11-3
状況を整理する。0.1秒以内に整理する。
頭。相手の左手により掴まれている。その上<ストロングガム>による接着状態。このスキルの有効時間は1秒程度だったはずだが、このまま首を折られるには1秒でも十分すぎる。
首を折られたら終わりだ。鳩尾にヒザを突き込まれているが今は無視する。何よりも優先して頭部を、この技から逃がさねばならない。だが頭は接着されている!
袋小路か? 違う。必ず逃げ道はある。
なぜなら相手の技は一つ欠けている。頭に加えて片手を掴み、捻って壊すのが本来の形。だがAKARIがアオイの右腕を潰した事によりそれは出来なくなった。
今のAKARIは両手が自由だ。だから……
だから、何ができる?
今さら両手でどうしようが頭の接着が外れるわけではない。選択肢を排除。両手を意識からはずす。
どうする。頭は逃がせない。頭を逃がせない、ならば。ならば……
――わかった!
AKARIが動いた。
彼女は最初は頭を振るために踏ん張った片足を、わざと滑らせて倒れた。
アオイの力の向きに――従うように。
頭を逃がせないのなら、体を逃がせばいい。
それがAKARIの出した答えだ。
通常なら選べない方法であった。アオイが普段、相手の片手も掴んでいるのは、こういう逃げ方をさせないためでもあったのだ。
力を逃がされ、AKARIの首関節が重圧から解放される。
人によっては、センスのみでたどり着けた答えであったかもしれない。
今のあかりにそのセンスはない。
だが最終的に、彼女は「思考」で正解にたどり着いた。それが事実だった。
天野あかりの格闘センスは、いわゆる天才のそれではない。
だがゴールドラッシュは彼女を「天才」と言った。
そう。天才と同じ時間で、同じ結論を出せる人間は……天才と同じなのだ!
「これで……ッ! どうよ!!」
AKARIはわざと大げさに、あさっての方向へとスライディングした。予想外の対応をされたアオイが体のバランスを大きく崩す。
彼女の頭部と、アオイの手のひらはまだ繋がったままだ。AKARIのスライディングに引きずられるように、アオイがうつぶせに倒れる。
それは、AKARIにとって大きなチャンスだった。
<ストロングガム>の効果時間が切れる。アオイは慌てて左手を引っ込める。AKARIは追うように両手を伸ばし、その左腕を捕まえようとする。
つい先ほどまで「接着」されていた腕だ。どうしても逃げるのは遅れる。そしてAKARIがこの腕を掴んで
「…………っ! ころし、あい……!」
アオイが何やら呟く。思わず出たような、文脈の存在しない言葉。
瞬間。
アオイの瞳が収縮し……必死さと殺意を凝縮した……生き残ることに全てをかける、野生動物のそれへと変貌した。
ぞっ。と、今のAKARIをすら戦慄させる濃密な気配が放たれた。
AKARIの手は、アオイの腕に、届かなかった。
アオイは倒れかかった無理な体勢から、ヒザ蹴りを出していた脚を伸ばし、AKARIを蹴りはがしていた。
奥義である墨式「
二人は、再び距離を取る事となった。
周囲の観客席も一転、静寂。壮絶なる攻防が、いったん休止となる。
「……ふぅーーーーーーー」
アオイが、長く息を吐く。今までにない緊張感。心臓が強く脈打つ。「命を取られるかもしれない」。その危機感が、暗殺拳伝承者を必死にさせる。
「はぁっ、くっ、そぉ……!」
一方のAKARIも、悔しそうに顔をゆがめていた。
自らの歌を交え、見事なフェイントを決めた。
そして相手の片腕も折った。
さらに、アオイの逆転の一手である「奥義」からも脱した。
最後にもう片方の腕も取れていれば、そこで試合はほぼ終わっていた。
こちらのダメージは、鳩尾に入ったヒザの分と、折れる寸前まで捻られた首。
相手のダメージは、関節を砕いて使用不能にした右腕。
HPの、数字の上では同程度だが、それでもAKARIが有利なはずだ。
だが。
……あの最後の、殺気。思い出すだけで身が震える。
なぜ、こんなにも、勝っている気がしないのだ――!
自分は、無敵のアイドルに、なったはずなのに!!
どうして? どういう事? 目の前の、こいつは――?
「あたしは……」
少女は声に出した。己を鼓舞するため。
「あたしは。あたしは。あたしは。あたしは。あたし、は……!」
さらに、再確認するため。
「――あたしは。『AKARI』だ」
自らを「確定」させたバトルアイドルは、戦意みなぎる瞳で正面を見、もう一方の、正体不明の存在を指さした。
「お前は……何だ?」
その、問いに。
アオイは立ち上がりながら、必死になっていた瞳を戻し。
あくまで平静に、彼女なりの答えを返した。
「わたしは……」
それは、最初からずっと変わらない事実。
この「殺し合い」の場において、暗殺拳の伝承者として、彼女がどういう存在であるべきか。その答え。
「わたしは、強い」
これこそが、アオイ。
存分に「人を殺すための技」を振るい、相手を倒す。ただただ強い存在!
「……ふふ」
その答えに、思わずAKARIは笑った。会話になっていない。
だが不思議と、アオイの意思は伝わった。
AKARIは前を向いた。そんな存在にだって打ち勝つのが、AKARIだ。
「――あたしも、だよっ!」
そして、最後の交錯が始まる。
AKARIは思考を開始する。
片腕を失ったアオイにできる事はひどく限られる。ならば何をしてくる。まず前提として、アオイが関節技使いのAKARIと戦う場合、接近しすぎず立ち技で戦ったほうが有利――
キュッ
AKARIが考え終わるよりも先に、アオイが動いた。
キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ
右。左。左。右。左。右。
「その、技は――!」
横幅を広げながら移動を続ける。
人間の視界には限度がある。左右に視線を振られ続ければ、いずれ対応できなくなる。プロのテニスプレイヤーでも拾えない球があるように。
墨式『
「その技だって、前の試合で……!」
見た。はずだ。だがAKARIはその動きを十分に追えていない。観戦するのと相対するのでは、これほどの差があるものか。
分身しているかのようにすら見えるアオイの動きは、とても目で捉えられるものではない。
キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ
右。右。左。左。右。前。
アオイが前に出る。急いで考えなければ。目で追えないのならば、追えない前提で考えるしかない! 思考は、深いだけではダメだ。柔軟でなければ。
相手は打撃で戦ったほうが有利。相手は片腕がない。相手は高速移動している。ならば移動の果てに何をしてくる? それは
「――読めたっっ!」
彼女は答えに辿り着いた。アオイの次の手は、分身で居場所を攪乱してからの、飛び蹴りだ。「関節技の間合いに入らず」「足で攻撃する」。理に適っている。
ならば、簡単だ。AKARIは即座に上半身をガードする体勢に入る。まずは耐えて、その後で、脚でも掴んでやればいい。そうすれば、すぐにサブミッションを決められるだろう。片腕と、片足を奪ってしまえば、流石に勝ったも同然だ。
AKARIは両腕を持ち上げて防御、
する前に、アオイのドロップキックを横っ面に受けていた。
「――――!!?」
AKARIが吹き飛ぶ。アオイが追撃すべく再び跳ぶ。慌てて受け身を取り、AKARIは体勢を立て直す。
考えろ。次は何だ。わかる。次も蹴りだ。まだ立ち上がれていない相手へのローキック――
果たして、それは予想通りだった。なすすべなく、AKARIにローキックが入る。アイドルの少女は歯を食いしばる。
「なっ……こんな……こんなの……!」
簡単なことだった。AKARIは考えることで全てに答えを出せる。リアルタイムの格闘戦の最中でも追いつくくらいに、彼女の頭の回転は速い。
だが。その思考よりも、さらに疾く、動ける者がいたら――!
「わたし、わたしは……」
声が、聞こえた。アオイが躍動する。思わず、言葉が漏れているようだった。
感情が昂っているのだろう。彼女の顔はいつもの無表情を保てていなかった。
笑ってこそいなかったが、その瞳は、抑えきれないほどに……輝いていた。
「わたしは強い、だから……たのしい!!」
決着の時は、近い。
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