N2-8
「え? 何今の」
「終わり?」
「うわっ、女の子が吹っ飛んできた!?」
突然のアクシデントにVRルームのロビーは騒然としていた。
「……何だ。今の試合、決着じゃないのか。
そこに、人だかりの後方から歩いて来る人影があった。
人影は、パーカーにジーンズという凡庸な服装。背は高くも低くもなく、体型は華奢で男性的でも女性的でもない。首から下だけでは性別も年齢も特定不可能だ。
が、問題は首から上のほうだ。その人物は、ガスマスクで顔全面を覆っていたのだ。
「今の子、面白いな。私も戦おうかなあ。ここ、ガスマスク割引とかないですかね?」
謎の人物はあっけらかんと呟いた。めちゃくちゃに怪しかった。
周囲では試合の結末と個室ドアの破損、何よりそのドアをぶち壊しながら飛んできた少女によって大騒ぎになっていた。これほどの不審人物がいても気づかないほどに。
「……って無視ですか。何かつまんないなあ……ん?」
彼? 彼女? は少し残念そうにした後、何かに気づいたようにポケットからスマホを取り出してロックを解除する。どうやら電話がかかってきたらしかった。
「ああ、ユキオ君? おいおいすげーな今の、ホントに一撃KO? ……わからんって何だよ。食らった本人がわかんないの?」
言いつつ、ガスマスク人間は騒がしい店内を見やる。吹き飛んできた女の子もまだいるはずだ。
するとドアの壊れた部屋から出てくる人影があった。制服を着た少年だ。少年は支払いレジのほうへ向かうと、何やら店長に謝り始めた。
電話していたガスマスク人間は、今度はその少年に反応した。
「おや? 彼は……」
謝っている少年が、この世界では結構な有名人だったからだ。
「これは……ますます面白くなってきた。さっきの女の子、サドンデス王者『A1』の知り合いなのかい」
ガスマスクの不審人物は愉快そうに笑い、振り返った。店の出口へと向かう。あまりにも短い滞在だったが、既に目的は十分に満たしていた。
「彼もデュエル・ルールに参戦するのかな? だとしたら……めちゃクソ面白い」
〝面白い存在〟を、見つけたからだ。ここですぐに戦うこともできるが、それでは勿体ない。もっと相応しい舞台を用意するべきだろう。
謎の人物は店の外に出て、誰にも見られていないことを確認しつつ——ガスマスクを脱いだ。ボブカットが風に流れる。長い前髪が顔を隠し、その表情はうかがい知れない。ただ……電話口に話す声は、楽しみを前にした子供のように弾んでいた。
「これは次の番組のメインとして、使えるぞ」
***
「ホンっっっっトすみません!」
「……ごめんなさい」
鋭一は頭を下げ、葵もどことなくしゅんとして謝罪の言葉を口にした。
ゲーム中に興が乗り過ぎたがゆえに現実の体までも横っ飛び、ドアを破って外に飛び出した——。葵の行動は今もって信じられない。まず、ドアを体当たりで突き破れるような女子高生がどれだけいるというのか。
しかし信じ難くとも、現に個室の入り口にはドアがないのだ。事情を話すと、店長のカオリは困惑しながらも理解はしてくれた。
「鋭一くん……。女の子の前でカッコつけたい気持ちは否定しないわ。ただ、ハッスルするのはVRの中だけにしておくのが人の道というものよ」
「い、いやそういうワケじゃないんですけど! まあ、すみません……」
怒っている様子はないようで内心ほっとした。
当の葵は、直立の姿勢で硬直したまま「幽霊」になっている。あまり人と関わらずに生きてきた彼女には、こういう時どうしたら良いかわからなかったのだ。
「しかし、私も鋭一くんの一ファンとして心苦しいけど……これ、流石に弁償なしというワケにもいかないわね」
「えっ。マジですか」
「マジよ。そんなに取るつもりはないけど……。鋭一くん、プロというのはジャンジャンバリバリ儲かるものではないのかしら? そろそろ家が一軒くらい建つものかと」
「全然そんなじゃないですよ! その、正直そんなには。特に今は手持ちが……」
鋭一は
プラネットは近年話題のeスポーツの中でも競技性が高いと評判であり、トップレベルの公式戦は興行化もされている。強いプレイヤーにはプロスポーツ選手のようにスポンサーがつくことも珍しくない。鋭一もとある実業家とスポンサー契約を結んでいる。
が、マイナージャンルであるサドンデスは賞金がそこまで高くはない。そして鋭一は現在、よりゲームに集中できる環境を求め、プロとしての収入で一人暮らしをしている。
先日までは貯金もしていたが、そのお金は念願の、自前のVRセットを購入するのに使ってしまった。決して余裕のある生活ではないのだ。
「うーーん……わ、わかりました。少し待ってもらえますか?」
「大丈夫? もちろん、必要なら何日でも待つけど」
「いや。場合によっては一時間くらいで済むかも。……ちょっと、スポンサーに相談してみますんで」
「あらカッコイイ」
鋭一は腹を決め、スポンサーに頼ってみることにした。あまり積極的に頼りたい相手ではないのだが……親などにはとても言えないし、金のアテというともう他にない。彼はスマホを取り出し、しぶしぶ電話をかけた。
そして、待つこと十数分。
電話で鋭一から事情を聞いた「スポンサー」は、わざわざ店にまで直接やってきた。
「よっ、鋭ちゃん。この高貴なるお嬢様がわざわざ出向いてやったわよ。どしたの? ウワサの葵ちゃんとヨロシクやってたんじゃなかったの?」
鋭一は露骨に苦い顔をした。カオリは珍しくポーカーフェイスを崩し、驚いた顔をした。
驚くのも無理はない。スポンサー……鋭一の競技活動に金を出している実業家という肩書で現れたのは、一見どこにでもいるような女子高生だった。
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