特別番外編
一色葵の好きなもの(1)
「えい、えい」
「おー、すげえ。その曲は俺もフルコンできるか怪しいのになあ」
昼休み。学校。屋上に続く、
鋭一と葵は、昼休みにはこの場所で、購買で買ってきたパンなどで昼食をとることが日課となっている。
葵は人目の多い場所をあまり好まないようだし、ここなら先生に見つからずにスマホゲーに興じることもできる。
平田鋭一は元々、ゲームの息抜きにゲームするような男である。最近は、プラネット以外のゲームを葵にやらせてみるのも楽しみのひとつだ。
鋭一の貸したスマホに、葵はシュバシュバと連続タップを叩き込んでいる。
葵はRPGなどは苦手だが、音ゲーはいたく気に入ったようだ。
反射神経で彼女を上回る女子高生など、世の中にそうそういないだろう。
何しろ彼女は――「暗殺者」なのだから。
画面を流れてくるボールが女の子の顔に重なった瞬間、タップする。
『人間の顔を、指で突く』のは彼女の特技のひとつである。
そんなもん特技にするな、という話はここでは脇に置いておこう。
――CLEAR!!
――FULL COMBO!!
「やったあ。また殺した」
「おお、流石……いや、殺してはいないんだけどね!?」
葵はふんふんと鼻息荒く喜び、鋭一は感嘆しつつツッコんだ。
彼女はこれを「タイミングに合わせて目潰しするゲーム」だと思っているのだ。たぶんそんなゲームは審査を通らないと思う。
「たのしい」
だが、顔をほころばせて上機嫌になっている葵を見ていると、そんなことはどうでも良くなってくるのだった。
自らの持つ「必殺技(事実、人を殺すための技だ)」を使っている時の葵は、ただただ静かに過ごしている日常から解放され、輝くのだ。
「なるほど。じゃあ……そろそろこっちの曲をやってみるのはどうだ?」
「むー?」
鋭一はそんな葵に、ひとつ提案してみた。葵が首を傾ける。
それはこの音ゲーでも最高難度と言われている曲のひとつだった。譜面の難易度を示す★の数が、それはもう凄いことになっている。
「これは葵でも簡単じゃないと思うなー。何しろ俺でもクリアできないこともあるくらいだ」
「む」
鋭一の挑発的な説明に、葵は頬を膨れさせて不満を示した。
そして直後、雰囲気が変わった。鋭一はゾクリとしたものを背筋に感じる。しまった、調子よく喋りすぎたか?
「お父さんが言ってた。
彼女は目つきを鋭くして言った。その目は、仲良しの男の子と遊ぶ女子高生の目ではなく、一人のプライドある暗殺者としての目だった。
「わたしに殺せないものはない。ぜんぶの目をつぶす」
「いや、だから目を潰すゲームじゃないんだけどね!?」
――そして、血みどろのアイドルショーの幕が上がる。
* * *
「……む!」
「おわァ!」
「……えい」
「どわァ!?」
「……やあっ」
「ギャーーーーーー!!」
彼女の言葉に偽りはなかった。
暗殺拳『
一色葵の凄まじい打突は、確実に相手を捉える。
事実、スマホの画面上ではコンボが途切れずに継続している。
――だが、このままでは血みどろになるのは鋭一のほうだ!
ゲームをするのに合わせて体が動いてしまう人間というのは決して珍しくはない。熱中すれば熱中するほど、コントローラーの操作とは別に人間の体は勝手に動くものだ。
だが、こんなにも動くものだろうか!
しかもその動きは、「人を殺すための技」!!
「……あっ。そっち!」
「あぶねーーーー!!」
ゲーム画面にのめり込んだ葵は、曲の開始と同時に立ち上がった。
両手でスマホを持った葵は親指でタップやスライドを繰り返し、譜面が右に動けば右に、左に揺れれば左に、ステップを踏むように鋭く足を出す。
ローキック、ミドルの回し蹴り、延髄に当たりそうなほどのハイキック!
彼女が「自然と」体を動かせば、そうなるのだ!
鋭一は思い出した。葵は「プラネット」でのゲーム中も、熱中のあまり部屋のドアに体当たりし、破壊して外へ転がり出たこともあるのだ。
つまり、同じことだった!
この踊り場は狭い。鋭一が、葵の足をかわすためのスペースはあまりにも小さい。だが。
「……くそっ、こっちだってプロゲーマーやってんだ。簡単に負けるかよ!」
鋭一は、そのすべてを回避あるいはガードする。
こうして二人の間には謎の勝負が始まっていた。
ぞわり、と鋭一は葵の殺気が膨れ上がるのを感じる。どうやら曲の難所にさしかかったようだ。
スマホに、画面の端から端まで続くスライドの譜面が何か所も出ているのを鋭一は目の端に捉えた。でかいのが……来る!!
「――はぁっ!」
「しま……ッ!?」
だが不覚! 葵の動きは鋭一の予想外だった。空中へと跳びあがった彼女は天井すれすれで宙返り! その間も指は動き、コンボ継続!
曲の終わりと同時に、葵は落下を終えた。
――CLEAR!!
――FULL COMBO!!
画面には、彼女の勝利を示す表示!
アイドル全殺し達成!(死んでないが)
「やった。ほら、鋭一……」
彼女は鋭一を振り返り、画面を見せびらかそうとした。そこで固まった。
「あ……あの、葵……」
「あっ」
葵が着地したのは、鋭一の顔の上。
彼の顔面にまたがる形となった葵は、驚いたようにもぞりと動いた。
顔全面で感じる彼女の体温に、鋭一は大いに慌てた。
「そ、そそそその、俺の負けでいいから、早く降りて……!!」
顔面への、一撃必殺ヒップアタックを受けた鋭一は動けなかった。
不覚! 不覚である!
サドンデスの王者と呼ばれたプロゲーマー「A1」が、まさか顔面への一撃でフィニッシュされようとは!!!
もしこれがプラネットだったなら、こう表示されていたことだろう。
[FINISH!!]
[WINNER AOI]
この暗殺者の「彼女」と付き合うのは……並大抵では、務まらないのだ。
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