N4-2

「……平田プロ。イチャイチャすんのが目的なら、即刻やめてもらいたいんですけどおー?」


 珠姫は蔑むような目で鋭一を見ながら、ソファで脚を組んだ。本来この部屋にソファは一つしかないのだが、金を出して店長にもう一つ追加させたらしい。


「いっ、イチャイチャなんかしてねえよ。戦いのシミュレーションだから。なあ葵?」

「…………」


 葵は鋭一のとなりで放心したようにぼーっとしており、鋭一と一緒に説明してくれない。


「シミュレーションってキミ、いったいどんな戦いをするつもりなのよ……」


 珠姫が呆れたように頬杖をつくのと同時。


「……あっ」


 何かを思い出したように葵が立ち上がり、トテトテと珠姫に近づいた。


「ん? どした? やっぱセクハラ訴訟とかする? 弁護士紹介する?」


 珠姫が反応して顔を上げると、葵はスカートのポケットに手を突っ込んでてのひら大の物体を取り出し、珠姫に手渡した。

 袋入りの煎餅せんべいだった。今日は海苔が巻かれている。


「……あげる」

「えっ」


 もしかして、彼女なりに許してもらおうとしているのだろうか。それがどうにも面白くて、珠姫は毒気が抜かれてしまった。彼女は調子を狂わされた、とでもいうように息を吐き、


「葵ちゃん。あたし、モノで釣られるほど安い女じゃないんだけど――」

「……もらってくれない?」


 葵は小さく呟きながら首を傾ける。

 珠姫はそんな葵の頭をポンと叩いて、ついでに煎餅を受け取った。


「釣られるならモノよりヒトだよね。お菓子についてきた、可愛い女の子のほうに釣られてあげよう」

「よかった」


 葵は安堵したように首を戻した。そして、


「鋭一のことも、許してあげてくれる?」


 と言った。そこで珠姫は耐えられなくなった。


「あははははは、マジか葵ちゃん! うわあ。鋭ちゃんの野郎、良い嫁持ったなあ。なんかムカついてきたわ」


 彼女は面白そうに手を叩き、背もたれに背を預けた。


「まー、マジメにゲームやってくれりゃいいのよ、要はね。二人とも、これからウチの会社を背負ってもらうワケなんだからさー」

「はあ」


 とりあえず許してはもらえたようで鋭一は安堵した。というか、初めから咎める気などなかったのだろう。珠姫は鋭一を翻弄するのを好むところがある。


「今日は、これからのプランを話そうと思って来たんだよね」


 珠姫は長い脚を組み替えた。この仕草に、何人もの取引先がノックアウトされてきたと言われている。


「鋭ちゃんはとっくにBランクだしさあ。葵ちゃんも、下位レベルの連中じゃ相手にならないと思うんだよね。こないだの試合でせっかく名前も売れたことだし、もっと今のうちから名のある実力者と当ててあげようと思って」


 なるほど、と鋭一は得心した。葵の訓練にもなるし、実力者を倒せれば売名にもなる。名前が売れれば、さらなる大物との対戦が望めるようになってくる。


 そして格上に連勝すればポイントが大量に獲得でき、自然とランキングも上がっていくだろう。珠姫は財力と人脈を使って、そのためのマッチメイクをしようというのだ。


「アカリちゃん、悪童、山本さん……何人か候補はいるんだけどね。誰からオファーするかね」


 珠姫が挙げた名は、鋭一も知っていた。Bランクで頭角を現してきた、将来有望と目されている覚醒者アウェイクたちだ。過去の鋭一ならば勝てる気はあまりしなかったが、新たなスタイルを練習した今ならばどうだろうか。


 珠姫は連絡先を検索しようとスマホを取り出した。その時だった。

 ちょうど、彼女のスマホが鳴動した。メールが着信したようだった。


「ん?」


 珠姫はロックを解除し、着信したメールにさっと目を通す。


「なんじゃこりゃ」

「どうした?」


 珠姫のリアクションが気になり、鋭一もスマホを覗き込む。そこには簡素な文面で、こう書かれていた。


『今日の放送の最後に面白い発表をする。貴女には是非視聴してほしい。あと、もし連絡が取れるなら彼にも伝えてくれないだろうか……A1くんにもね』


「お、俺?」


 いきなり名指しされ、鋭一は驚いた。いったい誰が自分を指名など? 視線を移し、メールの差出人を確認する。送信者は、鋭一も大いに聞いたことのある名前だった。


 ――百道ももち


 プラネット界隈で知らぬ者はない、有名配信者。


***


 覚醒者アウェイク百道ももちの生放送「100ch.ヒャクチャン」はランキング戦の生配信としてかなり人気のある番組だ。


 毎回趣向をこらしたテーマに、軽妙なトーク。最新のスキル情報をいち早く伝えたりすることもある。また本人の実力も一線級で、Aランク予備軍と言われるトップ100に食い込んだこともあるくらいだ。


 放送は基本的に毎週行われ、鋭一もよく視聴している。鋭一にとって百道は、ある種憧れの存在とすら言えるだろう。


「へえ、面白いじゃん。どれどれ」


 珠姫は機器のスイッチを入れた。ちょうどVR個室にいるため、ここの設備があれば三人で放送を視聴できる。

 少し待つと画面が切り替わり……番組が、始まった。


「さて、それじゃあ今回のテーマなんですけども――これ! 『テクニック3振りでどこまで行けるのか』! 結構みんな興味あるんじゃないのかな~~」


 軽快なナレーションが始まる。今日は通常通り、ランキング戦に挑む内容のようだ。

 画面では広場を背景に、中央に百道が立って喋っている。周囲には物好きな観客が人だかりを作っていた。


 プラネットの生配信は、ゲーム内の自分の姿をそのまま写す仕組みになっている。特別にブースを設けるわけでもなく、ほとんどテレビの公開生放送に近い。その分特別な準備は必要なく、ゲームに登録した覚醒者ならば誰でもお手軽に配信を開始できる。


 百道は派手な顔面ペイントを施した、ピエロのような姿のアバターだった。

 百道というプレイヤーには一つ、他にない特色がある。アバターを毎日、気分で変えるのだ。見た目も、カードも、スキルも。


「というわけで今日は、こんなん用意してみました。スキル〈武具:バランスボール〉!」


 画面の中の赤茶けた大地で、アバターが巨大なボールを掲げた。戦闘前パートの放送は、そのまま広場で行われている。


「この、道具系だと全部〈武具〉ってスキル名になっちゃうの、どうなのかなって前から思ってるんですけど。運営さん、これ聞いてたら一考してくれませんかねー?」


 相変わらずのトークで、運営をチクリと刺す。実際に運営にも聞いている人間がいるらしい……という噂もある。


「……ちょい脱線したか。とにかくね、このボールに乗って戦います。ボヨンボヨン不規則に弾むボールの上から攻撃する! テクニック全振りならこんなこともできちゃうんだよね。相手の意表をつくのは戦いの基本だし、意外と戦えるんじゃないかな?」


 彼(彼女?)はこんな突飛な戦法でも、思いついてすぐ実践できる。なぜか?

 簡単である。あらゆる動きをこなせるだけの、優れた格闘センスを持っているからだ。


「そういうコンセプトなんで、アバターのデザインはピエロにしてみました。『ハッハー! ようこそ! 今日はキミを夢の世界へ招待するよ!』……うん、ロールはこんな感じかな」


 さらには、演技力もある。戦場において、常にアバターになりきって会話することから性別不明とすら言われている。生放送での本人の声質も中性的で、謎の多い人物でもある。


「じゃあ早速ランキング戦いってみましょう! 今日はBランク、4220Pからスタートで~す」


 そうして、この日の狂ったピエロの挑戦が始まった。


「初戦突破~! ボールの上でズッコケてるだけに見えても計算通りだったりするんだよね! これで蹴りが決まると爽快だな~~」


「あっ、惜しい! やっぱパワー0だと重い一撃は出せないんで、手数で攻めるしかなくなりますね。うーん困ったぞ」


「うおっコノヤロウ! 今の相手、視聴者だろ! ボールの方狙われたら台無しでしょうが!」


「ぐえー! 血迷ってボールをぶつけてみましたが、まあ当然ダメージとかないですね! そしてボールを失うと割と何もできない!」


「あー! あの、ちょっとわかってきたんですけど!」


「……これ! 弱いですね!」



 画面を眺め、鋭一と珠姫は唖然とした。



「こ、これは……」


 鋭一が呟き、二人は顔を見合わせた。互いの認識は一致していた。


「「ダメな時の百道じゃねーーか!!」」


 有名な話だが、百道の放送にはたまに「ハズレ回」がある。アバター構成が気まぐれなため、勝てない時はとことん勝てないのだ。

 叫ぶ二人の横で、葵はこてん、と首を横に倒した。


「鋭一……? この人は、強い……強いのに、弱い……? あれ?」


 葵に問われ、鋭一はほう、と息を漏らした。流石は葵。身のこなしから、百道本人が強いであろうことは見抜いているのだ。それなのにマヌケな負け方をしているので、困惑しているようだが……。


「えーと、そうだな……」


 どう解説したものかと鋭一が困っていると……


「い……いかんいかん! ちょっとタンマ、一回中止! カメラ止めろ! ――ってカメラも自分だったわ」

「いやー今日は、諸事情あってカッコ良いとこ見せておきたかったんだけどなー。ちょっとこのまま終わるわけにはなー」

「……よし」


「延長戦します! 何がテクニック3振りじゃ! スピード1、パワー2に変更! ここからが真のバランスボール道じゃ!!」


 放送はまだ続いていた。百道は当初のコンセプトをガン無視し、見た目だけが同じピエロアバターを再び戦場に投入した。

 そして……怒れるピエロの逆襲が幕を開ける。


「さあ、夢の世界の始まりだよ! オラー!!」


 試合開始と同時。狂ったピエロはいきなりボールを投げつけた。当然、ダメージはない。しかし、突然のことに相手は混乱している。視界を塞ぐ目くらましとして機能しているのだ。


 その混乱に乗じて駆け寄ったピエロは、ボールに向かって派手なドロップキックを見舞った。ボールが反発し、密着していた敵アバターが大きく跳ね飛ばされる!


 普通に跳び蹴りを受けただけであれば、ここまで吹き飛ばされることはない。意外なことの連続に起き上がりが遅れた相手に、ピエロが襲いかかった。


「ハハーッ!」


 甲高い声をあげ急襲するピエロ! ほとんどホラー映画だ。

 雰囲気で押し切り、完全に試合を掌握した百道は、そのまま格闘戦を開始した。


 鋭いジャブで牽制しつつ、敵の苦し紛れの反撃は全てかわす。

 隙をついて相手の足を刈り、マウントを取る。


 ……地力が、違う。奪ったリードを守り切る、確実な試合運びだ。この百道という覚醒者アウェイクは、シンプルに格闘戦をしても大抵の相手には勝てる。それだけの実力がある。


 しかし、始めから格闘に徹することはしない。それはなぜか?


 百道はただ勝ち星を欲しているのではない。

 視聴者をいかに笑わせ、驚かせるか。それだけがこのゲーマーにとっての正義なのだ。


 ピエロはバランスボールを叩きつけて止めを刺そうとし、結局それではダメージが足りず、最終的にヘッドバットで敵のHPをゼロにした。

 これだけ遊んでいるのに、余裕を持って勝つ。数段上の実力がなければ出来ない事だ。


「……鋭一」


 試合を観た葵が、鋭一の服の裾を掴んだ。表情はすっかり真剣なものに戻っている。


「ああ、そうだよ。この人は……とっても、強いんだ」


 鋭一は画面から目を離さずに答えた。

 百道はこの後も調子を落とさず、十連勝してランキング戦を終えた。強者ひしめくBランクで、負けを挟まずに十連勝。そうそうできることではない。


「さて……この後、何があるんだろね?」


 珠姫が言った。そう、先ほどのメールによれば、本題はこの後だ。

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