的に最も勝手を知る、馴染み深い土地でもある。


 ……だというのに。


 今日の鋭一はどうしていいかわからず、駅前で歩みを止めていた。

 見慣れた風景が完全に別の街に見える。なんだか色が違うような気すらするが、おそらく錯覚だろう。そのくらい、いつもと状況が違うのだ。


 ――隣に、女の子がいるというのは。


「……鋭一? どうしたの」


 すぐ右、体温すら感じる至近距離で鋭一の服の裾を掴んでいる葵は、不思議そうに首を傾けた。


「ずっと止まってる。行き先がわからない?」

「え? ……ああ、うん。そんな感じかな……?」


 鋭一がやんわり肯定すると、葵は困ったような表情で呟いた。


「鋭一は記憶力が心配だから」

「……完全にそういうキャラにされてるのな、俺」


 鋭一は諦めたように天を仰いだ。そして、ふう、とひとつ息をつき、観念して隣の葵に聞くことにした。


「……なあ、葵」

「?」


「大変お恥ずかしながら、その……ね? お聞きしたいんですが」

「うん」

「デートって……どうやるか知ってる?」


 その問いに、葵はすぐに答えなかった。しばしの無言。二人の間を、道行く人の喧騒が何度か通り過ぎる。

 そして少しして、葵は口を開いた。


「漫画で、見たことある」

「おっ……そうだ。漫画でいいよ。参考にしよう。どんなだった?」


「漫画では……まず」

「まず?」

「男の子が遅刻してくる」


「…………」

「…………」


 再び、わずかの無言。鋭一は苦しげに答えることしかできなかった。


「……ごめんな、間に合っちゃって。待たなかっただろ?」

「……うん。わたしも今きたとこだから」


 言いながら、そんなやりとりがあるか、と鋭一は思った。

 二人で遊んだり、ご飯を食べたりしたことは(主に学校でなら)あるのに。それが「デート」なんて仰々しい名前がつくと、どうしてこんなに難しくなるんだろうか。


 もはや腹を決めるしかない。この街はホームグラウンドなのだ。このままここで立ち尽くして一日を終えるわけにはいかない。


「しょうがない……とにかくどっか行こう! 俺はいつも行くようなトコしかわかんないけど……!」


 鋭一は一歩を踏み出した。


「! ……うん」


 葵は鋭一の服を掴んだままついてくる。こうして、二人の「デート」が始まった。


***


 そもそも百道との試合を控えたこの時期に、なぜ二人で出かけているのか?


 その理由は前日の特訓にあった。鋭一も葵も、今までの戦いは全て一対一で、タッグで戦った経験はない。だからチームとして戦えるよう慣れておく必要があった。のだが。


「よし、もらっ――うわ!?」


 オート操作のNPCとの練習モードにて。後方に退いた敵を追い、止めを刺そうとしたアバター・A1は横合いから妨害に遭った。もう一方の敵か?


 乱入した影は黒く、疾く、そして頭に猫耳がついていた。……アオイだ。

 同じ敵を狙って突撃した二人は、クロスする形でぶつかってしまう。しかもその隙に、フリーになっていた二体目の敵がA1の背後から迫っていた。


「……鋭一。あぶない!」


 味方の危機に、アオイが殺気をみなぎらせる。猫の耳がピンと立ち、目つきは鋭く。アオイは黒い暴風のように立ち回った。


 まず、A1に迫る敵に鋭い貫手を見舞う。急所を正確にとらえ、一撃で無力化。さらにそこから反転し、元々狙っていた一体目に後ろ回し蹴りをヒットさせる。そして最後に、回し蹴りの勢いを乗せて上半身を回転させ、裏拳を目の前の三人目、その顔面に叩き込んだ。


「えッ……?」


 信じられない、というような声を出して、その三人目は倒れた。

 ただ一人その場に残ったアオイは、それを見下ろして呟いた。


「鋭一」


 言うまでもなく三人目とは、A1であった。


「…………なんで倒れてる?」


 思った以上に、タッグというのは難しいものだった。


 一人の敵を深追いしがちで、自らの手で止めを刺すことにこだわる鋭一。

 目に入るものすべて敵と判断し、ついつい叩き殺してしまう葵。

 なかなか上手くいかない特訓に、不安も募る。鋭一が頭を抱えていると、


「うーん! 二人とも、一回休もうか!」


 パンパン、と手を叩きながら珠姫が割って入った。彼女はアドバイザーとして、時折特訓にも同席する。


「や、休んでるヒマなんかあんのか……?」

「いやあ、ストイックなのは鋭ちゃんの長所だけどね。真面目に言ってんのよ? 根を詰めてると視野も狭くなるし……それに」


「それに?」

「キミたち、なんだかんだで知り合って日も浅いんだから。もっとお互いを知るとこから始めなきゃ。タッグに関してはね、信頼は物理的な運動能力に直結すんのよ。これ、マジだから」


「そういうもんかなあ」

「信じろっつーの。だからね、葵ちゃん」


 珠姫はくるりと葵のほうを向き、ウインクした。


「明日ちょっと鋭ちゃんと、デートしておいで?」

「……デート」


 その言葉に葵は顔を上げた。瞳の奥で、きらきらとした光が瞬いている。


「えっ」


 やや驚いたリアクションをしたのは鋭一だった。そんなことを言われるなど想像もしていなかった。


「何が『えっ』だよ。喜べよ! なおこれは出資者としての指示です。異論は認めませーん」


 珠姫は人差し指をくるくると回した。完全に楽しんでいる。

 だが、彼女は経営者。決して、目的のためにならないことは言わない人間なのだ。その点は鋭一も彼女を、信用している。


「……わかったよ。明日は、楽しんできます」

「よしよし。あ、くれぐれも言っとくけど、プラネットは禁止だからね? ココにも来んなよ絶対」

「わ、わかってるよ」


 鋭一は押され気味に承諾し、それを見て珠姫は頷いた。


「鋭一と……デート」


 その間、葵は中空に呟き、そわそわと落ち着かなさげに動いていたのだった。


***


 というわけで始まったデート。……といっても鋭一にできるのは、普段行くような場所に連れていくことだけだが。


 何しろデートというやつはわからない。鋭一もネットで「デートとは」みたいな記事に目を通してはみたものの、ある記事では「定番!」と書いてあることが、別の記事では「こんな男とは別れろ!」なんて書いてあったりするのである。


 葵は、どうだろうか。彼女は今日の待ち合わせに、いつもの制服姿で現れた。今日は彼女にとって特別ではないのか、単に他に服がないのか。彼女はこのデートを……二人で街を歩くことを、楽しみにしているだろうか?


 葵とは「こいびと」になってはみたものの、今まで二人でどこか行くとなれば必ずVRルームだし、何かするとなれば必ずプラネットだった。だが今日はそういうわけにいかないのだ。プラネット以外のことをするためのデートなのだから。


「もう、こうなったら俺の休日コースをそのまま案内するしかないな」


 鋭一はとりあえず方針を固めた。二人で……絶対に楽しんでやる!

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