11-5

 大会は終わった。


 閉会セレモニーは盛大なものだった。

 派手好きの主催者・金谷が用意したトロフィーはかなり巨大で、葵には少し大きかったらしく、彼女はおっかなびっくり、優勝の証を受け取っていた。


 だが。そう。葵は、確かに優勝した。


 山本道則、長柳斎、プリンセス……数々の猛者が参加したこの大会で、間違いなく彼女は、頂点に立ったのだ。

 ステージをぐるりと囲む観客席は一様に沸き立っており、そのすべての拍手が、歓声が、一色葵を称えている。


 選手としてステージ横に並んだ鋭一は、ステージ中央の葵を見る。

 葵はおそるおそる周囲を見回しながら……精一杯、その賞賛を受け取ろうとしているようだった。

 決勝戦で自らの名前を叫んだ少女の瞳は、慣れない緊張に震えつつも、きらきらと輝いていた。



 * * *



「じゃあ……帰るか」

「そだね。いやーお疲れ様だよホント」


 選手控室にて。鋭一と珠姫は、荷物を手に取った。その横では、葵がちょこんと待機している。


「あ、そだ。優勝のお祝いしなきゃね。葵ちゃん、何か美味しいものでも食べてく?」

「お。マジで?」

「いや、奢るのは葵ちゃんだけだよ。鋭ちゃん野郎は実費な」

「ぐっ……」


 二人が会話をしている中、葵はそこに入ってこない。そわそわと、あたりを見回しているようだった。

 それに気づいた鋭一が声をかける。


「……どうした? 葵。流石に疲れたか?」

「! ……ううん。えっと」


 葵はふるふると首を振って否定し、相変わらずきょろきょろしている。


「何か……探してるのか?」

「うん……あ!」


 すると、彼女は何か見つけたように顔を上げた。

 控室の外、ぞろぞろと帰っていく選手たち。

 その中に、頭一つ抜けて図体のでかい男がいた。


 流石に一目でわかる。格闘家――山本、道則。


 葵は山本に向けて、するすると近づいた。相変わらず気配がない。

 そして誰にも気づかれぬまま至近距離まで近づくと、彼のTシャツの袖をくいくいと引っ張った。


「……あ、あの」

「!? ……お前は。はは。俺に気づかせない、だと?」


 山本は、試合で相対した時とはまるで違う顔で笑った。

 このプロフェッショナルは、日常と戦闘時で精神を明確に切り替える。


「わた、しと」

「ん?」


 葵は山本に何か言おうと口を開いた。

 その後に続いた言葉を聞いて……鋭一はぎょっとした。


「わたしと殺し合ってくれて、ありがとう」


 周囲が固まった。鋭一は慌ててフォローに入ろうとした。

 だが、ギリギリで踏みとどまった。

 葵がぺこりと頭を下げると、山本が心底楽しそうに、笑ったからだ。


「――っははははは! そいつはご丁寧に。本職の試合後にそんな事を言うやつは、流石にいなかったな!」


 ああ。そうか。鋭一は理解した。言葉こそ物騒だが、葵は、一人のゲーマーとして、戦った相手と称え合いたいのだ。

 笑う山本に葵がぺこぺこと頭を下げていると、続けてサングラスをかけた青年が通りかかった。葵はそれを見逃さなかった。


「――! まって」

「げッ」


 葵が呼び止めたのは、一回戦で戦ったアヤしげな青年、「タンポポ」だった。

 最後には「虫」を見せるなどの奇策まで使った彼は、気まずそうに立ち止まった。そして葵はそちらにも、お礼を言う。


「殺し合ってくれて、ありがとう」

「こ、殺し――? ああ。ハハ、私はそこのおっさんとは違う。殺すつもりでやっちゃいないが……キミと戦うのは楽しかった」

「でも……虫はこわい。やめてほしい」

「さてね。殺し合うつもりなら、ルールは無用だろう?」


 訴える葵に、はぐらかすタンポポ。思った以上に会話が成立している事に、鋭一は驚いた。

 二人の会話には、ついに山本も割って入った。


「なに、そうしたらまたブッ飛ばしてやればいいだけの話だ。そうだろう?」

「……うん」

「あと、俺はまだおっさんってトシじゃねえ」


 山本は、試合よりはいくらか控えめな睨みをきかせた。

 それでもタンポポは、一歩たじろいだ。

 どこか平和な雑談の雰囲気の中、葵は二人にお礼が言えて満足そうだった。



 * * *



 会場の建物を出ると、入口のところに、葵にとって最大の目当ての人物がいた。


 ――天野あかり。


 ただし、彼女は他の人物と話している最中のようだったが。

 話相手の、白髪交じりの男性は、ひとしきり楽しげに笑った後で、あかりに対して軽く頭を下げた。


「やめてよ。あたしは、最後には負けたんだ。あたしはまだ完成してない」

「結果はそうだ。完成もしていないかもしれん。だが……敬意を表すべき相手としては、間違ってないと思うがね」

「ふん。それに……頭下げられるなんて、ガラじゃないし」


 男性……柳川玄は、それでも微笑みを崩さなかった。

 アバター「長柳斎」を操る彼は、自らを破った若き天才に対し、相応の賞賛を送っているところだった。


 あかりは、くるりと後ろを向き、背中ごしに伝える。


「あたしは……まだ先に行く。もしアイドルとして推してくれるってんなら、ライブで話は聞いたげるわ」

「クク。今からそういう趣味も、悪くないかもしれんな。相手が君なら、だがね……おや」


 そこで柳川は、会場から出てきた葵に気づき、出口に向け歩みだした。


「どうやら次のお客さんだ。アイドルさんは人気者だな……では」

「――へ?」


 あかりが再度、振り向く。その間に柳川が去る。

 そして葵と、あかりの、目が合った。


「「……あ」」


 つい先ほどまで死闘を演じていた二人の少女は、同時に発声した。

 葵が例によって、すすす、と接近する。

 その歩みにすら凄みを感じ、あかりは相手の強さを再確認する。


 そしてやはり、葵は、まず、あの言葉を伝えた。


「……あかり、ちゃん」

「……何よ」


「わたしと殺し合ってくれて、ありがとう」


 流石のあかりも少し驚き、時が止まる。

 だが、すぐに彼女は口を開いた。

 二人の会話は、長くは続かなかった。


「……うん。葵、ちゃん。あなたと戦って……あたしは、また、AKARIに近づけた気がする」

「そう。あかりちゃん、凄かった」

「ふふ。もっと凄くなるよ。なってみせる。この程度で、終わるもんか」


 あかりは噛みしめるように言うと、一度、後ろを向いて。

 それから葵のほうを振り返り、アイドルとして精一杯のウインクを決めた。

 そして、宣言する。


「……次は! ぜったいに! 負けないからね!!」


 それを正面から受け止めた、葵は。

 これ以上ないくらいに瞳をきらめかせて、応えた。


「――うんっ。わたしも、もっと、強くなる……!」


 あかりは再び背を向け、手を振って去っていった。

 その様子を葵はいつまでも、見送っていた。




 ――「ころしあい」。

 葵の、唯一輝ける「趣味」。


 それは相手を「殺す」まで戦う、骨肉を削り合う容赦のない総力戦で。

 でも、殺されても「次」がある。


 あかりは「次は負けない」と言った。

 それが葵には、たまらなく嬉しかった。


 次の「ころしあい」がある。未来に、楽しみがある。

 ずっとベッドで寝ているしかなかった、あの頃とは違う。

 全力で命を取り合っても、明日がある!


 なんて素晴らしい世界に、生まれる事ができたんだろう!


 葵の世界は、今、過去最高に輝いていた。

 胸元に手を当てて、もぞつかせる。温かい感情。

 嬉しくて、でも、それは今じゃない。未来に向けた嬉しさ。

 その正体は? これは、きっと――「希望」だ。



 * * *



「珠姫も……殺し合ってくれた。ありがとう」


 最寄りの駅につき。電車を降りつつ。

 葵は準決勝で戦った「プリンセス」にも感謝した。


「へへー。葵ちゃんと殺し合うのは、なかなかホネだけどねー。でも、またやろうね!」

「うんっ」


 二人はもはや親友のように頷きあった。

 鋭一が微笑ましく見守っているうちに、珠姫も「バイバイ、明日ねー」と手を振りつつ、去っていった。


 そうしてそこには、鋭一と葵だけが残された。


「……鋭一」

「ん?」


「そういえば、今日は鋭一、殺し合えなかった……」

「お、おう。ごめんな」


「鋭一と遊ぶの、すごく楽しいのに……」

「まあ、組み合わせもあるからなあ」


「鋭一」

「?」


 鋭一と葵は電車を降り、駅のホームで、向かい合った。

 葵はまっすぐに鋭一を見た。

 そして、はにかむように……笑った。




「明日もまた……遊んでくれる?」




 あの時と同じ、言葉。

 今までの葵の人生にはなかった、とても大切な言葉。

 だが今の鋭一には、たやすく受け止めることができる、言葉。


「もっちろん」


 鋭一は笑って答えた。

 葵は嬉しそうに頷いた。


「「また、二人で……殺し合おう」」


 大会が終わったって、関係ない。

 明日からも、共にゲームをしていく限り続く、約束。


 ――誓おう。


 これからずっと、全力を、ぶつけあう日々を。





トーナメント編「親愛なる強者たちへ」

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