N2-10

「『アオイ』か……聞かん名だな。まだ始めたばかり、といったところか?」


 再びランキング戦に潜ったアオイの最初の相手は、今までになくよく喋る男だった。道着を着た柔道家のアバターは腕を組んで語る。


「だがここから先の領域では、本能のままに戦っても通用せんぞ。技術が要る。〈スキル〉と既存の武道を組み合わせた独自の武術……我々『如意道にょいどう』のような、な!」


 男は腕を前に出して構えた。そしてそこで、


 [FIGHT!!]


 試合開始の合図があった。それと同時に、柔道家の腕が伸びた!


「どうだ、〈伸縮腕しんしゅくわん〉ならばどの間合いでも必殺の投げが出せるのだ! 1000Pの世界を知るが良——」


 が、そこまでだった。

 次の瞬間には柔道家は爆発していた。力の差は、歴然。アオイは爆風を背に呟く。


「えっと、お話がむずかしくて……よくわからなかった」


 [FINISH!!]

 [WINNER AOI]


***


「…………来たか」


 次の相手はコートと帽子を身に着け、ナイフを持った長身の男だった。


「俺は甘くない。一瞬で決まるかもしれんが、悪く思わないでほしい」


 だがこれは反則ではないのだ。スキル〈武具〉を取得すれば、武器の持ち込みは許されている。


 もちろんゲームバランスのために武器の種類はある程度制限されており、例えば銃は論外。刃物も殺傷能力が高いために射程距離に制限があり、刃渡りの短いナイフ程度が限界である。


 また〈武具〉はスキルの装備枠を大きめに圧迫するため、武器を持つと他のスキルはほとんど持つことができない。それほどの威力がある、ということでもあるが。


 [FIGHT!!]


「——後悔するなよ」


 試合が始まる。男が駆け寄り、凶刃が迫る。が……彼はそのまま、普通に腕を取られた。


「え」


 ナイフは腕部の関節の動きによって振るわれる、いわば人体の延長である。ならば一色葵にとってそれは問題にならない。あっという間に連撃が叩き込まれ、勝負は決した。


 男の爆発を見届けながら、アオイは少し申し訳なさそうに呟く。


「……一瞬で決めてしまって、ごめんなさい」


 [FINISH!!]

 [WINNER AOI]


***


「やあ、アオイちゃんと言うのかな!? こんにちは! 今日はボクと遊んでほしいんだワン!」


 三人目の相手を見てアオイは驚き、動きを止めた。

 相手のアバターは、狼男そのものだった。顔はオオカミで牙が生えており、筋骨隆々とした上半身はフサフサとした毛に覆われている。


「ワンちゃんだ」

「その通り! キミはネコちゃんかな! ワンニャン対決とは愉快だねっ!」

「うん。たのしく遊ぶ」


 狼男はコミカルな動きでポーズをとってみせた。プラネットのアバターデザインはかなり自由度があり、獣人やロボットなども作ることは可能である。


 [FIGHT!!]


 試合が始まった。狼男はアオイに向かってまっすぐ、ドタドタと駆け出す。

 狼男はアオイに接近すると、腕を大きく広げてハグのような体勢をとり……両腕を思い切り、振り下ろす。


「やったー! アオイちゃんは可愛いなあ! ——食べちゃいたいくらい!!」


 その獣の両手には、鋭い爪が光っていた。


 アバターを作成する上で爪をデザインするだけなら、そこに殺傷力はない。だが……スキルとして〈爪牙そうが〉を合わせて取得していれば、ダメージ判定を持たせることが可能となるのだ。当たればダメージは大きいだろう。


 ——が。アオイはここで殺気のアクセルを100まで踏んだ。右手の二本指を前に出す。超速の、目突き。


「ワンワ……ワゲヘアァァァ!?」


 指先が眼球に命中し、狼男の視界が赤く明滅する。獣人とて目の位置はヒトとそう変わらない!


 アオイは隙を晒した相手の首を抱え込み、前方に跳んで尻から着地。首をへし折った。狼男のHPがゼロになり、遅れて、爆発。

 アオイは爆発跡に向かってぺこりとお辞儀し、言った。


「遊んでくれて、ありがとう」


 [FINISH!!]

 [WINNER AOI]


***


「……どうしてくれんのよ。実力見せろとか言ったあたしがアホみたいじゃん」

「フフフ、実際アホだったということだろう」


「ンだと一発屋このやろう。しかし、Cランクじゃ相手にもならない感じね。何だろ。敵のHPの減りも、異常に速いような……」

「だろ? さっきなんて、一撃必殺みたいな……そんなのもあったんだぜ」


 腕組みし、脚を組み替えながら珠姫が言うと、鋭一は自分のことのように得意げに答えた。


「一撃? まっさかぁ」

「俺もハッキリ見たわけじゃないんだけどさ。葵ならできてもおかしくないっていうか……ホント、凄ぇよ。これならAだって、狙えるさ」


 鋭一はゴーグルを外しかけている葵を見やる。それに気づいた葵は鋭一の方へするすると接近すると、上目遣いしながら頭を差し出した。


「ん」

「え!? ああ……うん」


 鋭一には葵の求めるものがわかった。頭を撫でてやると、葵は気持ちよさそうに目を閉じた。珠姫はニヤニヤしつつそれを見守る。


「ん。鋭一に撫でられるの……好き」

「へぇー、見せつけてくれるじゃない。いや……認めるよ。この子の実力はホンモノ」

「お、おう。じゃあ……」


 手を動かしつつ、鋭一は顔を上げた。葵にもスポンサーがつけば、彼女が楽しめるような強い相手とも次々に戦えるようになる。

 珠姫は何かを考えるように、悩まし気に人差し指を顎に当てた。


「じゃあ……最後の条件」


「えっ、まだあんのかよ」

「ふふ。やっぱ最後には、ボスを倒してもらわないとね」


「……ボス?」

「居るじゃない。一人、ふさわしいのが」


 珠姫は得意げに片目をつむり、正面の人物に目線を送った。

 デュエル・ルールのBランクでくすぶり続ける、サドンデスの王者を。


「……はァ?」


 鋭一が頓狂とんきょうな声を出した。だが珠姫は動じない。


「決まりね。葵ちゃん」

「?」


 鋭一に頭を撫でられるに任せていた葵は、呼ばれて首を傾けた。そこへ珠姫は、顎に当てていた人差し指を向けて告げた。



「鋭ちゃんと戦ってみ? それが、最終試験よ」

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